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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【第五部】 《従僕の錫杖 編》
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4章 海の向こうに渦巻くもの 5-12

「手近なものに掴まれッ!」


 誰かが必死に叫ぶのが聞こえた。


 ザバアァァァンッ!


 ひと呼吸もおかぬうちに巨大な波がかたまりとなって一気に船に押し寄せる。


 悲鳴、そして無音、轟音――。甲板にいた者は皆、圧倒的な水量で襲いかかった波にさらわれまいと必死に踏ん張った。


 クルーガーは剣を板の間に打ち込むようにして波をこらえ、腕のなかに抱えこんだマイナの体をかばっていた。ふたりとも――そして仲間たちも船も、全てが水浸しだ。


「くっ、どうする……!」


 奥歯を噛みしめ、自分自身に問うが、すぐに良い考えは浮かばない。


 これほどまでに海が荒れ狂ってしまった根源――竜のような頭部を有する怪物。その妖しくも不気味に光る眼球と、かっぱりと開いた剣呑な牙の並ぶ周辺に、凍てつく霧のようなものがきらきらとまとわりついている。


「……奴の息には氷の属性でもありそうだな」


 冷たい海水に濡れたからだと思っていたが、体に凍みるような寒さは、奴が現れたからだろうな――クルーガーは確信した。


 大気は激しく冷え込み、腕の中のマイナの体もこらえようもなく震えている。恐怖によるものではない――低温にこごえているのだ。


 同じことに気づいたのだろう。リーファの機転で帆柱にロープを結わえて体を固定したティアヌが、手に『火球ファイアボール』を生じさせていた。


 怪物に向けその炎のかたまりを放ったが、その頑丈な体躯の表面を僅かに焦がしただけに終わっていた。


 その手前では、どっしりと構えた小竜のプニールが、甲板にへばりつくようにして体を固定している。


 マイナはプニールに気づき、クルーガーの腕を抜け出して小竜の背の突起にしがみついた。自分の体を固定して、少女は顔をあげた。


「あのっ、こちらは大丈夫ですから!」


 気丈にも叫んだマイナの言葉に頷きを返し、クルーガーは剣の柄を握り直した。


「わかった」


 自分だけなら、揺れる甲板上でも真っ直ぐに立っていられる。心を静め、クルーガーは剣に手を添わせた。火の属性を付与エンチャントするための詠唱を唇に昇らせる。


 兵たちのほとんどは、揺れと、あらゆるものを押し流そうとする波の中で、満足に動くこともできないでいた。数名の兵士が剣を抜いて構えているが、怪物が海中から顔を出している位置まで距離が開いているため、斬りかかることができずにいるのだ。


 船の中でも一番激しく揺さぶられている舳先の物見台の下では、テロンがルシカに覆い被さるようにして最初の波を耐え抜いていた。


「ケホッ……『氷海竜フリーズシードラ』みたい。本来は北の海に生息するはずの生き物なのに」


「……魔の海域の海流に狂わされ、南に迷い込んでいたのかもしれないな」


 ふたりは互いを支えるように身を起こした。


 ルシカが自分を波からかばってくれていた腕の主を見上げ、決然と囁いた。


「テロン、あたしは平気だから――」


 刹那、テロンはルシカを見つめた。無言で頷いて立ち上がり、その全身を『聖光気』の黄金の輝きで包む。そして、激しく揺れる足場をものともせずに走り出した。


 無事を祈るようにその背を見送り、ルシカは甲板に片膝と両手をついた。


 自らを叱責し鼓舞するように、鋭くつぶやく。


「――さあ、やるわよ!」


 目を伏せ、魔法への集中を開始する。瞬時にルシカの周囲に光がはしり、魔法陣が展開され、激しい魔力の風が巻き起こる。


 魔導特有の青と緑の輝きが周囲の闇を照らし、船上の広い範囲を光で満たした。


 灯されていたランタンは、すでに半分以上が波に呑まれて失われている。


 にわかに濃くなった魔導の気配に、『氷海竜フリーズシードラ』がぐるりと首を巡らせた。


 ルシカという存在に気づき、忌々しげに首を振り……氷結した海が鳴る音にも似た軋むような唸り声が、その喉から湧き上がる。首が伸びるように俊敏に動き、波に激しく揺れる船の先端を追って動く。開かれたあぎとは、間違いなく魔導士を喰い千切らんと狙っていた。


「おまえの相手はこっちだッ!」


 テロンが叫ぶと同時に、渾身の力を込めた『衝撃波』を放った。


 ドゥンッ! 凄まじい衝撃に撃たれ、怪物の顎が仰け反った。バシャアンと後ろに倒れたことで、凄まじい水飛沫が上がる。


 だが、すぐに『氷海竜フリーズシードラ』は浮上した。その銀の眼球は怒りに燃え、冷たい炎を宿して爛々(らんらん)と光っている。


 グオオォォ!!!


