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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【第五部】 《従僕の錫杖 編》
124/223

7章 ミディアル防衛戦 5-21

 古くからの大通りも新興住宅地の狭い路地も、襲撃の外壁付近から逃げようとしている人々であふれかえり、大混乱になっていた。


「下を行っていたら、身動き取れなかったかもしれないわね」


「そうだな。ひとの流れに逆らって進むのは危険だし、何より混乱のもとになる」


 ルシカは足元を流れ過ぎる光景を見て言い、テロンが跳躍の合間に答えた。


 ミディアルの大通り、軒を連ねている商店は隣との間が詰んでいるところが多い。加えて、そのほとんどが石造りだ。飛翔族が多いので屋上にも足場や入り口があるという設計になっている。


 テロンはルシカを抱えたまま、建物の上を跳んで移動していた。さすが体術で戦うだけはある、並外れた身体能力だった。


「テロンって、すごい」


 ルシカは素直に思ったことをつぶやいた。見上げるとすぐ近くに、真っ直ぐに前をひたと見つめる青い瞳がある。普段の穏やかな瞳も好きだが、ルシカはテロンの内に秘められた熱さも好ましく思っていた。自分の信念を貫く強さは、いつもルシカの迷いを吹き飛ばしてくれる。


 南に向かうにつれ、人々の混乱は凄まじいものになっていた。それもそのはず、すでに都市の入り口では怖ろしくおぞましい光景が繰り広げられていたのだ。


 分厚い木材で造られた門は繋ぎ目から打ち倒され、門に殺到した骸骨やゾンビーたちが互いの体で傷つけ合い、かなりの数が大地に折り重なっていた。


 それを踏みつけ乗り越えるようにして、あとからあとから死せる者(アンデッド)たちが押し寄せてくるのだ。


 その勢いの凄まじさ、あまりの無頓着さにルシカは蒼ざめた顔になったが、何とか目を背けずに状況を見つめた。


 森にいくつも感じる魔獣の気配はまだ少し遠い。この門から都市に侵攻しているのは死せる者(アンデッド)たちのみ――まだ間に合う、押し防げるはずだ。


「行くぞ!」


 南門の手前に到達したテロンはルシカに声を掛け、屋根から一気に下へ飛び降りた。テロンが脚をバネにして着地すると同時に、その腕に抱えられていたルシカが地面にふわりと降り立つ。


 ふたりの眼前、大通りから門の外――森へ続く広い街道は、いま死せる者(アンデッド)の群れであふれ返っていた。


 門扉は閉ざそうと試みられたようだが、間に合わなかったようだ。地面に押し倒された門扉のその表面には、体当たりをされたとおぼしき汚れた跡がいくつも真横にはしっている。扉の下敷きになっている死体の中には、門を守っていた兵や住人らしき姿もあった。


 門の内側でも、腰でも抜かしたのか逃げ遅れている何人かが地面に倒れ、悲鳴をあげながら後退っている。そこへ今まさに、雪崩のように死せる者(アンデッド)たちが押し寄せているのだった。


 ルシカが腕を突き出した。瞬時に魔法陣が展開される。輝く光が具現化され、流星のように飛ぶ。


 ズドンッ!!


 地面に倒れ伏していた老人にのしかかろうとしていた骸骨やゾンビーたちが光に突き飛ばされ、不快な音とともに後方へ重なり落ちた。その隙に老人はなんとか立ち上がり、まろぶようにこちらへ駆けてきた。逃げ遅れていた者や避難を促していた兵に合流して、都市の奥へと避難していく。


 逃げる人々と入れ替わるように、テロンとルシカは前に出た。


「南へ真っ直ぐ、感じられる範囲に生きている者の気配はない」


 テロンが発した言葉に、ルシカが無言で頷く。


「――ゆくぞ!」


 ふたりは同時に、南街道に向かって渾身の力を込めた『衝撃波しょうげきは』と『衝撃光インパクトライト』を撃ち出した。


 テロンの放った凄まじい衝撃が死人しびとたちを蹴散らしながら真っ直ぐに突き抜け、ほぼ同時にルシカの破壊魔法が駆け抜けた。門を出たところで魔法が追いつき、ふたつの力が合わさって瞬時に膨れあがる。


 ドオォォォォオンッ!!


