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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【第五部】 《従僕の錫杖 編》
106/223

1章 願いを込めて 5-3

 広場の中央にあるシンボル塔から、星や光の粒があふれ、ふわふわキラキラと流れはじめた。


 魔導による『仕掛け花火(トリックスター)』である。金の飾り玉ひとつひとつの中に、小さな魔石が仕込まれているのだ。


「魔力をありったけ付与エンチャントしておいたからね」


 仕掛けを始動させる魔法をかけ終わったルシカが、掲げていた腕をおろし、仕上がりを確認して満足そうに微笑んだ。最近解読が済んだ古代文献に載っていた魔導技術の応用の産物である。


「効果は明日の夜明け前まで続くはずだから、暗くなったら今夜は恋人たちに楽しんでもらえるかしら」


「俺たちも、あとで王宮を抜け出してこよう」


 テロンがルシカの肩を抱き、ルシカはテロンの腕に手をかけ、伸び上がって彼の頬に軽く唇をふれた。


「うん、楽しみにしてるね」


 ルシカは微笑み、弾むような足取りで広場の他の場所を見にいった。


 広場の噴水の傍には、機械仕掛けの乗り物が幾つかあった。


「回転椅子でさあ。魔法は使ってねぇ、軸の周りを歯車と梃子てこの力で動かしているんです。軸の周りを、ああして上下に……」


 客から問われた街の発明家が嬉しそうに、楽しそうに説明しているのが聞こえた。その声に、乗り物に乗った子どもたちの笑い声や歓声がかぶさる。


「今回使う花火も、火薬に金属を混ぜて色をつけているのだとか。戦争じゃなく、楽しむためにそういう知識が応用されるのはいいことだよね」


 ルシカは微笑みながらその光景を眺め、ひとりごちた。魔法と科学、双方の技術がともに発展すればいろいろ便利なものが生み出されるのかなと、未来が楽しみでもある。


「はい、順番だよ。並んでね」


 聞き知った声が耳に届き、視線を向けると、列をなす子どもたちの傍に、宮廷魔導士の警護兵であるゴードンがいた。


「ゴードンさん」


「ルシカ様!」


「今日はお休みなのに参加してくれたそうで、どうもありがとう」


 にっこり微笑むルシカに、ゴードンは恐縮しながらも破顔した。その隣には、ルシカがはじめて会う女性が立っていた。


「もしかして――」


 言いかけるルシカに頷き、髭を生やした武人らしい無骨な顔が照れたように赤く染まった。ゴードンはその女性を紹介した。


「はい。お話していた相手で、ルーナといいます」


「来月に私たち、結婚するんです。テロン殿下とルシカ様の幸せにあやかって、同じ月に式を挙げようってことになって」


「じゃあ、もうすぐなのね!」


 ルシカは手を打ち合わせ、嬉しそうにぴょんと飛び跳ねた。


「おめでとう! じゃあ今一番忙しいときなのに、こうして来てくださって。本当にありがとう」


「子どもが好きなんです、ふたりとも」


 ふたりが恐縮しながら微笑んで応えたところに、テロンがルシカを呼びにきた。


「ルシカ。向こうに会わせたいひとがいるんだ。――驚くなよ?」


 テロンが珍しく、悪戯っぽい笑みを浮かべている。


 ふたりに挨拶をしたあと、手を引かれながらルシカが連れて行かれた場所には、なつかしいふたりがいた。薄青色の髪をしたエルフの青年は子どもたちに囲まれ、栗色の髪の少女は快活そうに子どもたちの世話を焼きながら立っている。


「もしかして――」


 ルシカの声に、少女が振り返った。


「もしかしなくても、わたしたちだよ! ルシカ、ひさしぶり!」


「リーファ!」


 ふたりの娘は互いの手のひらを合わせて指を絡め、キャアと嬉しそうに声をあげた。


 育ち盛りのリーファは一年で背が大きくなり、出るところは出てくびれるところはくびれていた。髪に薄青色の花を一輪飾っている。何より成長を感じるのは、その眼差しだった。出逢った頃とはまるで違う、優しげで華やかな表情をしている。