 鋭く吼えると体をうねらせ、空中高くに半身を持ち上げた。驚くべきことに、海中に没していた部分から、鋭い爪を持った一対の腕が現れた。


 船を掴もうと襲い掛かる爪を、クルーガーの剣が、テロンの拳が、リーファの短剣が迎え撃った。――弾き返し、叩き、振り払う。


 兵たちも、出来得る限り剣を振るった。それでも船は少しずつ傷ついていった。しかし砕かれた箇所はない。


「だが、何時いつまでもつか……!」


 周囲の状況を把握しているクルーガーが唸った。揺れる船上、凍てつく大気に体力を奪われ、徐々に戦う者たちの動きが鈍くなっている。


 だが、健闘している者もいた。


 マイナがぎこちない動きではあるが、周囲で戦うものたちに援護の魔導を行使していたのだ。初めの『防護プロテクション』は失敗したが、次に試みた『倍速ヘイスト』は成功している。


 敵へ向ける攻撃魔法は、抵抗されれば効果は期待できなくなってしまう。だから、まずは仲間にかける魔法を優先しているのだ。


「いいぞ、マイナ!」


 感謝を含んだクルーガーの声に、マイナは胸の内が熱くなるのを感じた。逃げ惑うのみだった自分が初めて役に立っていることを、心の底から嬉しく思ったのだ。


「ルシカの魔法が、もうすぐ完成するはずだ!」


 テロンが声を張りあげる。


 その言葉の三呼吸後に、舳先付近で魔導の輝きが強まった。


「――守護を! たいらかなる海の護りを!」


 響き渡ったのは力ある言葉。ルシカの『真言語トゥルーワーズ』だ。


 ルシカを取り巻いていた魔法陣が瞬時に広がり、船を中心に立体的な魔法陣と化して組み上げられた。


 そのまばゆい輝きに、クルーガーも仲間たちも、兵たちも、そして敵である『氷海竜フリーズシードラ』までもが驚き、動きを止める。


 ――船の揺れが消えた。


 手すりに駆け寄り海面を覗きこんだクルーガーは、驚きの声をあげた。


「なっ……船を浮かせたのか!」


「長く保ち続けることができないが、こうしないと巻き添えを喰うんだ」


 緊迫した声で応えたのはテロンだ。気を抜くな、というように。


 ルシカは腕を大きく広げたまま真っ直ぐに立ち、船を包み込んだ魔法陣を維持し続けていた。凄まじい魔力マナの流れが周囲に渦巻き、ルシカの髪も衣も激しくひるがえっていた。


 ウウルゥゥゥゥゥーッ!!


 甲高くも怖ろしい音量をもった咆哮が海にとどろいた。


 船の前方で、すでに鎖から抜け出していた『海蛇王シーサーペント』――ウルがぐるりと向きを変えた。容赦ない殺気をはらんだ瞳をぎらつかせ、鋭く長い牙が光る巨大な牙口を開いて『氷海竜フリーズシードラ』に挑みかかる。


 ――ドゥンッ!! 双方の巨体が激しくぶつかり合い、海が爆発した。水柱が吹き上がり、海面は大きく割れて巨大な渦を幾つも生じる。


「……凄まじいな」


 その様子を目の当たりにした船上の人間たちは、ゾッと身をすくませた。あまりに激しい闘いに、沸き立ち揺さぶられ渦巻く海。ルシカが展開する魔法陣で海から切り離されていなかったならば、船は転覆し、間違いなく海の藻くずと化していただろう。