 都市に殺到していた骨と腐肉の塊が散り、何かに気づいたかのようにハッと目を見開いたルシカがたまらず口を手で押さえた。


 声が震え、その瞳に涙がにじむ。


「ひどい……あの死体たちって……そんな!」


「ルシカ、どうした!?」


 テロンが思わず傍らのパートナーの顔に視線を向けた。


「あれは『不死怪物制御アンデッドコントロール』じゃない。ただ単に死体が動かされているだけじゃないわ。そのひとの魂そのものを冥界から降臨させているの……」


「なるほど……『死霊使い(ネクロマンサー)』ロレイアルバーサ。間違いなく背後にヤツがいるってことだな」


 ルシカが心に受けた衝撃を、テロンも理解した。単に死体を利用するだけではなく魂をも冒とくしているのだ。死してなお現生界へ呼び戻されて朽ちた体に無理やり封じられることが、いかほどの苦しみであるのか――。


「早く黄泉の国へ送り還してやることが、彼らにとってせめてもの救いということか」


 テロンが奥歯を噛みこぶしを握りしめた、そのとき。


「――許せない! 絶対ッ!!」


 ルシカが叫び、腕を突き出した。魔導の気配がルシカを取り巻く真紅の風となって吹き上がる。


 『破壊炎ギガファイア』の魔法陣が門の先の空中で結ばれた。周囲の空間が闇に沈みかけたようにくらくなり、空間がひずんでキィンという高い音が耳を打つ。


 次の瞬間、その空間が真っ赤に染まった――。


 まさに空間そのものが灼熱の炉に変わったかのようである。火の属性を持つ攻撃魔法のなかでも最高位にあり、魔導士ですら本来専門とする者にしか行使できない力だ。


 『万色』の魔導士の破壊魔法に、見える限りの範囲の地面が瞬時に燃え尽き、そこにあったものすべてが焼き払われた。


 きらきらとした無数の光がいくつも、空中に染みこむように消えていく――。縛られていた魂が、本来の在るべき世界へ戻っていくのだ。


「魂だけでも――どうか安らかに」


 熱をもった瞳を伏せ、ルシカは祈るようにつぶやいた。瞬時に多大な魔力マナを消費したことで膝を折りそうになりながらも、何とかこらえている。


「ルシカ」


 テロンの静かな声に、ルシカは刹那、オレンジ色の瞳を閉じた。


「うん……ごめん」


「いや、気持ちはわかる。ただ無茶をしないで欲しかっただけだ」


 痛みを含んだような言葉に、ルシカが大きく目を開いてテロンを見上げた。テロンは揺れる瞳を閉じ、すぐに開いた。力のこもった瞳に戻っている。


 背後から声が多くの気配が近づいてくるのを感じ、ふたりは振り返った。編成を終え準備を整えた冒険者たちが、ミディアルの防衛を預かる兵たちが、各々の武器を手に駆けつけてきたのだ。


「後方はいまだ住民たちの避難で混乱しているが、この門はもう彼らに任せても問題なさそうだ」


 そう判断したテロンは、彼らに向かって声を張りあげた。


「ここは頼む! 俺たちは東門に向かう!」


「はい! お任せください――お早く!」


 指揮を執る兵の見知った顔の何人かが、声をあげて応えてくれた。彼らは抜刀してテロンとルシカの横をすり抜け、焦土の向こうから踏み入ってくる敵たちと対峙した。


「――ルシカ、これを」


 テロンは上着の隠しから取り出したものを、素早くルシカの手に押しつけた。


「え?」


 思わず受け取って戸惑ったように声をあげるルシカを再び抱えあげ、テロンは地面を蹴った。ルシカが手のなかを見ると、渡されたものが魔力を蓄えた魔晶石であることがわかる。