「いつ王都に?」


「今朝早くだよ。お祭りの話を聞いて、手伝いたくって。――でね、ティアヌの頭にリンゴを乗せて、ナイフ投げを披露したらどうかって提案したの。そしたらティアヌが『子どもたちが真似してしまいますから危ない』って言うんだもん」


「リーファの腕前なら大丈夫だろうけど、確かに『良い子は真似しちゃいけません』って感じね」


 ルシカは喉の奥で笑い、子どもたちに囲まれているティアヌに目を向けた。


「それでふたりで相談して、それより珍しいから子どもたちにどうかなって、ティアヌが『自然魔術』について話すことにしたの。精霊に語りかける方法なんかをね。――あぁ、はいはい、そこのボク、座って座って」


 リーファが子どもたちに気を配り、ティアヌは実際に『風の乙女(シルフィ)』を呼び出して語りかけながら、自然のなかのエネルギーがどのように世界を巡るのか等々、会話のやりとりで巧みに説明しているのだった。


 精霊と語り合うエルフの青年の話を、子どもたちは質問を挟みながら身を乗り出すようにして熱心に聞いていた。


「ありがとう、ふたりとも。祭りが終わったらぜひ王宮へ来てくれ。ゆっくり話したいこともたくさんあるし」


「ええ、もちろん行くわ!」


 テロンの言葉にリーファは頷き、ティアヌも話しながらこちらに片手をあげて応えた。


「ふふ。今夜は楽しくなりそうだね、テロン」


「そうだな」


 テロンとルシカは微笑みあい、それからゆっくりと広場を歩いて見回った。


 がくの才のあるおとなたちが、楽器を持ち寄って楽しげな曲をかなではじめると、おしゃまな女の子たちが習いたてのダンスを踊り、男の子たちは互いにおもちゃの剣を打ち鳴らした。


 王都の子どもたちだけではない。近隣の都市からここまで親たちと来た子どももたくさんいる。さらに言えば、人間族だけではなく、飛翔族や竜人族、エルフ族と種族もさまざまだ。互いに挨拶を交わし、楽しく語り合い、憩い、そこに種族間の差はない。


 無邪気に駆け回り、それぞれが自分たちの好きなように楽しみながら駆け回っている子どもたちを眺め、テロンが言った。


「平和な時代、豊かな国……未来を担う子どもたちが、将来に希望を持って大きくなっていける環境を、俺たちの世代が維持していかなきゃな」


「うん……そうだね」


 半世紀と少し前には、戦争をしていたとは思えない光景だ。それはふたりにとって祖父や親たちの時代であった。ここまで平和で豊かに暮らせるようになったのは、その世代の努力の成果なのだ。


 自分たちはその平和や豊かさを守り、発展させていく。


 表舞台でクルーガーが国を治めているが、それだけでは王国が日々抱える問題の全てに対処することはできない。


 隣国をはじめ大陸諸国との諍いの種が表面化する前に交渉に出掛け、様々な事件を解決するために動き、魔物たちを鎮めることを、テロンとルシカは自分たちの役目としている。


「昼からは、もっと人が増えそうね。テロ――」


 穏やかな目で子どもたちを眺めていたルシカの視線が、ハッと厳しいものになった。同時に、テロンの表情も引き締められる。


 ふたりは王宮のある方向を見た。


「テロン……。あれ!」


「――ああ。何かあったんだ!」


 ルシカはただならぬ魔導の気配を感じた。ざわざわと首筋を這い登るような、禍々しい感じだ。


「位置的に、ラートゥル大聖堂だ」


 テロンが言った。見つめる先には、うっすらと土煙があがっている。


「何か……妙な気配だ。――行こう!」


 ふたりが広場からメイン通りに向かって駆け出したとき、逆にその通りから広場へ走りこんできた人影があった。ふたりの見知った顔ではない。


 黒髪と真紅の瞳の少女だ。


「……あの子は、魔導士?」


 ルシカは思わず立ち止まった。その瞳には少女の体に流れる魔力マナが見えている。魔術師とは違う輝きだ。だが――胸に見える、光が反転したようなシルエットはなんだろう……?


