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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【第五部】 《従僕の錫杖 編》
122/223

7章 ミディアル防衛戦 5-19

 半世紀と少し前、この国は隣国との激しい戦争の只中ただなかにあった。


 今の若き国王の祖父の治世のことである。隣国であるラシエト聖王国とは今でこそ和平条約を結んでいるが、当時の争いの規模は凄まじいものであったと聞く。


 特にこのミディアル周辺は激戦区のひとつに数えられていた。今でこそ陸上交易に理想的な街道なのだが、裏を返せば東にあるラシエト聖王国が侵攻しやすい条件が揃っていたことになる。


 ソサリアとラシエト双方の軍、そしてこの土地に住まう者たち――膨大な数の戦争の犠牲者たちが、今ロレイアルバーサが立つ丘の下、延々と並ぶ墓石の下に葬られているのであった。


「ククッ……わしにとっては願ってもない好条件が整った場所よの。これだけ駒があれば十分だ」


 唇を歪め、たてがみのような豊かな白髪を振り、ロレイアルバーサは満足げな表情で眼下の広大な墓地を眺め渡した。


 ふところを探り、魔力マナを蓄えた魔晶石をひとつ取り出す。手のひらに乗るほどの大きさのものが、まだ他にも十個ほどあった。魔晶石は、魔石とは違い大変に貴重なものである。その数だけでひと財産に値する。


 長年魔導の研究に携わってきて、その立場を利用して少しずつ集めたものだ。そのどれもに膨大な魔力が蓄えられている。


 ロレイアルバーサは背筋を真っ直ぐに伸ばした。ニヤニヤと緩んでいた口元を引きしめ、わらいを完全に消す。


「――頃合ころあいだ。はじめよう」


 ロレイアルバーサは身にまとっていた豪奢なマントを脱ぎ捨て、瞑目して精神を集中させた。


 周囲の空間が引き伸ばされたかのように渦を巻き、時の歩みはねっとりと飴のように溶けて現実感を失っていく……。闇が生じ、光が反転したような魔法陣を大地に穿うがつ。


 『時間』の魔導士――『死霊使い(ネクロマンサー)』と呼ばれる男は腕を大きく真横に広げた。巨大なものを描き出すように腕を動かし、眼前の空間に足元のものと同じ闇の魔法陣を次々と具現化していく。


 大地が震え、地表まで届いていたはずの陽光がくらく陰る。いつの間にか広がった不吉な黒雲が空を覆い尽くしてゆく――。


 魔導士は両の目をカッと見開いた。


「……死せる魂よ、身を焦がす怨念を思い出せ……!」


 背後に屹立きつりつするフェンリル山脈の北壁に『真言語トゥルーワーズ』が響き渡った。


 忌まわしい怨念を内に宿す言霊に呼応するかのように、震える大地の咆哮はますます大きく、激しくなっていく。その音の正体を目にする者がここに存在していたのなら、恐怖の叫びをあげずにおれなかっただろう。心弱いものだったなら、意識を手放し卒倒していたかもしれない。


 なぜなら、眼下に広がる大地のあちらこちらで展開されはじめた光景というのが――。


 ぼこり、ぼこ、ぼこ……。


 一度掘られて埋められ固められた土が、内からの力に爆ぜ割れた。その下から何かが這い出てこようとしているのだ。


 何か――骨のような、枯れ木のようなものが、墓石の周囲の地面から突き出される。がりがりと引っ掻くように地面を探るものは、人骨だった。


 叩き折られたような跡を残すもの、噛み砕かれたような頭蓋、関節から腱のようなものが剥がれきっていない腕や脚もある。


 一体ではない……見える限りの原でも、数百箇所の土が盛りあがり、その下から死して土に返りゆく筈のものたちが、ギクシャクと、ぐらぐらと、よろめきながら立ち上がろうとしているのだ。


