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一章七節

跳ねて、蹴って、移動する。


リリを抱えたグリンは木の枝から枝へと跳んで行く。リリに加え、野宿に必要な荷物まで抱えてるグリンがこんな人間離れした能力を発揮出来るのはマリィナのおかげだ。


空を見る。


時間がない。この運動能力はマリィナの力であって、日が落ちてしまうとグリンの在り方は変わってしまう。


後ろの追剥もしつこい、こんな仰仰しい移動をしているのだから諦めてくれればいいものを。同じ移動方法で追って来るのは精霊と契約している女性だけだ。


「ちっ、リリもう少し掴まってて下さい。もう少ししたらあの人だけ迎え撃ちます」


グリンが首を曲げてリリを見下ろすと首を上下に振って意思表示していた。相当怯えているらしくグリンの胸元辺りを掴む手はかなり固い。


グリンは知覚した。自分の誤算を、自分の油断を、自分の甘さを。


枝を跳ぶ事を止めて土に着地、日がかなり傾いているからか木下は大分暗い。


「グリン?」


リリが怯えて尋ねてくる。


出来ればこの子の前で戦いたくはなかった。だが、切り替える。頭を、体を、心を、力を全て切り替える。


(イキましょうか、御主人様ぁ!)


頭の中に高笑いと狂気の声が聞こえてくる。今日は随分と機嫌が良いようだ。これから起こす戦いに高揚しているからだろう。グリンは自分が狂気に引っ張られないように歯を食いしばる。


頭の中にドロドロした物が流れ込んでくる。感情の奔流、誰かを壊して蹂躙して殺す感情。身を任せればどれだけ気分が良いだろうか、そんな事を考えてはその思考を捨てていく。


「君達、僕は色々あって凄く機嫌が悪いんだ。死ぬ覚悟が出来てるんなら僕の憂さ晴らしに付き合ってもらうよ」


グリンが宣言すると木々の間から四人全員が現れる。


グリンの誤算、それはこの四人全員が精霊と契約している事だ。それと、この人間達はプロだ。ただの追剥がここまでやれると思わない。


「覚悟は、出来てるんだね。なら、殺す」


沈黙を肯定と受け取りグリンは腰から二本の剣を抜く、四人は動こうとしない、更にさっきと何かが違う。


違いはすぐに理解できた。だが、それに対する答えが見付からない。


「リリ、なんかおかしい。僕から絶対に離れないで」


リリは首肯した。グリンは左手の剣を鞘に戻して、剣を両手持ちにした。ちょっとした失敗だ、イリィナに切り替わった事により筋力が通常よりちょっと強くなった程度まで弱まり、双剣として振るう自信がなくなってきたからだ。


(御主人、どうする? 本体の位置聞く?)



変化、それは四人が生きていない事だ。立っている、武器を構えている、隙を窺っている。それを除けば彼等は機能していない。人間として機能していない、呼吸すらしてない、瞬きもしない。


