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04 捨て身の提案

本日2話目の更新です。

 覚悟が決まったら、あとは実行に移すだけ。

 レティーシャは背筋を伸ばしてグレンの目を強く見つめた。


「この度は、お助けくださりありがとうございます! 私の名前はレティと申します。実は容姿と名前も似ているレティーシャ様の大ファンでして、エデルトリア帝国で王太子殿下と並ぶ姿を一目見ようとメーダ王国から追いかけてきたのです」



 思い付いた理由を、一息に告げる。

 ちょっと無理がある設定なのは重々承知しているが、今は押し通すまで。自分にはあとがないのだ。

 幸いにもグレンは片眉をあげるだけで、聞く姿勢を取った。



「なるほど。それで、どうして川に?」

「親切に馬車に乗せてくれたと思っていた方が、物盗りだったようなんです。急に襲われそうになって必死に逃げていたら谷に気付かず、そのまま……」



 悪意に満ちたリズの笑みと、月光に照らされた剣を思い出してしまったレティーシャの体が強張る。

 少しでも気を抜いたら声を上げて泣きたくなるほど、いまだにショックが尾を引いている。

 しかし今は目の前のことに集中するべきで、ここからが本番。

 レティーシャはベッドの上で両膝をそろえると、額を膝につける勢いでグレンに頭を下げた。



「私に恩返しする機会をくださいませ!」

「はぁ!? 家の近くで死なれちゃ面倒だから拾っただけで、恩返しなんて必要ない。それより心配している家族のもとにさっさと帰れ」



 お礼が不要なんて、やっぱりグレンは善良な青年らしい。

 つけ込める――と思ったレティーシャは、慈悲を乞うように両手でグレンの右手を掴んだ。



「実を言いますと、私に帰る家はありません。頼れる家族もいないんです……っ」

「そ、それは」



 グレンは明らかに同情する表情を浮かべた。

 やっぱりいい人だ!



「さらに宿に泊まれるお金も、食べ物を買うお金もないんです!」

「物盗りに奪われた、と?」

「奪われたというか、荷物すべて置き去りにして逃げてしまったんです。つまり所持金ゼロなんです! 仕事先もないですし、このまま街に出たら凍えてしまうかもしれません!」



 季節は春を迎えたばかり。昼間は暖かくなってきたものの、夜はまだ冷え込む。

 運よく今日仕事が見つかっても、給料を手にできるのはずっと先。宿に泊まるどころか、その晩の寒さを凌ぐコートや毛布を買うこともできない。

 このまま街に入っても彷徨うだけで、道端で凍え死ぬ未来が想像できた。

 生き延びたいレティーシャは、両手に力を込めて懇願する。



「命を助けてもらっただけでも大恩なのは重々に承知しておりますが、この国で生活できるようになるまで助力をいただきたいのです。恩返しとして、私がグレン様にできることはなんでもやりますから!」

「な、なんでもって、簡単に言うな。分かってんのか!?」

「言います! だって今の私は何も持っておりません。この身でお役に立てることがあれば、どんなことでも頑張ります! 遠慮なくお申し付けくださいませ!」

「お前なぁ……!」



 グレンは苛立ちを見せ、レティーシャを睨みつける。

 だが、レティーシャも引けない。恩返しするから助けて欲しいと頼むことが、今できる精一杯の交渉。グレンが「出ていけ!」と追い出さない限り、食い下がるつもりだ。


 いや、出て行けと言われても諦めてはいけない。

 懇願の眼差しを緩めることなく、じっと相手の目を見つめた。



「わふ? わふ?」



 幸運にも、わたあめはレティーシャの味方らしい。「良いよね?」と投げかけるように、上目遣いでグレンに鳴いている。

 それにグレンは、わずかに動揺を見せた。

 隙があると見込んだレティーシャは畳みかける。



「グレン様、どうか! ご慈悲を!」

「わふ♡」

「くっ」

「グレン様、お願いします!」

「わふわふ♡」

「~~~~っ」



 レティーシャとわたあめは、息を合わせたようにグレンに詰め寄った。

 葛藤を表すように、どんどん彼の眉間の皺が深くなっていく。

 そしてじっと睨み合って数秒、グレンは空いた手を額に当てた。



「仕方ないなぁ、もう! じゃあ、この家に住み込みで働け」

「すみ、こみ?」

「この家には俺ひとりで暮らしているが、ぶっちゃけると家事全般が面倒だ。掃除、洗濯、炊事、全部お前が代わりにやってくれ。部屋はこのまま使っていいし、炊事の際は自分の分も作って好きなだけ食べてかまわない。ただし、新しい仕事の紹介先を俺が見つけるまでの期間だけ。その間は手を抜かず真面目に働くこと。良いな?」



 思った以上の手厚い待遇に、レティーシャは目を丸くした。

 衣食住を用意してくれるだけでなく、次の仕事先まで考えてくれているなんて……グレンの人の良さは予想以上だった。



「おい。文句でもあるのか? この話はなかったことにしても――」

「い、いえ! もちろん、頑張らせていただきます!」

「あと、共同生活するにあたって条件がある。俺の仕事について詳しく詮索するな。余計な干渉さえしなければ好きにしていい」

「他には……?」

「特にない。まぁ、これからよろしく」

「――っ」



 生き延びられる希望に、しっかりと手が届いた。

 瞬間に、レティーシャの胸の奥からじわじわと安堵感が湧いてくる。

 その上、恩返しと言いつつ困らせてしまうお願いごとをしたのに、グレンは「よろしく」と言ってくれた。

 川に流されていた、見ず知らずの怪しい女にもかかわらずに。


 数年間笑顔で接してくれた人間に裏切られたからこそ、不愛想ながらも手を差し伸べてくれる優しさが深く沁みていく。

 罪人の魂を持っている自分はどう足掻いても不幸になるのだと人生を悲観していたが、救いは存在するらしい。



「私、頑張ります……これから、恩返し頑張ります……ぐず、うぅ」



 安堵と感謝によって胸から込み上げたものが、涙となって翠色の瞳にたっぷりと溜まる。

 ぐっと我慢するが、緊張の糸が切れた今、高ぶりを抑えることは難しかった。



「う……うわぁぁぁああああん!」



 レティーシャは声を上げ、子どものように泣き出した。悲しみを押し流すように、涙が頬を濡らしていく。

 その頬に、ぐっとタオルが押し付けられた。



「ったく、世話が焼ける女だな」

「ありがとうございます。ぐす、倍にして……お、恩返しいたしますっ」

「そう思うなら、ご飯をしっかり食べて、寝て、早く元気になって、崇めるように俺に尽くすことだな!」

「はいっ……! わぁぁぁぁん!」



 悲しくて大泣きするのは今回限りにしよう。

 そう決めたレティーシャは、人生で一番がむしゃらに泣くことにした。


 こうして転落人生の末姫レティーシャは、偉そうな青年グレンとの同居生活を始めることになったのだった。


明日からは毎日8時に1話ずつ更新予定です!


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