35 幸せの祈りはいつまでも
最終話です。
新しい春を迎えた、エデルトリア帝国の帝城の一室。
「レティーシャ様、いかがでしょうか?」
侍女に問われたレティーシャは、緊張した面持ちで鏡の前に立った。
そこには、純白のドレスを纏う花嫁が映っている。
桃色の髪は緩く巻いた横髪を残してカチューシャのように編まれ、後ろでふんわりまとめられていた。いつもより濃い紅が引かれた唇は艶やかで、控えめな色香がある。
最上級の絹で仕立てられたドレスは上品な光沢を持ち、デコルテラインには緻密なレースが施されている。シルエットは、華やかでありながら清廉さも併せ持つAライン。
アクセサリーはシンプルにイヤリングのみで、大粒のダイヤが揺れていた。
自分とは思えないほど美しい仕上がりに、高揚したレティーシャの頬は赤みを帯びる。
「これが私……!」
信じられなくて鏡の表面を撫でれば、鏡越しに指先が重なった。
間違いなく自分だ。グレンと一緒に選んだドレスを着ているのは自分。
エデルトリア帝国に来てちょうど一年。ついに今日、レティーシャはグレンとの挙式を迎える。
ちなみに神託の乙女の慶事とあって挙式は帝城内にある聖堂。披露宴は大ホールでできるよう準備は万端。皇太子フィリップと公爵令嬢アリシアの結婚式と同格の優遇だ。
会場に対して見劣りしたらどうしよう……という不安を抱いていたが、これだけ綺麗な花嫁姿に仕上がったのであれば自信をもって挑めそうだ。
「素晴らしい腕をお持ちですね。素敵すぎて私ではないみたい。夢のようですわ」
「レティーシャ様のもとからの美しさがあってこそですよ!」
「私どもも、お手伝いができて光栄です!」
「誰もが目を奪われますよ!」
侍女たちは感激した様子で絶賛してくれた。
確実に人生で一番褒められている。お世辞が含まれていようと嬉しいもので、レティーシャは顔を綻ばせた。
「素敵に仕上げてくださり、本当にありがとうございます」
「侍女冥利に尽きます。ではお待ちの方をお呼びしますね」
ひとりが扉を開けて廊下に声をかけると、迎えに来た新郎グレンが入室した。
レティーシャはグレンの姿に目を輝かせる。
彼が着ている白の礼服はモーニングコートタイプで、スラリとした長身が映えている。首元のクラバットを留めるアクセサリーは、レティーシャのイヤリングと対になるデザイン。いつもサラリと流している金色の髪はセットされ、年上の男性としての色気が増していた。
いつも格好良いと思っているが、今日はまた別格だ。
レティーシャはうっとりと見惚れた。
「グレン様、素敵です」
「レティほどじゃないけどな」
うなじに手のひらを当てながら、グレンはぶっきら棒に答えた。
けれど隠れていない耳の先に朱が差していることから照れているらしい。
侍女たちもニコニコと微笑ましく見守っており、グレンはくすぐったそうだ。
「ほら、式の前に神木のところに祈りに行くんだろ」
温かな空気を無視するようにグレンがエスコートのために肘を出したので、レティーシャはしっかりと掴む。
侍女に見送られ、ふたりは帝城庭園にある神殿を目指した。
帝城の裏口から白亜の石畳の上を行けば、そよ風に花の香りが乗っていて心が華やぐ。
「ふふ。もうバージンロードを歩いているみたいで、良い予行練習ですね」
「式でもこうやって堂々と歩けばいい。メーダの新国王に見せつけてやれ」
「もちろんです!」
今日は、メーダ王国を代表して国王に即位したばかりの兄ダリウスと妻である王妃も出席する。
ダリウスが忌み姫のレティーシャを未だに疎んでいることは想像できる。もっと言えば、忌み姫としてずっと日陰者でいてほしいと望んでいる節もある。
手は出してこないだろうが、完全に避けることは不可能。どんな嫌味を言われるか……正直顔を合わすのは億劫に感じていた。
けれど素晴らしいドレスに、最高の旦那様が隣にいれば晴れやかな気持ちが上回る。好き勝手言えばいいと強気になれた。
「わふ!」
