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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【第五部】 《従僕の錫杖 編》
112/223

3章 手掛かりを探して 5-9

「クルーガー国王陛下ああぁぁぁっ!!」


 広間にある巨大な螺旋階段から一階へ降りたところに突然の大声で呼び止められ、クルーガーは文字通り跳び上がった。幼少から体に染みついてしまった反応なのだが、傍らを歩いていたマイナが心底驚いていた。


 声があがったほうに目を向けると、ソサリア王国の騎士隊長ルーファスが足音高く歩み寄ってくるところだった。


「陛下! 待てども待てども、ちっとも降りて来られない。……まさかこのルーファスめの存在を、忘れ果ててしまったのではありますまいねッ!」


「うわっ、いや待て待て! こちらも取り込んでいたのだ」


 クルーガーが腕を突き出し、幼い頃からの教育係兼お目付け役を留めようとした。


「冗談抜きで、大事な話なのです。私も今朝式典のあとで聞きました、北の村で悲惨な事件が起こったという報告を。事によってはまた国の一大事になりかねません」


 そのことか――、とクルーガーはピンと来た。


「ちょっと待てルーファス。話は聞こう、……だがその前に」


 クルーガーは身をかがめ、ルーファスの剣幕に思わず一歩退いていたマイナに目線を合わせるようにして、言った。


「すまない、マイナ。話を聞いたらすぐに俺も行くから、先に図書館棟まで行って、中で待っていてくれるか? そこには俺の信頼している仲間たちもいるし、王宮内部に追っ手は侵入して来ないから」


「そうなんですか」


「王宮には結界が幾重にも張られている。許可のない者の侵入を拒み、警告が発せられるようになっているんだ。だから心配しなくていい――俺もすぐに行く」


 広間のすみに立っていた兵のひとりに目配せをして呼び、図書館棟まで案内するように言いつける。


 不安そうに何度もクルーガーを振り返りながら歩き去るマイナを安心させるよう、国王はにこやかに微笑み……その姿が見えなくなると渋面になって騎士隊長に向き直った。


「その村というのは――マイナムのことだな」


 クルーガーはルーファスの目をひたと見つめた。さきほどまでの表情とは全く違う、王のそれである。


 ルーファスが慌てて背筋を伸ばし、姿勢を正す。


「俺も話は聞いている。さきほどの女性はそのマイナムの出身――しかも教会の娘なのだ。だから先に行かせておいた。――では報告を聞こう」


 ルーファスはかしこまり、話しはじめた。内容としてはクラウス最高司祭から聞いていたこととあまり変わらないが、もう少し詳しいものだった。


「被害としては、死者九名、行方不明者一名、怪我人は村の半数以上です。焼け落ちて全壊しているのが村の教会、他に家屋四棟が半壊の状態です」


「行方不明者というのがマイナだな。……死者というのは?」


「ラートゥルの司祭と、村の男が八名。いずれも召喚されたのでしょう、妖魔や幻獣に引き裂かれたような傷で死んでおりました。無残な有様です……。男たちは村の自警団だったようで」


 ルーファスが顔を歪めながら報告をした。


 続く報告は、救助のための物資と食料を携えた兵たち、そして『癒しの神』ファシエルの神官たちを、周辺の町からすでに向かわせたとのことだった。ラートゥルの司祭たちもすでに動いているという。


「教会を……村を襲ったやつらを目撃した者はいたのか?」


「はい。ふたり組の男で、ひとりは魔物を引き連れた魔導士、もうひとりは……まるで狂ったように哄笑し、鉤爪を振るう、さながら悪魔か化け物のようであったと、生き残った自警団の者たちから聞いております」


「間違いなく、あいつだな……」


 クルーガーは唸り、こぶしを握りしめた。ルシファーと呼ばれていた男の姿が思い出される。


「身に着けていた革の衣服といい、引っかかりのある言葉の発音といい、この大陸の者ではないのかもしれないな」


 クルーガーは低くつぶやき、騎士隊長の顔を見た。


「ルーファス。王宮内で、誰かミンバス大陸出身の者が居なかったか? メルエッタ殿が話題にしていたことがあるような気がするのだが……」


 ルーファスの表情が、みるみる赤く染まる。


「陛下……それは、そのぅ、私のことであります。遥か昔……若き頃に、の地にて武術大会がありまして、その後五年ほど剣の修行をしていたことがありましたので」


「なんだ、そうなのか! これほどまでに長き付き合いなのに、知らなかったぞ」


「まあ、昔語りは苦手でございますから――詳細はあまり思い出したくないのです」


 珍しく、ルーファスが口ごもりながら首の後ろを掻いた。


「何やらたのしそうな思い出話が聞けそうだな。だが、今はそのことが知りたいのではないのだ。ルーファスはミンバス大陸の言語を知っているのだろう? こちらの大陸共通語だと、こういった発音の仕方はするのだろうか――」