 人智を遥かに超えた海の魔獣たちの決闘は、想像以上に凄まじいものだった。


「……なんて、すごい……!」


 マイナはプニールの背の突起を掴んだまま、目の前の闘いと、後方で術を行使し続ける魔導士とに、驚嘆の視線を向けた。


 『万色』の魔導士の力は皆から聞いていた以上に、柔軟で、強大で、常軌を逸した計り知れないものだった。


 『海蛇王シーサーペント』は相手の胴に巻きつき、ギリギリと締め上げている。相手の胴はギリギリと軋み、今にも千切れそうだ。『氷海竜フリーズシードラ』の苦痛に満ちた咆哮が轟いた。


 ウルが、勝ったとばかりに顎を反らせた。相手の頭部に一気に喰らいつき勝利を決するつもりで、牙を剥く。


「これなら、勝てますよね!」


 マイナの明るい声に、クルーガーが思わず肩越しに振り返って微笑んだ。


 だが、そのとき。 


 『氷海竜フリーズシードラ』がカッと銀の眼を見開いた。顎を大きく開く。開いたその喉の奥から、凝縮された光のようなものが溢れる。


「まずいッ!」


 そう叫んだときには、クルーガーは甲板を蹴っていた。


 『海蛇王シーサーペント』――ウルも同時に気づき、『氷海竜フリーズシードラ』の顎を閉じようと喰いつく。だがすでに遅く、完全に塞がらなかった。


 グアァァァァァッ!


 膨れあがる、爆発の寸前にも似た気配。周囲にいた者は皆、戦慄せんりつした。ただひとりを除いて――。


 跳躍したクルーガーは、振り上げた魔法剣を一気に突き降ろした。まだ広く開いていた『氷海竜フリーズシードラ』の上顎から下顎を強引に縫いつけ、完全に閉じた。


 ――刹那、凄まじい冷気と光が爆発した!


 断末魔の破壊球のほとんどが『氷海竜フリーズシードラ』の体内に留まり、その体を粉砕した。だが、胴を締め上げていたウルと、剣を突き立てていたクルーガーは……無事では済まなかった。


「うあああぁッ!」


 ルウゥゥゥゥゥー!! 


「兄貴ッ!」


「クルーガー!!」


 吹き飛ばされたクルーガーを、マイナの魔導による指令を受けたプニールが飛び出し、海上高くで受け止めた。


 必死に羽ばたき甲板に戻りかけたプニールの背から滑り落ちるクルーガーの体を、テロンが必死に受け取った。


「く、クルーガー……!」


 ルシカが片方の瞳を開いて声を発するが、魔法への集中を解くわけにはいかなかった。まだ空中にあるままの船が、海面に叩きつけられてしまう。


 クルーガーは、凄まじい冷気で全身にひどい傷を負っていた。真っ白に染まった服はあちこちが裂け、その下の肌は赤く変色している。その体を支えたテロンの腕も、低温による傷を負っている。


 意識がなく、ぐったりとしたまま、クルーガーが床に降ろされた。


「クルーガー、どうか死なないで!」


 つんのめるように駆け寄ったマイナが、傍に膝をつく。『治癒ヒーリング』を行使するために、宙に腕を振るった。


 一度も使ったことのない――教わったばかりの魔法だった。


「お願い、成功して……!」


 祈るように半ば伏せられた紅玉髄カーネリアンの瞳に白い輝きが宿る。


 あたたかい光がはしり、魔法陣が具現化されると同時に、横たわる傷ついた青年の体を白い光が包み込んだ。


「……か、かかった……」


 マイナが涙の盛り上がった瞳で覗きこみ、その手を握ると、クルーガーが薄く目を開いた。ゆっくりと青い瞳が動き、マイナを見つめる。僅かにその唇が動いた。


「すまない……ありが……とう」


 クルーガーは無理に口の端を引き上げた。心配に顔を歪める少女に、心配をさせまいと微笑みかけたのだ。


 黒髪の魔導士は青い瞳の青年にしがみつき、むせぶように泣いた。心に受けた衝撃と……助けることができた安堵ゆえに。


 船がようやく、波が静まった海面に降ろされた。


 力尽きたルシカは甲板に倒れたが、腕を突っ張ってすぐに身を起こした。胸に携帯していた魔晶石を引っ張り出し、魔導の力を行使する。


 『治癒ヒーリング』が行使された。クルーガーとウルの低温による傷を完全に癒し、テロンや兵たちの受けた怪我も同時に癒される。


 ……そして魔晶石の魔力マナをも使い切り、ルシカも意識を失った。


「みんな、無事かっ?」


 甲板に上がってきたグリマイフロウ老は状況を見て取って、しばし唖然として動きを止めた。彼も下で必死に浸水と戦っていたのであるが、上のほうが凄まじい状況だったからだ。