「テロン?」


「使ってくれ。そのために持ってきた」


 ルシカは魔晶石を見つめた。――こんな用意があったとは彼女にとって意外だった。その石に込められた夫テロンの心配する気持ちを感じ取り、ルシカは魔晶石を胸に押し当てた。


「ありがとう……」


 ふたりが次に向かう先――東門の方向からは、ガアァン、ガアァンという凄まじい音が鳴り響いている。


 テロンは全力でその方向に走った。そして門の手前にある建物の屋上で足を止める。


 こちら側――東門には、まだ死せる者(アンデッド)たちは到着していない。先に着いていたのは、すぐ傍まで迫っている大森林アルベルトの魔獣たちだ。そのうちの大きな魔獣が数体、門扉に体当たりを繰り返しているのだ。


 瞬時に状況を見極めたふたりは、すぐに次の行動に移った。


 ルシカはテロンの腕から屋上に降り立ち、テロンはそのまま地面に向けて跳躍した。体当たりが繰り返されて今にも砕けそうな門扉を支える兵たちの中に飛び込み、自らも扉を押し支える。魔導行使の時間を稼ぐためだ。


 屋上に残った『万色』の魔導士は、空中に腕を滑らせ、天高く振り上げた。ルシカの腕先に光が生じ、空中をはしる。光は門扉の外側――東の街道に通じる広場の大地の上に到達し、瞬時に巨大な魔法陣を描きあげた。


 ゴガン、ガガン、ガンッ! 地面が爆ぜ割れ、瞬時にせり上がった。


 割れて亀裂を生じた大地に、体当たりを繰り返していた狼めいた魔獣が足を取られて引っくり返る。魔獣は唸り、魔導の気配を追ってふたつある首のひとつを上に向けた。


 魔導士にしか扱えない専用魔法『地形変化チェンジランド』を行使したルシカの存在を嗅ぎつける。


 魔獣に発見されたことに気づいたルシカは、流れるような動きで次の魔導の動作に移った。新たな魔導の輝きが空中を渡り、門の上に物理的な障壁を展開する。


 だが障壁が張られる一瞬前、その魔獣一匹だけがすり抜けて門を跳び越えた。

 

「――ルシカ!」


 気づいたテロンが叫び、瞬時に『聖光気』をまとって地面を蹴る。魔獣がルシカの細い体に迫った瞬間――。


 パシュウゥゥゥンッ!


 硝子ガラスが弾けるように繊細で甲高い音ともに、ルシカに喰らいつこうと開かれていた魔獣の顎の奥に、眩い閃光が矢のように吸い込まれ、突き刺さった。それは魔獣の体内で魔法陣を発生させ、ドゥンと鈍い音を立てて爆発を起こした。


 驚いたルシカがオレンジ色の瞳を見開く。それはまごうことなき魔導の光だったからだ。


 同時にテロンが拳で魔獣を殴りつけ、相手は吹き飛んで門の柱に激突してずり落ちた。周囲にいた兵たちが剣を抜いて、いまだもがく魔獣に斬りかかる。


「テロっ、ルシっ!」


 舌足らずな子どものような可愛らしい声が響き、テロンとルシカたちは後方に視線を巡らせた。それは聞き知った声だったのだ。


「ここ、おまかせ! ――はやくっ!」


 テロンの立つ後方、大通りの真ん中で、驚くほど小さな影が声を張り上げている。


「――マウ! ついに完成させたのね!」


 その手に握られている翠と青に塗られた立派な弓に、ルシカが思わず嬉しそうな声をあげる。


 マウはトット族だ。見た目はミルク色の卵に小さな角と手足がついた愛くるしい姿だが、立派に少年といえる歳である。


 地面と水平に構えられた特殊な造りの弓の表面には、びっしりと複雑で精密な『真言語トゥルーワーズ』が刻まれていた。この上もなく優美な弓である。


 魔導の力を具現化させる魔法陣を弓の表面に彫刻することで、矢に光の属性を持たせて射ることのできる武器だ。ルシカが考案したものだが、実際に作ることができる技術を持った職人がいなかった。修行を重ねたマウがついに己の技術を磨いて作り出したのである。