 クルーガーは、対峙した時にルシファーなる男が口にしていた言葉を――耳について気にかかっていた発音を、正確に思い出しながら繰り返してみせた。


 それを聞いたルーファスが腕を組んで考えこみ……やがてしっかりと頷いたのを見て、クルーガーは確信した。


「ありがとう、ルーファス。昨日、今日で子どもたちの相手は、疲れただろう。もう休んでくれ」


 ニヤリと笑い、用は済んだとばかりに急ぎ歩き出すクルーガーだったが、その腕をはっしと掴んでその場に留められてしまった。


 ぎょっとしてルーファスを見ると、何やら必死な形相で見つめてくる幼少からのお目付け役と、ばっちり目が合った。


「陛下、さきほどの娘御と話をなさっているときの陛下の態度、普通とは違いましたな。さすれば陛下もいよいよ本気でお相手を探すお気持ちが?」


「余計な詮索はしなくてよい。ええい、放せっつーの!」


 隠居して静かに暮らし、ただ長男の嫁のことだけが心配な先王に、喜ばしいご報告を差し上げるため。


 追いすがるルーファスを振り解くのは、いかな優れた策士のクルーガーであっても相当に苦労するのであった。





「……まだ心臓、どきどき鳴ってる……」


 憧れの白亜の王宮、灯火に織り成される影までも美しい内廊下を歩いているというのに、兵に案内されながらマイナはほとんど上の空であった。


 胸が苦しいのだ。


 凄まじい魔力を秘めた宝物が体内に封印されているから息や鼓動が苦しい――とは別の苦しさだった。胸が高鳴り、心地よい熱を生じている。


「今でもまだ信じられない……」


 自分のことを、あんなにも懸命に助けてくれた命の恩人が、まさかこのソサリアの国王陛下だったとは――。


 それだけでも十分驚きだが、さらに「これからは俺に護らせてくれ」と告白されたのだ。今思い出しても頬が熱くなってしまう。口元がほにゃりと笑み崩れてしまいそう。マイナは慌てて両の頬を左右の手で押さえつけた。


 月の光のなかで聞いた告白。涙が溢れ、目の前の胸に抱きついて泣いてしまった……。


 あのあと――。国王陛下は、ようやく泣き止むことができたマイナの手を握り、目線を合わせるため膝をついたまま言ったのだ。


「もっと多く、君の事が知りたい」


 そうしてヒョイと抱き上げられ、寝台に戻されたときには……心底焦ったものだが、単に靴と衣服を侍女に言いつけ用意させる間、ずっと冷たい床に座らせておくつもりがなかっただけらしい。


 まだ春先は寒いからと、あたたかいケープを手ずから羽織らせてくれた。


 大きな手を差し出され、自分の頼りない手を素直に預けると、しっかり掴んで立たせてくれた。ふわふわと夢見心地のマイナがよろけると、すぐに腕を伸ばし支えてもくれた。


「あの、クルーガー……様? どうしてそこまで――」


 言いかけるマイナの唇に指を当て、言葉の続きを制すると、若い国王は優しく笑った。


「様、は要らない。ちかしい者たちは、名だけをそのまま、呼んでくれている」


 悪戯っぽく青い瞳をきらめかせると、背筋を伸ばした。その堂々たるさま、風格は、まさに生まれ着いての王族のものだ。


 そんな相手にかくも気にかけてもらい大切に想われてしまい、混乱するなというほうが無理であった。


 自分の気持ちは――よくわからないままだ。しかし身分を抜きにしても、相手を好ましく思っている自分がいるのは事実であった。


 けれど――心身ともに混乱している時だ。父を失い、故郷の村から逃れている現状では、物事を落ち着いては考えられない。内に渦巻く不安が揺れる瞳に現れてしまったのか、相手はこちらを気にかけ思い遣るように声をかけてくれた。