 船の損傷は激しかったが、船内で穴を塞ぎ回っていた兵やグリマイフロウ老のおかげもあって、航海に支障はなさそうだった。


 月のない夜の海上での死闘は、ようやく終息したのである。





 船が受けたダメージは相当なものだったが、グリマイフロウ老と兵たち、手伝ったリーファやティアヌのおかげでほとんどが修繕された。


 引っ掻き回されたようにぐちゃぐちゃになっていた船室や倉庫の片づけが終わったときには、すでに夜明けを迎えていた。


「――ふぅ、やれやれ。どうなることかと思っちゃった」


 リーファが甲板に座り込む。


「やはり人外の魔の領域ですね。あんな生き物がいるなんて、驚きでした」


 ティアヌはようやく明るくなってきた空を見上げ、大きく息をついた。


「グリマイフロウのお爺さん、ここは儂に任せろ~って言ってたけど、きちんと船を守ってくれたんだね」


「ほっほっほ。当ったり前じゃ。しかし今回は、陛下たちのほうが大変じゃったのぉ……というか、よく無事だったなぁ」


「無事だったけど――危なかったと思うよ……」


 リーファは友人たちのことを想い、嘆息した。


 クルーガーは整えられた船室に運び込まれ、作りつけの寝台に寝かされた。マイナは今もつきっきりでクルーガーの看病をしている。傷は魔法によって完全に癒されていたが、瀕死に近いダメージを受けたことで、気力を根こそぎもぎ取られていたのだ。