「しさくひん、だい1ごうだよ」


 つぶらな瞳をきらきらさせ、マウが自信たっぷりに声をあげた。その横には竜人族の女の子が矢を抱えて立っている。テロンとルシカを見て大きく息を吸い、その女の子が叫んだ。


「おにーちゃん、おねーちゃん! ここは大丈夫だよっ。ボクたちに任せて行って!」


 得意げに笑っているその少女は、ギルドの長のひとり娘リンダであった。


 その背後、通りの奥から、何人もの冒険者のパーティが各々の武器を手に駆けてくるのが見えた。そのうちのひとりは、ギルドの長ディドルク――リンダの父親だ。


「よかった。これでもうここは安心ね」


「よし!」


 テロンとルシカは互いに目を見交わした。ルシカによって門に展開された魔法障壁は、押し寄せてくる大量の魔獣たちに破られてしまうだろうが、防衛戦のための態勢は整った。


 時間を稼ぐという目的は果たしたのだ。


 パパンッ! 再び都市管理庁から花火信号が打ち上げられた。


「南区域(エリア)、市街戦へ突入――」


「兄貴とマイナが心配だ。急いで合流しよう。そこに元凶の魔導士もいるはずだ――倒さなければ、この戦いは終わらない」


 テロンの言葉にルシカが頷く。


「そうね、急ぎましょう!」


 都市の中央に向かって駆けゆくテロンとルシカの背後の空で、いくつもの翼持つ魔獣の影が舞い上がった……。





 その頃、行政区へ移動したクルーガーとマイナは、古き城砦のかつての門周辺に設けられた広場に整列している、都市の自警軍に出くわしていた。


「陛下!」


 野太い声にクルーガーが首を巡らせると、軍を指揮していた中年の軍人が駆けてくるのが視界に入った。クルーガーとマイナは足を止めた。


「ノベルターヴェ卿か」


 鎧に身を固めた相手を目の前に、苦もなく相手の名前がクルーガーの喉から滑り出る。猪勇ちょゆうの異名を持ち、都市管理庁を預かるリヒャルディア市長から信頼されている軍隊長だ。


 両手持ちの剣や鎧をガシャガシャと激しく鳴らしつつ突進してくる相手に、気後れがしたマイナがクルーガーの背後に回る。


「なぜこのようなところに――」


 王宮にいるはずの国王がいらっしゃるのですか、と疑問を口にしかけた軍隊長は、その国王の微妙な表情に気づき、続く言葉を何とか呑み込んだ。その勢いを別の言葉に置き換える。


「陛下、ここは危険でございます。すでに敵が都市内へ攻め入り、現在、南と東の新興区域にて市街戦が展開されております。敵は死せる者(アンデッド)たちと多数の魔獣の群れです」


 軍隊長は早口で報告をした。そして僅かに眉尻を下げ、情けなさそうな、申しわけなさそうな表情になる。


「この都市は、交易のかなめ。基本、門は常時解放されております。――ゆえに此度こたびのような不意打ちに遭っては、門で敵を封じることが非常に難しく――」


「攻め入られたことについて責任の言及はしていない。それに、おそらくこの襲撃は『魔導士』によるものだ」


 クルーガーは軍隊長の言葉に被せるように言った。


 『魔導士』という言葉に、軍隊長が息を呑む。魔導士とは、常人には計り知れないほどの影響力を持つ畏怖の存在なのだ。その敵対行動は天災とも言われるほどである。


 大陸全土でも、最近魔導士であると発覚したマイナを除けば、ルシカの他には五名ほどが存在を確認されているのみであり、経歴や詳細もほとんど明かされていない。知らないということ――無知は恐怖にもなり得る。軍隊長が唯一知っている王国の宮廷魔導士が持つ魔法行使の実力を考えれば、特に。