 少女は広場の噴水まで走り、息をきらして心臓の辺りを押さえて喘ぎながら周囲を見回していた。人を探しているように思えるが……。


「ルシカ!」


 テロンはルシカに注意を促した。広場の入り口だ。もうひとり、広場に走りこんできた者がいた。


 人間の男にみえるが、まとった雰囲気が人間のそれとはまるで異なっている。全身から、異様なほどに濃い魔力マナが発せられていた。


「――テロン、あいつ普通じゃないわ」


 ルシカの魔導士としての感覚が警鐘を鳴らした。テロンもまた相手の異常なまでの殺気を感じていた。


 噴水の傍にいた少女が後続の男に気づき、男もまた同じタイミングで少女を見た。


 一瞬、止まる時間――。少女がぱっと駆け出した。男とは逆の方向に。


「追われているのか」


 テロンが口の中でつぶやき、少女の後を追って走り出した。広場にいた警備兵や、ティアヌとリーファたちも異常に気づき、向かっていこうとしている。


 ルシカは腕を振り上げ、男の足を魔法で地面に縫いつけた。『足止め(ストップフット)』だ。


 だが男はすぐに魔法の影響を振りほどき、ルシカに向かって腕をのばした。ドン! と撃ち放たれる火炎の塊――!


「危ないッ!」


 『聖光気せいこうき』を身にまとったテロンが間に割って入り、自身の放った『衝撃波』で火球の威力を相殺した。


 だが、紅蓮の輝きが消失したあとに男の姿はない。少女を追ってすでに広場を走り出ていた。


「ルシカ、あの相手と広場で戦うのはまずい」


「――そうね、ごめんなさい」


 テロンとルシカは少女と男を追い、駆け出した。


「あたしたちも加勢するわ!」


 叫び、その後ろを追いかけようとしたリーファやティアヌたち後続組の前に、何処からか小石のようなものが投げ込まれた。


 バシュッ、バシュシュッ!


 それらは地面に当たった瞬間に破裂し、『闇狼ダークウルフ』が具現化された。


「なんですかっ……もしや『封魔結晶ふうまけっしょう』?」


「ティアヌ、こいつら幻獣よ!」


 リーファの声に頷き、ティアヌはすぐさま詠唱を開始した。効果が現れ、リーファの短剣に光の粒が纏わりつく。『武器魔法強化エンチャンテッドウェポン』だ。この世界には属さない、魔法的な存在である敵に、剣での攻撃が通じるようになるのである。


 兵士たちは懐から取り出した魔石で同様の効果を自分の武器に得ていた。いつぞやの王宮襲撃事件の教訓から宮廷魔導士が提案し実現させた、携帯用の魔道具(マジックアイテム)だ。


「いい? 子どもたちを護るのが最優先よ。――さあ、かかってらっしゃい!」


 リーファは短剣を天に掲げ、獣たちの真ん中に飛び出した。





 もうもうとあがっていた土煙が晴れ、大聖堂の建物に再び陽光が当たった。


 大聖堂の外壁は、大きく崩れていた。右翼のステンドグラスはほとんどが被害を受け、割れ砕けるかヒビが走っている。


 それほどに凄まじい衝撃だったのだ。並木と芝生が植えられた広い敷地がなければ、周辺の建物にまで破壊の影響が出ていたかもしれない。


「う……くそッ」


 クルーガーは瓦礫の中から身を起こした。生きているのも不思議なくらいなのだが、体には傷ひとつない。衝撃で弾き飛ばされ、崩れ落ちた外壁の隙間に埋もれたときの打ち身くらいだ。