 ロレイアルバーサの足元に、魔力を汲み上げられ蓄えの底を突いた魔晶石が次々と落ちる。


 連続した魔導の技の行使は、魔力こそ魔晶石に頼ってはいても、実行する術者の気力をじわじわと奪っていくのだ。


 精悍だった顔に、重ねてきた年齢相応の皺のようなものが現れる。空中に撥ね上げられる腕が、印を組むように休みなく動かされる手指が、『真言語トゥルーワーズ』を唱え続ける喉が、ごわごわと生気のないものに変わってゆく。褐色の染みのようなものが広がっていく。


 ついに魔導士は膝をついた。老いさばらえた肉体は、もはやたくましいといえるものではない。


 だが、口元はニヤリと精気あふれる笑みを浮かべ、黄金色の瞳はぎらぎらと高温の熱を秘め冷めることのない炭の熾火おきびのように、危険な光を宿し続けている。


 魔導士はゆっくりと立ち上がり、最後の魔晶石から魔力を汲み上げた。


 髪の量が増え、背筋の具合がしゃんとしたものに戻った。腕には筋肉がよみがえり、肌には張りと艶が出て褐色に輝き、がっしりとした逞しい体躯が復活した。


 そこにうずくまる者はすでに老人ではなく、精悍そのものの壮年の男であった。


「……ハァ、ハァ……ハッ!」


 激しい呼吸を繰り返し、喘ぐように空気をむさぼる。肉体の若さをさかのぼる『時間』の魔導は、行使する瞬間一種の真空状態を作り出すものらしい。空間が静止し、鼓動が止まる。その苦しさといったら生半可なものではない。


「――まだ老いて朽ち果てる訳にはいかぬからな」


 背筋を伸ばして立ち上がると、ロレイアルバーサは黄金の瞳を眼下の光景に向けた。無数の虚ろな眼窩がんかが冥界へ続く門のような闇を宿し、彼を一心に見上げているのだった。


 腰抜けと彼自らも評する公国の真新しい軍隊は、ここにはない。彼はこの大陸まで『転移テレポート』で渡ってきたのだし、あのように落ち着きのない訓練半ばの兵たちなど、この光景を目にして逃げ散ってむしろ邪魔になるのがオチだろう。


 いま調達したばかりのこの死者たちの軍団に、同じほどの価値のある軍隊なぞ世界に在るだろうか? ――彼はほくそ笑んだ。


 死者たちは死を恐れない。生に固執することもない。ただ敵を引き裂き、ほふるためだけにこの世に呼び戻された存在。


 ただ意識の奥底にあるのは――人生半ばにして突然ばっさりと討ち倒された怒りと哀しみ、愛するものを奪われた喪失、そして……燃え尽きることのない生者への憎悪のみ。


け。喰らい尽くしてこい、いまもきらめく生命の輝きを。闇に堕とされたおまえたちには永劫に叶わぬ光を、奪ってくるがよい――!」


 ざわざわと揺れる骨と腐肉の絨毯に、彼の囁きが圧倒的な質量を持って響き渡った。


 ――命令は下された。


 死者たちの軍団は、ミディアルへ向けて一斉に進軍を開始したのである。





 春から夏に変わりゆくミディアルの街並みに、あたたかくやわらかい陽光がふりそそいでいた。


 活気溢れる商店や市場の多い都市のなかでもかつての城砦に囲まれている行政区は、戦乱による壊滅を逃れ、いまだ古い建物を数多く残していた。


 そのなかのひとつの図書館は、たった一年でもかなり様子が変わっていた。


 本を並べるための棚が増え、閲覧室まで圧迫しそうな勢いで本が積み上げられている。埃をかぶったままの古文書までが、箱に収められたまま、あるいはそのまま積み上げられているのだ。


「あああ、ルシカ様!」


 名乗るまでもなかった。以前立ち寄ったときに対応してくれた係員が、宮廷魔導士の顔を覚えていたのだ。


「見てくださいませ! 最近もまた遺跡が発見されて、持ち込まれる古文書の数も半端なく膨れ上がっています。それはもうすごい勢いで、解読はおろか分類なんぞもできないほどの有様です!」