「南区域には死せる者(アンデッド)が多数侵入したとのことで、ラートゥルの神官兵たちがすでに向かいました。態勢が整うまでに事態が深刻なものになるかと危惧されたのですが、おそらくテロン様とルシカ様が動かれているのでしょう、兵たちを向かわせる時間を――」


 瞬間、クルーガーの瞳がギラリと光った。


 腰に帯びた魔法剣を一気に抜き放つ。驚く軍隊長の頭上の空間を、気合い一閃、いだ。剣が放った凄まじい風圧が、ゴウッと駆け抜ける。


 ドンッ! クルーガーと軍隊長の傍らの地面に翼を持つ巨大な蝙蝠が激突した。その翼と胴、そしてくびがクルーガーの一太刀でほとんど泣き別れ寸前になっている。


 軍隊長や兵たちが見上げた頭上に、いくつもの巨大な影が舞っていた。魔獣のなかには翼を持つものがいる。いま地面に突っ込んで絶命したものも、本来夜行性なのであるが、魔導士の『使魔』によって無理やり引きずり出されたのであろう。


 もっとも、黒い雲が都市の上空を覆い尽くしているので、昼日中よりも遥かに暗いものであったが。


「て――ッ!」


 軍隊長の号令でエルフ族の優れた射手たちが矢を放った。狙い過たず、頭上の影に突き刺さる。そこへ飛翔族の兵士たちが斬りかかっていった。


「中央区画への敵の侵入は、ここで何としても食い止めるのだ!」


 軍隊長が大声で周囲の兵たちに矢継ぎ早に指示を飛ばす。


 クルーガーは風の魔法を付与エンチャントさせた剣を振るい、上空から突っ込んでくる魔獣を次々と地面に叩き落としていった。


「クルーガー! このたくさんの魔獣たちはいったいどこから!?」


 魔導の力を行使し、クルーガーや周囲の兵たちを援護しつつ、マイナが悲鳴のような声を発した。目が回るような戦いのなか、少女は戸惑いと混乱を振り払えないでいるのだ。


 街中で討ち洩らされた魔獣や死せる者(アンデッド)までもが、戦闘の渦に加わり、さらに事態は目まぐるしいものに発展していく。


「大森林アルベルトは、魔獣たちが多く生息する魔境だ。おそらく周囲に住まう魔獣たちを使い魔として送り込んできたのだろう――ただし凄まじい数だが」


「こんなにたくさんの魔獣を……操っているの?」


 マイナは信じられない思いで周囲をぐるりと見回した。


 その無防備になった魔導士の少女に、狼めいた体躯の魔獣数体が飛びかかった。魔導の気配は常に魔獣たちの注目を集めているのだ。


 ガツッ! クルーガーが少女と魔獣との間に飛び込んだ。剣で魔獣たちを押し留める――だが数が多過ぎた。


「クルーガーっ!」


 マイナの悲鳴があがる。クルーガーの肩に、脚に、魔獣がその牙を埋めていたのだ。


 クルーガーは呻き声ひとつあげず自分の血が散った唇を引き結び、剣をひねるようにして受け止めていた牙を叩き折った。そのまま自分の肩と脚に喰らいついていた魔獣の体を剣で一気に貫く。


 ギャウゥゥゥッ!


 断末魔の悲鳴をあげたのは、魔獣たちだ。


 マイナが蒼白になって剣を下げたクルーガーに『治癒ヒーリング』を行使する。肩からドクドクと流れていた血が止まり、クルーガーは再び剣を構えた。


「サンキューな、マイナ」


 周囲に鋭い視線を向けながらもニヤリと微笑み、少女に礼を言った。


「……そんな、こちらが――」


 思わず目に涙を浮かべたマイナが喉をつまらせたとき、冷ややかながらも苦痛と怒りに満ちた声がその場に響いた。


「見つけたぞ。今度こそ、今度こそは――錫杖を我が手に貰い受ける!」


 クルーガーとマイナが視線を上げた先、城壁の上に、銀の髪をひるがえした異形の男ルシファーの姿があった。



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