「結論は焦らないで欲しい。君の気持ちは君のものだ。俺はただ……ひとりの男としてさきほどの言葉を告げたのだから」


 護ることについて、王として民を護ると言っているのではない、とマイナに伝えたかったのだろうか。


 噂でも、新しい王は地位にこだわったり、それを足枷に思う人物ではないと聞いていた。王子であった昔から自由奔放で、自ら率先して動く青年であったと。


「俺のことは、俺の信ずるまま思うとおりに行動させてくれ」


 国王はそう言って、マイナの瞳を真っ直ぐに見つめてニヤリと微笑んでみせた。


 ――相手には自分の信念があって、その通りに動くひと。王国を背負い、自分の意思で決することを当たり前とし、それらに伴う責任を全て自分で受け止めてきたひとだ。


 マイナは、ただ頷いてこたえたのだった。


「着きました。こちらが『図書館棟』になります」


 ふいに立ち止まった兵が告げ、一礼して下がった。


 分厚い扉の向こうから、あたたかい光と空気、そして賑やかな笑い声が洩れていた。重厚で静謐な『図書館棟』という名の響きとはそぐわない、何やら明るい雰囲気である。


 兵士がうやうやしく押し開ける扉の中へ、マイナはおずおずと進んだ。――その途端、目の前にあった光景が目に飛び込んできたのである。


 整った顔立ち、金髪、青い瞳の男性が、ふわりと肩に流れる蜂蜜色の髪の娘とふたり、いかにも自然に寄り添っていたのだ。周囲のひとびとと談笑し、幸せそうに目を細め、寄り添う娘の頬に、愛情たっぷりにくちづけている。


「……あ、あれ……?」


 マイナは我が目を疑った。思わず目をこぶしでこすってしまう。その男性は、さきほど回廊で「先に行っていてくれ」と言っていたクルーガー本人ではないか?


 ここでマイナが落ち着いていれば、身にまとう雰囲気の違い、何より体格と衣服と髪の長さでわかりそうなものだが……月明かりのなかでの遣り取りのせいで頬にも頭にも血が上っていたこともあり、信じられない早合点をやらかしたのであった。


「……なっ、なななな! どういうことなんですか。さっきはわたしに、これからは俺が護るだなんて言って、もうすでにそんな美人で素適な女性ひとがいるなんて……!」


 わなわなわな。こぶしを握りしめるマイナであった。びっくりしたように、ホール全体がしぃんと静まり返った。


 少女に燃えるような視線を向けられ、次いで露骨に目を逸らされたテロンはポカンと、唖然と、呆けたように一瞬言葉を失い……慌てて声をあげた。


「い、いや。ちょっと待て。勘違いだ。俺は違う――」


「き、聞きたくありませんッ!」


 マイナは耳を塞ぐと同時にくるりと踵を返し、入って来たばかりの扉に向き直った。両手で引き開けると同時に走り出し――どんっ! と、細身だがぶつかったくらいでは揺るぎもしない誰かさんの胸に衝突した。


「きゃっ!」


「おっと!」


 反動で後ろに倒れかけたマイナを――やっとルーファスから解放され、走り駆けつけてきたクルーガーが、咄嗟に腕で抱き寄せるように救いあげたのだった。


「……どうした、マイナ?」


 自分を覗きこむ裏表のない澄んだ青い瞳に、マイナはぱちぱちと目をしばたたかせた。


 そしてゆっくりと振り返り、目の前の男性ともうひとりの男性に、交互に視線を移動させる。驚きに開かれた目と口がまんまるだ。


「何かあったのか?」


「何かしたのか、兄貴っ」


 言葉の内容は違えど、似たような声が重なり――思わず双子は目を見合わせた。マイナと周囲は呆気にとられ、ただひとりぷっと吹き出し――明るい笑い声をあげたのはルシカだ。


「ふふ、あはははっ――なぁんだ、びっくりしたぁ。クルーガーってば、そういうことだったのね。どう説明したらいいのかな、ふふふっ」


 ルシカの声に全員の金縛りが解け、力が抜け、場の雰囲気が一気に穏やかなものに変わった。


「ああ、びっくりしました……とは言いつつ、何のことやらさっぱりですが」


 ティアヌが胸を撫で下ろし、リーファにまたしても小突かれている。


「……へ?」


 妙に納得した一同からの視線を集め、次に呆気に取られたのはクルーガーだった。顔を真っ赤に染め、腕の中で「ご、ごめんなさい」と肩を縮めるマイナを見て――ますます怪訝そうに首を捻ったのである。