 クルーガーの動きに合わせて、敵の魔法を喰らって裂けた衣服の胸元から、光がひとつこぼれ落ちた。


「――これは、ルシカからもらった護りの石……」


 少し前の誕生日に彼女から贈られたペンダントだった。身に受けた必殺の魔法攻撃を一度だけ無効にしてくれるという、魔法の品だ。


 クルーガーは、その貴石の中央が大きく割れているのに気づいた。感謝の言葉をつぶやき、手のひらに握る。そうして立ち上がり、剣を鞘に納めながら周囲を見回した。


 敵の気配は消えていた。


「おそらく……追って行ったな」


 意識を失っていたわけではないので、時間的にはそれほど経っていないはずだと判断し、クルーガーは瓦礫を越えて大通りに出た。すぐに走り出す。


「無事でいてくれよ」


 祈るようにつぶやきながら全力で駆ける。だが、向かう先――広場からすでにいくつもの悲鳴が聞こえていた。


 クルーガーがたどり着いた広場には、ざっと見ただけでも六体の『闇狼ダークウルフ』たちがいた。交戦しているのは見知った顔ばかりだ。


 そのうちのひとりがこちらに気づき、声をかけてきた。


「あっ、クルーガー陛下!」


「ティアヌか!」


「ルシカたちは、女の子と妙なヤツを追いかけて、あっちへ行きましたっ」


 ティアヌが指し示すほうは、広場の反対側だった。そこから出ると王都の南門へ向かう大通りになる。


「ここは私たちに任せて、追ってください! ――ヴォルト!!」


 ティアヌは包囲網を跳び越えようとする『闇狼ダークウルフ』に指を突きつけ、『気弾シャウトプロジェクトゥル』で叩き落していた。


「わかった、任せるぞ!」


 クルーガーは状況を瞬時に見てとった。周囲の子どもたちも、戦っている者たちも大丈夫そうだ。


 ――ガアゥガウガウッ!


 広場の幻獣たちは、挑発するリーファによって巧みに誘導され、中央に集められていた。それを兵士たちが取り囲み、周囲の子どもたちや手伝いのおとなたちへ襲い掛からないように剣を振るっているのだ。


 その中心で、リーファがまるで舞を披露するかのように、流れるような優雅な動きで短剣を振るっていた。リーファの故郷であったフェルマ伝統の剣術である。


 リーファは地を蹴り、宙に跳び上がりながら獣たちを翻弄ほんろうした。その鼻先や背を蹴って全ての攻撃を見事に避けつつ、短剣をひらめかせる。


 肩の上で揃えられた栗色の髪がふわりと持ち上がり、琥珀色の瞳が微笑むようにきらめく。一閃するたびに暗い闇影のような幻獣の体が切り裂かれ、完全に仕留められたものは光の粒となって空中に散り、元の世界へ戻ってゆく。


 リーファが身に着けていた薄布を幾重にも重ねたような異国風の衣装の印象もあってか、その一部始終はまるで大掛かりな見世物芸のようであった。


 くるりくるりと身を躍らせ、次々と幻獣たちをほふり、スタッと最後に着地を決めたときには、広場中からやんややんやの喝采があがった。


 リーファはにっこりと微笑み、旅の途中で見た踊り子たちの優雅な礼をまねて、皆の歓声に応えてみせたのである。


「すげぇなぁ! オレ、本当のホンモノかと思ってドキドキした!」


「おいらにはわかってたぜ、イベントのひとつだって」


「――にしてはおまえ、さっきマジびびって逃げ出す寸前だったじゃんかっ」


「おねえちゃん、かっこいーっ!」


 すっかり観客となった広場の人々や子どもたちの間でそんな会話が交わされた。ティアヌや兵士たちもリーファに視線で促され、少々へたれ気味ではあったものの即興の『キメポーズ』を披露した。


「なんでいきなり、こんな展開になったんです?」


 戸惑い気味にこっそり訊いてくるティアヌに、リーファは笑顔のまま口調は鋭く答えた。


「鈍いんだから、もうっ。……せっかくのお祭りでしょ? 余計な心配や騒動は必要ないのっ」


 フェルマの少女は短剣をクルクルクルッと回し、鮮やかな手つきで腰の後ろに戻した。その心の内で、友人たちに向けてそっとつぶやく。


「だって、みんなを楽しませるのがこのお祭りの本当の意味だもの。そうでしょ?」


 リーファは、この祭りを企画したテロンとルシカの意図を正しく読み取っているひとりなのだ。





 テロンとルシカは、大通りを南に向かって走り続けていた。


 王都の通行のかなめとなっている、南門から中央広場を抜けて王宮の正面門までを貫くメイン通りは、道幅がとてつもなく広い。ずらりと出店が並び、そこかしこに市が立っているが、道の中央は交易の車が行き交うことができるほどだ。


