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02 逃げた先は闇

本日2話目の更新となっております!


 月光に照らされ、騎士が振り上げた刃が青白く光る。

 その冷たい色に、レティーシャは息を呑んだ。



(し、死にたくない!)



 気づけば、レティーシャの足は森の中へと駆け出していた。



「ま、待て!」

「追うぞ!」



 震えるレティーシャは動けない、と油断していた騎士の反応がわずかに遅れた。

 レティーシャはできるだけ奥を目指して突き進む。茂った木の枝や葉が月光を遮り、藍色の旅装束用のワンピースを着ている彼女の姿を闇に隠した。



「殿下はあっちだ!」

「――っ」



 けれども、ガサガサとした葉擦れは静かな森では目立ち、ヒントとなって居場所を知らせてしまう。

 完全に騎士を撒くことができない。



「はっ、はっ、はっ……!」



 王宮に引きこもっていたせいで体力のないレティーシャの息は上がり、筋力のない足はすでに重い。

 じわりと、視界が滲んだ。

 己に理不尽な世界が恨めしいと、初めて強く思った。



(何も悪いことしてないのに、どうして? ずっと真面目に生きてきたのに、私は幸せになれないの? やっぱり前世は罪人だったの? そんなに許されないことをしたの? 神様……私は何のために生まれたのですか!?)



 そう天に訴えたとき、足元が浮いた。

 正確には大地が途切れ、レティーシャの体は谷の真上に飛び込んでいた。



「あ――」



 反射的に顔だけ後ろを振り向くと、唖然とこちらを見る騎士らと目が合う。

 彼らが捕まえようとレティーシャに伸ばしていた手を引っ込めるのが、異様にゆっくり見えた。

 レティーシャの体は真っ暗な闇の世界に落ちていく。



(そんな!)



 大きな水しぶきを上げて、レティーシャは夜の川に飲まれた。



「かはっ!」



 強い衝撃が全身を襲った。

 苦しく、冷たく、痛い。

 強制的に肺から空気が押し出され、指先まで痺れて体の自由が効かない。緩やかな川の流れに身を任せ、なんとか浮いている状態。

 いや、動けないからこそ浮くことができていると言ったほうが正しい。



(誰か、助けて……!)



 思わず心の中で乞うてみるものの、真夜中の渓谷に人がいるなんて希望も持てない。

 虚しさだけが募っていく。

 次第に川の流れは激しくなっていき、レティーシャの体を川底へ飲み込もうとし始める。

 相変わらず体は動かせない。



(もう、駄目みたい)



 薄れゆく意識の中で涙する。

 そのときだった。



「しっかりしろ! 体を浮かせ!」



 誰かが叫ぶ声がした。よく通る男性の声が、何度も呼びかける。

 しかし男性がどこにいるかレティーシャには分からない。



(たす、けて)



 とにかく返事をしなければ――と思いはするものの、レティーシャには声を出す体力すら残されていなかった。

 もちろん男性の言うように体を浮かすこともできず、そのまま彼女の意識は闇に飲み込まれたのだった。



 ***



 幹も葉もすべてが白い、美しい木が見えた。

 白い木をそばで眺める金色の長い髪をした女性もまた、言葉では言い表せないほど美しい姿をしている。白い衣を纏いし彼女は、ゆっくりとこちらに振り向いた。

 レティーシャは不思議と目が離せない。



『私の愛しい子よ、目覚めるのです』



 美しい女性から発せられた柔らかい声色には、慈愛が満ちていた。

 こんなに優しく語りかけられたことは、これまでの人生であっただろうか。



(誰なの?)



 相手はレティーシャの実母ではないし、そもそも母は愛しい子とは言ってくれない。

 それなのに美しい女性の姿を目にした途端、懐かしさで胸が詰まった。



『あなたを待っているわ』

(どういうこと? 待つって、どこで?)



 問いかけたいのに声が出ない。胸がどんどん重く、苦しくなっていく。何かがレティーシャの胸を押し潰そうとしているような――



「はっ」



 パチリと、目が開いた。

 瞬間に、白い木と美しい女性の幻が消えてしまった。

 代わりにレティーシャの視界を埋めるのは、白くて丸いモフモフしたもの。中心にはつぶらな黒い瞳と、ピンク色の舌が見えた。



「わふ!」

「へ?」

「わふ! わふ!」



 横たわるレティーシャの胸の上には、白い小犬が乗っていた。



明日は3話目、4話目を更新予定!

続きもよろしくお願いします!

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