「街灯が壊れ魔法の光も消えて、暗かったから、あのとき顔がよく見えていなかったのだな。しかしそんなに似ているのか? 俺たちには当たり前の状況だから、すっかり忘れてしまうんだよなァ」


 クルーガーが頭を掻いた。テロンとふたり、並べられて見比べられているのだった。その前に立っているのは並べた当人――ルシカが腕を組んで唸っている。


「うーん……あたしには、全然違って見えるんだけど」


 貴女あなたには当たり前でしょう、と周囲からすかさずツッコミが入り、ルシカが照れたように笑った。リーファが手を腰に当て、頷きながら言った。


「まぁ、知り合ったばかりではパッと見て判断つきにくいかもね。わたしだって初めて会ったとき、驚いたし」


「双子がいるって知らなければ、無理もありませんねぇ~」


 彼女の言葉に、ティアヌがのんびりした声で同意した。


「そんなものかァ」


 クルーガーは唸り、腕を組んで天井を見上げた。ふと、壁にいくつも貼られている世界地図に目が留まる。


「突然ですまないが、本題だ。ルシカならわかるんじゃないか……ミンバス大陸からここまで、船は自然に流されてくるものなのだろうか?」


 楽しそうに含み笑いをしていたルシカは、すぐに真面目な表情になった。クルーガーの視線を追い、世界地図を見上げて答える。


「……いいえ、海流と風に乗って普通にたどり着くのは難しいわ。この大陸の北にあったとされるミッドファルース大陸が消失したことで、その範囲のほとんどで海流が乱れ、風は無風状態よ。たとえ帆船じゃなくガレー船を使ったとしても相当に苦労するはず。グリエフ海の北は魔の海域なの」


 話しながらルシカは腕を振った。空中に複雑な魔法陣が描かれ、開き、光によって描かれた地図が浮かび上がった。


「これはね、魔導の『仕掛け花火(トリックスター)』の応用なの。イメージがしっかりしていればこうして空中に表示することも可能……って、その説明はこの際置いておいて、っと。こんなふうに――」


 ルシカは言いながらも、指で印を組み、腕を僅かに動かして映像を操作した。


 トリストラーニャ大陸の左に表示されているのが、西方のミンバス大陸だ。このソサリア王国が臨むグリエフ海には、ミンバス大陸周辺からの海流が真っ直ぐに流れてくるわけではない。


「グリエフ海の海流は魔の海域の影響で、主に東のほうからの海流になるの。だから西方からここまで向かう貿易隊商たちはソーニャの向こうで上陸し、陸路で来なければ――なるほど……クルーガー、そういうことなのね」


「そうだ。何らかの意味が――狙いがあったんじゃないか。探している方法は意外にこの近くにあるんじゃないかと、俺は思うんだ」


「どういうことなんだ?」


 テロンが訊いた。リーファやティアヌ、もちろんマイナも首を捻り、もの問いたげな表情だ。


「つまりね、どうしてマイナム――というより、この地域にたどり着かなければならなかったか、ということよ」


「追っ手が?」


「追っ手だけじゃないわ。あなたのおかあさんが、よ」


 ルシカは、マイナを見つめた。


「自分の体の内に封印されていた古代宝物のことを知っていた。それはクラウス様からの説明でわかっているわ。娘であるあなたを産んだとき、彼女は夫とふたりで悩んだんだもの――娘に受け継がせてしまった古代の宝物、その苦しみと狙われる危険を、どうにかして取り除けないかとね」


「つまり――」


「あなたのおかあさんはその方法があることを知っていた。この地を目指したのは、解決方法があるからなのよ、きっと。国を離れて逃げるだけなら、他にも隠れる場所や治安の良い国はたくさんある――それこそ、海流に乗って進めるルート上にいくつも」