 その大通りを行き交っていた人々は驚いた様子で、慌てたように道の中央を開いた。そんな中を、少女と追跡者の男、そしてふたりが駆け抜けていく。


「このまま進むと、門前の広場に出るぞ」


「――ええ、その周囲の壁の上には花火が積まれている」


 テロンは息も乱してはいないが、ルシカはそろそろ息があがってきている。


「敵にあまり近づいて欲しくないわ……テロン、あたしはいいから」


 行って、とルシカは目で伝えた。


「わかった、無理はするなよ」


 テロンはルシカを残し、走るスピードを上げた。だが、もう少しで追いつきそうだ、というところで邪魔が入った。


 パンッ! 足元の石畳が弾けた。稲妻が踊り、周囲の空気を焦がす。『電撃の矢(ライトニングボルト)』が撃ち込まれたのだ。


 寸前で身をかわし、受身をとって地面を転がったテロンは、素早く起き上がって相手を見た。


 自分よりは遥かに年上の、黒髪の壮年の男だ。黒服の上から黒いマントを羽織っているが、剣は持っていないようだ。今の攻撃と雰囲気からして、おそらく魔導士だろうと思われた。


「……邪魔をしないでいただきたい」


 男は平然とした表情を浮かべたまま真っ直ぐに立ち、通りの真ん中でテロンをはばんでいる。その背の向こうで、追跡者の男の後ろ姿が遠ざかっていく。


「――そこを通してもらう!」


 テロンが『聖光気せいこうき』を発動させると同時に地面を蹴った。


 男が同時に魔法陣を具現化させる。青い輝きが眼前いっぱいに広がり、テロンは見えない壁に阻まれた。


「くそっ!」


 だが、テロンが拳を突き出す前に、その壁は弾けるように消えた。


「テロン、行って!」


 ルシカが追いついていた。自分の魔導の力で、不可視の壁を無効にしたのだ。


 相手の男の眉が跳ね上がり、その真紅の瞳がギラリと剣呑な輝きを放った。相手が腕を振り上げ、振り下ろす。ひと抱えもある氷塊が空中に幾つもも現れ、次の瞬間にはそれらが唸りをあげてルシカへ向かった。


 ルシカは素早く人通りの多い周囲に目を走らせた。両腕を広げ、一瞬で具現化した魔法陣で全ての攻撃を受け止める。


 すさまじい衝撃に地面が揺れた。


 広範囲を包み込むほどの魔法の障壁を瞬時に作り出したことで、魔力マナを大きく消費したルシカが一瞬目眩を覚える。


「――場所がっ……」


 ここは王都の大通りだ。ルシカの背後にも周囲にも、たくさんの人がいる。王都の民や、訪れている周辺都市の住民や旅人たちだ。


 だから、あまり規模の大きな攻撃魔法を具現化するわけにはいかない。させるわけにもいかない。誰にも巻き込まれて欲しくなかった。


「それならばッ!」


 ルシカは精神を集中させた。オレンジ色の瞳に白い光が明滅する。渾身の魔力を込め、相手に魔導の技を行使した。――相手の行動の自由を奪う魔法だ。


「グッ……!」


 相手はひるんだ。ガクガクと全身を震わせ、ひざを地面に落とし、頭を垂れる。


 だが、すぐに顔をあげ、燃えるような瞳でルシカを睨み付けた。魔法の効果に抗いながら、立ち上がろうとする。


 そのとき、後方から駆けてきた者がいた。


「――ルシカ!」


「クルーガー!?」


 ルシカは驚いたが、クルーガーの表情を見てすぐに理解した。


「この先に行ったはずよ。あなたの足なら追いつけるはず!」


 大通りの先へとクルーガーを促し、その背に向けて『治癒ヒーリング』と『倍速ヘイスト』を同時に行使する。クルーガーは先行していたテロンに追いつき、声を掛けた。


「テロン! あいつらは俺が追う。ルシカについていてやってくれ!」


「わかった! 兄貴、気をつけろよ」


「ああ!」


 テロンはすぐに引き返した。実は後方が気になって仕方なかったのだ。相手が魔導士であるならば、ルシカひとりで対処できると思えなかった。


 彼女にとって……そして自分にとってもだが、街中まちなかは護るものが多すぎる――戦いは圧倒的に不利なのだ。



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