 ルシカの顔が見分けられた途端、駆け寄られ、勢い込んで力説されてしまう。


「そ、そうね……冒険者もたくさん集まる都市だから、次々に持ち込まれているのね」


「ええ、それはもう! 王都の図書館からも、手伝いをどうかお願いします! 王宮の図書館棟から寄越せとは言いません。あそこも戦場さながらの忙しさだと聞いていますからね」


「分かったわ。戻ったら人員を増やすように手配します。持ち込まれるのがこんな勢いじゃ、本当に大変ですよね」


 ルシカはコクコクと何度も頷き、なんとかなだめ、テロンとともに奥の魔導書の保管庫まで案内してもらった頃にはすでにぐったりと疲れてしまっていた。


「ここまで切羽詰った状況だとは……。王宮に直接、要望書のひとつでも出されていたらすぐに対応されていたはずだが」


「まあ……そんな余裕もなかったのかも。解読と分類の大変さは身に染みて理解しているから、なんとか手を打たなきゃだよね……」


 魔導書の保管庫は図書館の一番奥である。古い石造りの建物なので、ぐるぐると階段を歩いて狭い通路を抜けた先にあった。


 ルシカは『光領域ライトエリア』を行使し、部屋全体を明るくした。効果時間は『光球ライトボール』ほど長くはないが、あちこちに明かりを灯すよりは効率的だ。


 保管庫は、本が痛まないように、また泥棒避けのために、窓は申しわけ程度の物しか造られていないのでひどく暗いのである。


 ルシカが魔法で本を探し出し、テロンが棚から机に運んだ。魔導書は重厚なものが多いので、運んでもらうだけでもありがたい。


 テロンが、保管庫の中央にある机に三冊目の本を置き、ルシカを振り返った。


「――ルシカ?」


 大魔導士の孫娘はうつむいて、衣服のポケットから取り出した手帳を眺めていた。呼ばれてやっと顔を上げ、慌てて手帳を仕舞いながら「ご、ごめんなさい」と謝る。


 昨日のヴァンドーナの私邸の執務室で手帳を発見してからずっと、ルシカはずっと塞ぎこんでいた。ひとの視線を受けたときや話している間は、はきはきと明るく振舞っていた――いつもと変わらないばかりか、少しオーバー気味なくらいに。


 テロンは肩を怒らせ、ルシカまでの数歩を大股に歩み寄った。常にない勢いとその表情に、ルシカが思わずびくりと身を引いた。


「テロン、どうし――」


 言葉が途切れる。ルシカの唇を、テロンが自分のそれで塞いだからだ。


 ようやく唇を離したテロンが、ルシカの瞳を真っ直ぐに覗きこむ。目を逸らそうとしたルシカの頬を大きな手で包み込み、その視線を逃さないようにしてテロンは言った。


「俺を見るんだ、ルシカ」


「テロン……」


「俺の目に、誰が映っている? ――ルシカはルシカだ。他の誰でもない、ルシカなんだ」


 ふいに、見開かれていたルシカの目から涙が転がり落ちた。頬を包むテロンの手を濡らす。


「気になっているのだろう。愛した者とうりふたつの姿に成長した孫娘の君に、おじいさんが自分の妻についてほとんど何も話してくれなかったことが」


「……そう、どうしてなの? 隠すことなんてないじゃない。それなのに」


「もし俺がヴァンドーナ殿の立場なら、同じく何も言えなかったと思う」


 テロンは流れる涙を指で拭い、諭すようにゆっくりと言葉を続けた。


「孫として愛していたならなおのこと、絶対に口にはできない。孫に重なる面影が、自分の愛した女性だぞ。祖父と孫娘との関係が崩れてしまいそうで、怖ろしくなる」


「……じゃあ、おじいちゃんは」


「ルシカのことを、おじいさんは孫として――ただ『ルシカ』という女の子として、とても大切にしていたんだと思う」


 ヴァンドーナは最期に自らの生命を、孫娘を救うために躊躇なく差し出したのだ。その祖父の自己犠牲が、もしも……ルレアの面影を見ていたからだとしたら?