「「え?」」
神木がある神殿につく目前で、帝城では聞こえないはずの鳴き声が耳に届く。
レティーシャとグレンが同時に立ち止まると、扉の脇にある植木の影から白いモフモフを揺らしながら、わたあめが飛び出してきた。
「わふ!」
「わたあめ様がどうして?」
レティーシャはグレンに疑問の視線を投げかけるが、彼も知らないらしい。首を小さく横に振った。
この庭園は特別に塀で囲まれており、入り口にいる衛兵の許可がなければ入れない。衛兵も神木の安全を守るという使命感が強く、彼らの目を掻い潜るのは至難の業なのだけれど……。
「わふわふ♪」
「わたあめ様ですしね」
「わたあめだからなぁ」
ふらっと現れて、ふらっと消えるのがわたあめだ。なんとなく辿り着けたことにも納得できてしまう。
最近は挙式の準備で森に行けていなかったから、会いに来てくれたのかもしれない。
ヘッヘッヘと小さな舌を出して尻尾を振る姿を見せられてしまえば、このまま捕まえて衛兵に渡すのも躊躇われる。
ふたりは顔を合わせて、クスリと笑みを零した。
「わたあめ様も、神木様にお祈りしますか?」
「わふ!」
キリっとした目つきから、祈る気満々というのが伝わってくる。
「いいか? 神木の前には女神様がいるとされている。失礼のないようにな?」
「わふ!!」
わたあめは、グレンの注意にも真面目に返事をした。
言葉が通じる賢い犬(?)だから大丈夫だと信用して、レティーシャとグレンはわたあめを連れて神殿に入る。
「わふ」
わたあめは祈りの祭壇へと元気に駆け寄ると、お行儀よく腰を下ろして神木を見上げた。
つぶらな瞳を輝かせ、真っすぐに見つめる様子は本当に祈っているかのよう。
「私も一緒に祈らせていただきます。お隣失礼しますね」
ドレスを気遣いながら、レティーシャも祭壇の前で両膝をつく。
見上げれば、今日も神木は純白の美しい枝に桃色の花を咲かせていた。純白のドレスを着た桃色の髪を持つ自分とお揃いで、いつも以上に親近感が湧いてきた。
「私は今日、愛する人と夫婦になります」
少し後ろで見守るグレンの視線を感じながら、ゆっくりと瞼を閉じる。
「神木様、私を神託の乙女にお選びくださり、心から感謝いたします」
メーダ王国の王族として生まれた故に、六花の印で受けた苦労はあったが、神託の乙女でなければグレンと出会うことはなかっただろう。
外の世界の賑やかさも、森の澄んだ空気の美味しさも、誰かと一緒にご飯を食べる楽しさも、成果を褒められる喜びも、恋の酸いも甘いもきっと知らずに生きていたはずだ。
だけど神託の乙女だったからこそ、何ごとにも代えがたい大切な時間を通し、自分らしさを知った。
息を潜めるように生き、未来を諦めていた自分はもう卒業だ。
(どうしましょう、神様。すっかり欲張りな性格になってしまいました)
神託の乙女を必要としてくれる人々の期待に応えたい。
手を差し伸べてくれた大切な人たちとこれからも笑い合いたい。
人生の素晴らしさを教えてくれた愛しい人との幸せをずっと守りたい。
すべて叶うような明るい未来を手に入れたい。
(これからもたくさん祈りを捧げます。だからお見守りくださいませ。神様、夢を抱く機会を私にくださり、心より感謝申し上げます)
祈りを込めるように胸元で組んだ手に力を入れれば、絆を通して祈りが神木に流れていくのが感じられた。
瞼を閉じていても、神木が輝いているのが分かる。
欲張りな願いをも、受け入れてくれたようだ。
(ありがとうございます――って、あら?)
祈りを終えて目を開けると、浄化しきったはずの神木の神聖さがさらに増したように見えた。
純白だった枝が、なんとなく輝きを増して銀色になったような……既視感を覚え、隣のわたあめを見る。
「わふ?」
以前、街から帰ってきたときと同じように、わたあめの毛並みのキラキラとツヤツヤが増している。まるで神木と共鳴しているかのようだ。
(もしかして、わたあめ様は神様の遣い?)