 しばらくは起き上がることができないだろうと、具合を診たルシカが言っていた。


 強靭な怪物のウルはすぐに回復したが、ルシカが宥めて少しでも休むようにと伝えている。


 リーファとティアヌ、そしてグリマイフロウ老の視線の先には、怖ろしげな外観だが、戦友である『海蛇王シーサーペント』ウルの巨大な頭部があった。


 ウルは今、船首に寄り添うように頭をもたせかけ、その鼻の辺りをルシカに優しく撫でられているのだった。傍にはテロンがついている。


「ルシカもテロンも、そして看病しているあの子も、休むことは必要なのにね……」


 頑張るなぁ、と感心したように半ば諦めたように、つぶやくリーファだ。


 その横でティアヌが苦笑した。


「リーファ、あなたもですよ。あと五日ほど進めば、目指すミンバス大陸の小国に着くそうですから――今のうちにね」


 ティアヌは悲観的なほうではないが、楽観的でもない。思慮深く細められた薄青色の瞳が、目指している西の方角へと向けられた。


「おそらく……そこでも騒動がありそうですから。しっかり回復しておいたほうが良さそうですよ」


 船は凪いだ海面を漂い、少しの間、休息の時間を享受したのである。





 ミンバス大陸の影が水平線に見えたときには、船上にホッとした空気が流れた。


 目指すターミルラ小国の港は、天然にできた良質の港――沈水リアス海岸だった。谷が沈降して溺れ谷となり、浸水してできた地形である。


 広い領域で漁業や養殖が盛んなようで、あちこちでそのように発展した村や町を見ることができた。


 狭い湾には河川から流れ込む淡水も混ざっているので、海水を好むウルは不平そうに鼻を鳴らした。それでも目立たないように体を水に沈め、しずしずと湾を進んでいる。


 やがて、大きく優美な尖塔をいくつも有する王城を中心に、放射状に広がった街が見えてきた。船はその街の港に到着した。


 接岸した気配からしばらくして、トントン、と扉が叩かれ、寝台の傍に座っていたマイナは立ち上がった。


「港に着いたんですか?」


 扉を開けながら問い、テロンとルシカを船室の中に通した。


「到着したよ、マイナ。兄貴、具合はどうだ?」


「――ああ。心配かけたな、もう大丈夫だ」


 クルーガーは寝台に起き上がった。


「すっかり元気になったみたいね。……ちょっとごめんね」


 ルシカがかがみこんで、クルーガーの胸に手をかざした。白い輝きがほのかに灯り、消える。


「マイナの魔法、良く効いているみたい。もう心配ないわね」


 ルシカは、傍らのマイナにほんわりと微笑んで、身を起こした。マイナの顔に嬉しそうな笑みが広がり、少女はホッとしたように胸の上で手を重ねた。


「着いたなら、こうしちゃいられないな。すぐに装備を整えるから――」


 立ち上がろうとするクルーガーを、テロンが首を振って制した。


「兄貴は、船に残っていてもらえないか? 降りるのは俺とルシカだけで、まずこの公国の現状、そして街の様子を探ってこようと思うんだ」


「……何かあったのか?」


 クルーガーに視線を向けられたルシカは、表情を引き締めた。


「今、ティアヌとリーファ、グリマイフロウ老が応対に当たってくれてるんだけど……あたしたち、とても警戒されているみたいなの」


「とりあえず、トリストラーニャ大陸から来た冒険者ギルドの者だということで話を合わせてあるんだ」


 テロンが、ルシカの言葉を継いだ。


「そう名乗ることを、ミディアルにある本物のギルドのほうにも話を合わせるよう伝えてきたからな。万一そっちに確認が行っても嘘にならないように、手は回してあるんだが……」


「リーファやティアヌたちに降りてもらって危険な目に合わせたくないの。それであたしたちだけが行くことにしたんだけど……クルーガーにはあたしたちがいない間の指揮を頼みたいのよ」


 クルーガーは、ルシカとテロンの顔を交互に見つめた。


「でも、もしあの黒いふたり組がいたら、ふたりとも顔を知られているわけだろう。危険ではないか?」


「危険は承知だ」


 テロンは頷き、ゆっくりと言葉を続けた。


「俺たちは船を降りて、この国の現在の状況を知るために、街の市場や図書館なんかを探ってこようと思っているんだ。錫杖やその解除に関する書物は、おそらくルシカ以外に読み解けないだろうし――」


「ルシカが行くなら、テロン、おまえが行く――というわけだな」


 クルーガーの言葉に、テロンはきっぱりと頷いた。


 厳しく細めた目でふたりを見つめたクルーガーは……ふぅっと息を吐き、ニヤリと微笑んだ。


「まあ……危険はあるが、それが一番妥当だろうな、確かに」


 息を詰めて成り行きを見守っていたマイナも、ほぅっと力を抜いた。


「国王の顔はさすがに目立つだろうし……まさかマイナを敵がいるかもしれない場所に、堂々と連れ出すわけにもいかないだろう?」


 テロンの言葉に、クルーガーは頷いた。


「正論だな。だが、おまえの顔は俺と同じじゃないか。策は考えてあるんだろうな?」


「もちろんだ」


「わかった。だがふたりとも……くれぐれも気をつけるんだぞ」


「ありがとう、承知したわ。……そっちも、気をつけてね。それからウルには船体の下に潜り込んで隠れてもらっているわ。マイナも、プニールには倉庫にでも隠れているように伝えておいて」


 ルシカは声を落とし、付け加えた。


「……もしかしたら、船に乗り込んで来るかもしれないから。調査とか言ってね。とにかく、何だか妙な雰囲気なの。気をつけてね」


「――わかった」


 クルーガーは寝台に座ったまま、頷いた。部屋を出て行く双子の弟と、友人の華奢な後ろ姿を見送る。


 扉が閉まり、クルーガーは息を吐いた。心配そうに見ていたマイナに向け、微笑んでみせる。


「さて、装備は整えておこう――戦闘になる可能性があるならば、準備しておくよう兵たちにも伝えておかなければ」 


「……戦闘に?」


「とはいっても心配するなよ。そうだ――マイナ」


 ふと気づいたように、口を開く。


「俺の看病をしてくれたこと、感謝している。心配かけて、すまなかったな」


「え、いいえ!」


 戦闘と聞いて不安そうに眉を寄せてうつむいていたマイナは、ぱっと顔を上げた。結ってある黒髪が、ぴょこんと踊る。


「みんなが言ってました。あの時、『破滅の波動』を封じなかったら、ウルさんも船もみんなも、半分が失われていたかもって。だから――クルーガーはみんなを救ったんです!」


 頬を紅くして胸の前でこぶしを握り、マイナは一生懸命に説明した。クルーガーはそんなマイナの様子を、愛しい者に向ける眼差しで眺めていた。



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