 ルシカはそれを怖れている。もしそうであったなら、一生自分を許せないのだろう。仲間たちのためとはいえ、あのとき自分の生命を使い切る選択をしたのは、他でもないルシカ自身であったから。


 ヴァンドーナが自分に残された全ての魔力マナと生命をけて救った、ルシカの命。


 込められた想いは、亡き妻の面影のためでも、友を差し置いた自分に対するあがないでもなかったと、テロンは思っている。の大魔導士は、そんな矮小な人物ではなかった。


 それに、大切なことをルシカは気づいていない。ふたつの存在は、決して同一ではないということだ。テロンとクルーガーが双子であり同じ体と生まれを持つ身であろうとも、別々の魂を持ち、別々の感情で動いているように。


 だから、ルシカは祖父にとってルレアの代わりではない。


 成長し、結婚もした今のルシカならば、祖父の想いを理解できるはずだ。ヴァンドーナもそう思っていたからこそ、手帳が今のタイミングで見つかるようにしてあったのだとテロンは思う。


「ルシカは安心していい。何も疑問に思う必要はないんだ」


 テロンはルシカを抱きしめた。腕に込めた強さから、少しでもルシカに自分の想いが伝わることを願いながら。


 そしてルシカが息苦しさを覚える前に、彼は体を離した。


「――それにルシカ、ひとつ大事なことを忘れているぞ」


 涙を自分で拭っていたルシカは「え?」と濡れた目を上げてぱちくりさせた。


「俺はルレアを知らない。ルシカだけだ。それなのに――君は夫の気持ちを置いてゆくのか? 俺にとって愛する相手は君しかいないんだぞ」


 冗談めかし慣れないことを言おうとして少々つっかえ気味のテロンの顔を、ルシカはポカンと眺め……まるで当たり前のことに今気づいたような顔になった。


 そんなルシカを正しく理解し、思わずテロンが苦笑する。


「――あぁ、テロン。そうよね、そうだよね。ごめんなさい……!」


 ルシカは泣き笑いの顔になって声をあげ、テロンの首に飛びつくようにぶつかって腕を絡めた。その体を改めて優しく抱きしめながら、テロンはようやく安堵した表情になった。


 ルシカの表情から憂いの影が消え、テロンの態度から戸惑いと焦燥が消え……ふたりはもう一度くちづけを交わしてから、本を解読する作業に戻った。


 『万色』の魔導士はこの上なく集中して魔導の力を行使することができたので、必要な情報を得るのに長い時間はかからなかった。





「おう! エルフのぼうず、元気だったか? なんでぇ、少しは成長したのか、あぁん?」


 振興地区の一角にある冒険者ギルドの建物を訪れたティアヌが、ギルドの長から開口一番掛けられた言葉がそれだった。


「うぅっ……、その呼び名はいい加減やめてください。自分がただの子どもにでもなった気がして情けなくなりますので」


 ティアヌが、本気とも冗談ともつかない様子でしょげ返り、床を指でぐるぐるした。確かに長命のエルフ族で二十六歳といえば、まだまだひよっこのほうに入るのだろうけれども。


「ディドルクさん、こんにちは。今回は大変お世話になりました」


 ティアヌのあとに続いて扉をくぐったリーファが、にっこりと笑顔で挨拶をした。


「おお、舞姫の嬢ちゃんも! どうでえ、別の大陸への旅は楽しめたかい?」


「恥ずかしいです、その呼び名」


 リーファはにこにこと変わらぬ笑顔を浮かべながらも鋭く返し、ディドルクがガハハと豪快に笑った。


「まあそう言うな。お前さんの短剣の技使いは、本当に見惚れちまうくらい洗練された動きと可愛らしさを感じるからな。人様の前で披露しても十分に食っていけると思うぞ」


「髭面で誉められてもなぁ~」


 リーファが笑うと、ディドルクはようやく立ち上がったばかりティアヌの背中をバンバンと叩いた。照れ隠しの行動だろうが腕力が半端ではない。


 たまらずティアヌがせ返る。


 ディドルクは竜人族の男だ。大柄な種族の中でも背の高い、見事に鍛えあげられた筋肉を持つ巨漢である。そしてこのミディアルの冒険者ギルドを束ねる長でもあった。


 冒険者ギルドとはもともと互助会のようなものから発展した組織である。街の人々や商人、果ては国家からも様々な内容の依頼クエストを受け、それを腕に自信のある者たちに斡旋する。情報を集め、与え、共有する場であり、仲間をつのる場ともなる。