「何故その話を、父は知らなかったの?」


「自分たちの力や情報だけでは叶わぬ方法だったのか、あるいは――死を免れないほどに危険な方法だったのかもしれない」


 ルシカが空中の映像を消し、眺めていたクルーガーが振り返った。


「その方法が知りたければ、ミンバス大陸に行く必要があるか?」


「そうね――ここへ来る前に知っていた知識だというならば、彼の地にあるという、出身地である公国へ出向いたほうが確実だと思うわ。追っ手のことも、機関と呼ばれていたものの実体も調べなきゃ」


「あの船を使うのか?」


 テロンが訊き、ルシカはニッとばかりに微笑んだ。


「えっへへ。大義名分ができるしグリマイフロウ老が喜んで出してくれると思うわ。ウルも試してみたくてうずうずしていたし。あたしも楽しみだし!」


「その言葉が好きだなぁ、ルシカは」


 クルーガーが苦笑した。


「あの船って何ですか? ウルって誰です?」


 珍しいことに目がないティアヌが、身を乗り出すようにして訊いた。その横ではリーファが両腕を広げている。


「どうやら、わたしたちも旅に付き合わなきゃって気がしてきた。ルシカたちが構わないなら、ついていくわ。どうせ世界中を旅するつもりだし」


「もちろんよ! ね、テロン、クルーガー。行ってもいいよね?」


 双子は顔を見合わせ、互いにニッと笑ったあと彼女に向き直った。


「もちろんだ! マイナを助ける手掛かりを得られる可能性があるなら、行こう」


「ルシカが行くと決めたなら、止められないからな」


「あ、あの……わたしの為に、そこまでしていただくわけには」


 マイナは卓の間で恐縮したように身を縮め、クルーガーに背を軽く叩かれて顔を上げた。


「いいんだ。あのふたりが王都に進入し、騒ぎを起こした時点でこの王国の問題になっている。領地であるマイナムでの事件もゆるしがたい。国王として、犯人たちを捕らえ、裁きを下さなければならない」


「そのためには、事件の真相を知る必要がある――そして、皆が納得のいくような解決を為さねばならない。それが俺たちの務めであるんだ」


 クルーガーとテロンが交互に言った。傍らでルシカも頷いていたが、ちょっと首を傾げた。


「国王として――って、クルーガー」


 困ったように、形の良い優しげな眉を互い違いに動かし、細い腰に握ったこぶしを当て、宮廷魔導士は言った。 


「いちお~言っておきますけどね、臣下として、立場として。国王自らが出向いていくおつもりですか? あたしたちにお任せくださいな。……とは言っても、友人としては言ってもしょうがないかなぁとか思ってるけど」


 言葉の後半部分を小声で付け加えるのを、周囲の仲間たちは聞き逃さなかったが。


 何ともいえない表情のテロンは、苦笑して視線をあさっての方向に飛ばし、クルーガーはハハハと哄笑した。


「うむ。出立は明日だ。急ぎ仕度を整えなければならんな。船、食料、兵――それから、マイナ、君も一緒に行こう。この王都の護りは万全だが、俺たちが居なくなれば――コホン、宮廷魔導士の不在が、敵の魔導士が攻めてきたとき事態を悪くしかねない。同じ狙われる危険につきまとわれているならば、ともに居たほうが確実に危険に立ち向かえると思う。マイナ、それでいいか?」


「え、は、はい。ミンバス大陸の、母の故郷に――ですか? はい、もちろん!」


 あまりの急展開にぐるぐると頭の中が回っていたが、マイナは急いで頷いた。見上げた傍らの青年の瞳には、楽しそうな光が宿っている。目が合うと、片目を瞑ってきたので、自分自身の瞳の色と同じように、マイナの頬がさっと紅く染まる。


 マイナが周囲を見回すと、宮廷魔導士に指示された文官たちがにわかに活気づいて新たな本を抱えて奔走し、国王から指示を受けた兵が伝令の為に走り出て行き、エルフ族の青年と琥珀の瞳の娘が他の者たちと一緒に卓を片づけはじめていた。


「なんだか、すごいことになっちゃった」


 昨日の不吉な黒い影が襲撃してから、今、マイナの人生は目まぐるしく変化していた。その奔流の中で、少女は戸惑い、翻弄されていたが、このいくつもの出逢いが自分の将来を救い明るい兆しとなりつつあることをも確信していたのである。


 どきどきと高鳴る胸を押さえ、その内にある古代宝物の存在を、マイナは自分自身の感覚で感じはじめていた。



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