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14 恋する乙女は突き進む



 皇太子の婚約者の立場を謳歌しているリズを見かけてから一週間後。

 本物のレティーシャはというと――




「森暮らしって、最高ですね!」

「わふ!」



 わたあめと森林浴を満喫していた。

 レティーシャがさらに家事スキルを向上させた結果、時間にゆとりが持てるようになった。そのため街への買い物がないときは、運動も兼ねて森の中を散歩するようにしている。

 土地勘がない森の中ではあるが、わたあめと一緒なら安心だ。何も考えず森に入っても、一時間ほど経つ頃には家の前に着くように先導してくれる。


 今日もレティーシャは木苺ジャムの紅茶で、わたあめはトマトで散歩後のおやつタイムを堪能している。

 お茶を口にすれば、乾いた体にほどよい甘さが染み渡った。



「はぁ~幸せ♡」

「わふぅ~♡」



 レティーシャとわたあめは同時に顔を緩ませた。



(先日散歩中に見つけた木苺をジャムにして正解だったわ。紅茶に入れても美味しいし、日持ちもするし……何より、グレン様も気に入ってくれたし)



 焼きたてスコーンに塗って朝食に出した今朝のグレンの顔を思い出し、レティーシャは頬を染める。

 思わず出たように「うまっ」と呟いたあとの、少年のような目を輝かせ頬張るグレンの表情は可愛くて仕方なかった。

 普段がツンと澄ました大人の風格を漂わせているからこそ、ギャップに心掴まれる。


 静かで空気も美味しい森の中、好きな人との暮らしほど最高な状況はないだろう。

 仕事着のピシッとしたローブ姿も、寝起きの無防備な姿も毎日見られるなんて、この上ないご褒美に思えてくるから重症だ。



(恋の力ってすごいわ。グレン様の支えになれると思ったら、家事がますます楽しくなってきたんだもの。でも、どうしたら振り向いてくれるのかしら?)



 初恋を自覚してから、レティーシャもただ大人しくしていたわけではない。色々試したものの、いまだに手ごたえを感じたことがないのだ。


 手始めに、髪型を変えてみた。後ろに流すか襟足で束ねることが多いのだが、三つ編みに挑戦。そわそわした気持ちで一日を過ごした。

 しかし休日でずっと家にいたのにもかかわらず、グレンは髪型について触れることはなかった。



(そもそも気付かれていない?)



 次は仕草でアピールしてみることにした。

 仕事帰りの出迎えのとき、上目遣いで「おかえりなさい」と可愛らしさを意識して言ってみたところ……。

 グレンからは「何か失敗したのか?」と、許しを乞う予兆だと疑われてしまった。



(私にドキッとしてほしいだけなのに。アピールが足りないかしら?)



 こうなったら一度恥じらいは忘れよう。

 レティーシャは色仕掛け作戦を決行することにした。

 グレンの休日、洗濯物のときいつもより勢いを強めにすすぎの動作をした。

 水が跳ねてシャツが濡れると、少し透けて下着が見えそうで見えない仕上がりになる。その状態でレティーシャは出し忘れた洗い物がないか、イージーチェアを外に持ち出して本を読んでいるグレンに突撃した。



「グレン様、他に洗うものはありませんか?」

「レティ、その恰好……」



 瞠目したグレンの視線は、狙い通り濡れた胸元に注がれる。

 恥ずかしいけれど、ついに作戦が成功したのでは?とレティーシャの期待が膨らんでいく。

 だが次の瞬間――



「これでも着ておけ」



 グレンが着ていたカーディガンをさっとレティーシャに羽織らせた。

 しかも胸元が隠れるよう、しっかりとクロスするように。



「グ、グレン様のお召し物が濡れてしまいます」

「阿呆。服は干しとけばどうにかなるが、濡れたまま過ごしてレティが風邪を引いたらどうするんだ。部屋に行って着替えて来い。良いな?」

「は、い……ありがとうございます」

「看病が面倒なだけだ」



 そう言ってグレンは何ごともなかったように、また本を読み始めた。

 色仕掛け作戦は失敗したらしい。

 今思えば、グレンは川に流されていたレティーシャを手当てする際に全裸を見ており、なおかつ平然としていた男だ。

 この程度で関心を引けるはずがなかった。


 一方でレティーシャは、家の中へと飛び込んだ。部屋に辿り着く前に、へたりと床に座り込む。

 冷たい手で覆った彼女の顔は、熱を集めて真っ赤になっていた。



(グレン様が紳士で優しすぎて好きぃぃぃー! 看病が面倒なだけって、風邪をひいたら看てくれるの!? 魅力的だけれど、心配してくれたこの気遣いを無下にしてはいけないわ。グレン様からいただいた優しさはすべて大切にしないと。それよりカーディガンからグレン様の香りがするわ。……いい……幸せ。好きが止まらない!)



 こうして一連の作戦は、ミイラ取りがミイラになって終了した。



「うぬぬぬ、グレン様のガードが堅すぎる……本の通りだと、男性はイチコロって書いてあるのに」



 今までの失敗を振り返ったレティーシャは、こっそり買った恋愛指南書を睨んだ。

 もちろん、この程度の失敗で諦められるほど恋の火は小さくない。あるページを見つめ、ニッと口元に笑みを作った。



「次は、この作戦でいくわよ!」

「わふ!」



 やる気を燃やしながら迎えた夜。



「おまたせしました! 今夜はオムライスですよ」



 レティーシャはグレンの前に綺麗に卵で包まれたオムライスの皿を置いた。

 その黄色いオムライスの上では、真っ赤なトマトソースで描かれたハートがどーんと存在感を主張していた。



(どうかしら? 少し直球すぎたかしら?)



 ドキドキしながらグレンの反応を待ったところ……


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