そうわたあめの正体を予感したタイミングで、グレンがレティーシャの隣に立った。
彼は柔らかい笑みを浮かべ、手を差し出している。
「お疲れ。今日も綺麗だったな」
「やっぱり神木が輝く姿は神秘的ですよね。私は目を瞑っているから一瞬しか見られないのが惜しいです」
「違う。俺が綺麗だと言ったのは、祈るレティのことだ」
「へ!?」
立ち上がったばかりのレティーシャは、驚きでよろめいてしまう。
それをグレンが難なく腰を抱いて受け止めた。
「何を驚いているんだ? いつもより着飾っているし、どう見ても綺麗だろうが」
「だって迎えに来たときも普通の反応でしたし、何も言わなかったものですから」
「見惚れて言葉が出なかっただけだ。まぁ、今も表現できる言葉がなくて綺麗としか言えないのは悪いと思う」
この旦那様は、真顔でどれだけ甘いことを言っているのか自覚はあるのだろうか。
辛口の不器用だったころの彼が少し恋しい。
レティーシャは自分の顔に熱が集まっていくのを感じた。
「はは、顔真っ赤。これくらいで照れられたら困るじゃないか」
「グレン様が困ることってあります?」
今困っているのはレティーシャのほうだ。旦那様が格好良すぎて鼓動がうるさい。
「ある……早く挙式を済ませたい」
「挙式と、グレン様が困っていることに関係があるのですか?」
「お前は俺の忍耐力に感謝しろよ。森の家でもどれだけ……!」
グレンはレティーシャをしっかり立たせると、「メーダ王国の教育はやはり信用できないな」と少々プンプンしながら腕を組んだ。
それも数秒で、彼は得意げな表情で花嫁を見た。
その視線はどこか野性味を感じる鋭さと、妙な色気を孕んでいた。
グレンが浮かべた笑みがあまりにも妖艶で、レティーシャは囚われたように目が離せない。彼女は静かに息を呑んだ。
「家事のときと同じように、俺が一から教えてやるよ。夜になったら手取り、足取り……じっくりな?」
「――!」
狙われたかのように、閉じられた彼女の唇にグレンの唇が重なる。粗暴な口調と強引なタイミングとは裏腹で、とても優しい触れ方。
あっという間にレティーシャの心は幸せに満たされていく。
ゆっくりと離されたグレンの微笑みも、レティーシャに負けないくらい幸せに満ちている。
「愛しているよ、レティ」
そんな顔で、そんな言葉を言われてしまったら……天国にのぼるような気持ちとはこういうことに違いない。
「グレン様、私も愛しています」
神様に感謝しながら、レティーシャも愛を告げた。
その瞬間、パァンッと甲高い音を鳴らして祝福の実が弾けた。
「「え!?」」
大粒の淡雪のような金色の種が舞い上がったと思ったら、滝のようにふたりへと降り注ぐ。
気付いたときには、膝の高さまで降り積もっていた。
神殿の中は黄金一色で、別世界に飛ばされたような心地だ。
レティーシャの目の前では、新郎が金色の綿毛をたっぷり被って唖然としている。衣装はもちろん、セットした髪にも種がくっつき式に出られるような状態ではない。
もちろん、新婦自身も同じく金色に輝いたとんでもない姿に成り果てている。
「わふ!」
わたあめに関しては全身のモフモフに金色の種が絡み、もう別の生き物――巨大な輝くヒヨコになっていた。
大惨事と言っても差し支えないだろう。
皇族や神官に報告し、身なりも整え直さなければならない。どう考えても挙式には遅刻確定だ。
「ふふ」
「まじか!」
レティーシャとグレンは顔を見合わせ、同時に噴き出した。
「ビックリしましたぁ~神木ならではのお祝いでしょうか?」
「なら文句は言えないな。一生忘れられない日になりそうだ」
「ですね!」
こんなハプニングすらも楽しいと思えるなんて、幸せという証拠だ。
レティーシャとグレンは、肩を揺らして笑い合った。
きっとこの先も楽しい未来が待っていると、胸を期待で膨らませながら。
***
数年後、祝福の実から得られた金色の種は浄化の力を有していることが判明した。
神託の乙女の祈りの力をたっぷり溜め込んだそれは、時間が経過しても効力が薄れることはなかった。
その種は神託の乙女亡きあと、穢れの実ができるたびに使われ、禁術に代わる新たな浄化の魔術が生み出されるまで活躍することになる。
金色の種は大陸の安寧を守り、生贄に選ばれた多くの魔術師の命を救い続けたのだった。
まるでレティーシャ・アシュバートンが、愛する夫グレンを守ったかのように。
END
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