「げほ、げほっ。――そういえば、マウはどこですか? 久しぶりに会えるかと思ったのですが」


「おう、マウのやつならリンダと一緒に彫金ギルドのほうに出掛けているぜ。あンのちっこい手で、どういうわけかすげえ細工物を作り出すってんで、先方のギルドの親方が気に入っちまって」


「トット族は優れた細工師が多い種族ですからね」


 ティアヌの言葉に、ディドルクは重々しく頷いた。


「誰でもひとより優れた才能を何かしら持って生まれてくるモンだ。その才能を伸ばしてやるってぇのが、子どもを育てるってことよ」


 ニカッと、まさにドラゴンが笑うような顔でディドルクが言った。


「まあ、もうじき帰ってくるはずだ。マウもリンダも、おやつの時間に遅れることはないからな。茶でも淹れて待っていようぜ」


 ギルドの長は、ふたりを上の階の私室へと案内しようと先に立って歩きはじめた。一階は簡易の食堂と依頼斡旋のカウンターがあるため、多くの冒険者でごったがえしているからだ。


「そういえば、お仲間はどうしたい? 王弟殿下と宮廷魔導士の嬢ちゃんも一緒なんだろ? 久しぶりに甘いものでも食いながら積もる話でも――」


「いま手分けをして調べものやら準備やらに奔走しているところなんですよ」


 ティアヌが答え、眉を寄せる。ここを訪れた目的を思い出したのだ。


「ですから、お茶も頂きたいところなのですが、申し訳ありません。急ぎフェンリル山脈の寒さにも耐える装備を揃えなくてはならないので、その品の調達についてご相談したいのです」


「ほう」


 相好を崩していたディドルクの表情が、一気に引きしまったギルドの長のそれになる。


「承知した。手伝おう。山岳登山も必要になるのか? だとしたら装備品の重量が半端ないものになるが」


「それは想定しなくてもよいようなことをルシカが言っていました。寒さをしのげる暖かい外套と、すぐに火をおこせる魔法の火種や火口ほくち、中の水が凍らない水筒も確かありましたよね」


「冬ならばむしろ雪から水は調達できるが、いまの季節はそうはいかんだろうな。よし――こっちへ来い。丁度とっておきのモンが揃っているんだ」


 さらに上の階へ案内されながら、リーファは階段の途中にある窓から外を見た。


 途端に、ざわりとした感覚が首筋を這い登る。


「なに……、あの黒雲。ひと雨くるのかな。これから動かなきゃなんないのに、嫌だなぁ」


 不安のようなものを感じたリーファがつぶやいた。その声に被さるように、豪快なディドルクの声が上から降ってくる。


「しかしまぁ、テロン殿とルシカの嬢ちゃんも忙しいねぇ。そんなこっちゃ子宝に恵まれる暇もないんじゃねぇのか?」


「またまた、子どもはいいもんだぞって語りはじめるつもりですか? ディドルク殿はリンダちゃんを目に入れても痛くないくらいに可愛がってますからね~。親父さんっていうのは、みんなこういうものなんですか?」


「てやんでぇッ、からかうもんじゃねぇよ!」


 照れたように顔を染める巨漢がまたもやバシンとエルフの魔術師の背中を叩いたので、リーファはティアヌが階段を転げ落ちないかと心配になった。


 窓の外から目を引きがし、トトッときざはしを蹴ってふたりに追いつく。


「もうっ! ディドルクさん、ちょっとは加減しないとティアヌが壊れちゃうってば」


「こんくれぇで壊れちまうようじゃあ、嬢ちゃんを護れねぇぜ!」


 ディドルクはガハハハとたのしげに笑いながら、ふたりの背を押すようにして階段を上っていく。


 窓の外、フェンリル山脈の方向に出現した黒い雲は、いま急速に広がりつつあった――。



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