誰かがあの死体を操っているのは解る。だが、位置まで特定が出来ない。頭の中でイリィナの嘲笑が聞こえる。


この精霊本当に意地悪い、意地ってのが見れるなら墨のように真っ黒だろう。


「リリ、一歩も動くな。そこにいるんだ」


リリが驚愕の表情で見上げてきた時にはグリンは動き出す。


狙うのは女性、能力が特定出来ている彼女を狙う。イリィナは察知能力に長けているから恐らくは彼等全員の能力どころか、裏にいる大元の情報すら得ている事だろう。


グリンは肉薄し、縦に振り下ろす。緩慢な動きで女はそれを避ける。いや、避け切れてない。剣の軌道上に残った左足首をグリンの剣が切り裂いた。


裂けた。まるで布を切ったような感覚、人の足を切った感覚ではありえない。


足を失った人形はよろけ、体勢を保っていられず崩れ落ちた。他の三人は動いていない。女の死体人形も動かなくなった。


辺りを見回す。冷たい風が駆け抜けるが、少しだけ流れが悪いところがある。こういう場合はそこに獲物がいるんだ、と昔レオンに習った。それを思い出しながら風を辿る。


一際大きな木の前に立ち、剣を構え、集中しながらゆっくり木を迂回する。


ぼろ布に包まれた少女がいた。グリンは毒気が抜かれた気がした。やれやれと思いながら腰に剣を納める。


「なんだよ! 殺せよ! 死なせろよ」


「そうか、なら望みを叶えてやる」


再度腰から剣を抜き、両手で掲げるように構える。後は振り下ろせば決着だ。


「やっぱりやめるよ。恐いならこんな事やめろよ」


「待てよ! お前達を、リリティを殺さなきゃいけないんだよ」


リリの元に帰ろうとするグリンにぼろ布少女が縋り付いてくる。


「……………」


グリンはその少女を抱え上げた。最初は抵抗する少女だったが、すぐに大人しくなった。


(あれぇ? 御主人様、そいつ殺さないの?)


(少し黙ってろ)


少女はひどく軽い。歳も自分とたいして変わらないだろうに、嫌な気分を押し込めてグリンは駆ける。


「リリ、水筒を下さい。こいつ凄い熱なんです」


地に寝かしてやって、適当な荷物で枕を作ってやる。


「やめろよ…………あたしは…………殺すんだぞ」


「譫言を………」


「グリン!? どうなってるの!? 皆倒れて動かなくなったし、この子はどこから?」


質問の滝だ。だが、今は相手をしてやる暇はない。


「おい、今すぐマナの供給をやめろ! じゃなきゃ死体になるのはお前だぞ!」


「へへっ、やなこった……………」


「っのバカヤロウが!」


グリンは立ち上がって剣を二本とも抜く。辺りを見回す、集中して、ゆっくりと見回す。


(イリィナ!)


(はいはい、マイマスターの仰せのままに)


一、二、三、四と心中で数えながらその数だけ剣を振る。一回切る度に手に残る感覚、何かを切ったという抵抗。


「……………あぁ…………兄ちゃん、姉ちゃん…………」


少女が無理に体を起こそうとするが上手く動けない。最後に何かを掴むように手を伸ばして少女は動かなくなった。


グリンはそっと目を閉じて剣を納めた。










「なんでついて来る?」


「あたしはこっちに用があるんだ。だからあたしの勝手だ」


少女は勝ち気に言い返してきた。


あの時、この少女は酷い熱だった。ただの熱ではない、マナ放出過多による体への負荷。それが熱の原因だった。生命力を死体を動かすのに使っていたんだ無理はない。


あの四人は彼女の保護者だったようで、死んでしまった四人を無理矢理動かしていたのが彼女だったというわけだ。一番引っ掛かるのは『リリティを殺せば姉ちゃん達を蘇らせてくれるって魔法使いが言ったんだ』と彼女の言葉だ。その魔法使いは彼女の目の前で小鳥を蘇らせて見せたらしい、それを信用した彼女はリリティを狙った。


彼女に悪意をあまり感じないが、急に饒舌になったことや、こうやって無理について来ようとすること、疑う材料はいくらでもある。


でも、彼女は目的であるあの四人を埋葬した。グリンとリリも手伝って埋葬した。地に還したのはしっかりとグリン達も確認した。


埋葬の際は一人一人に声をかけて泣いていた彼女だが、やっぱりまだ信用出来ないし、魔法使いというのも気になる。

埋葬の際は一人一人に声をかけて泣いていた彼女だが、やっぱりまだ信用出来ないし、魔法使いというのも気になる。


「グリン! お昼にしよう。腹が減ってはなんとやらだよ」


別に戦があるわけじゃないんだがな。


あの娘のおかげで二日も無駄にしてしまったから、さっさとリリを国連れて帰ってやりたいんだがな。


(…………ふふっ)


ふと頭の中でマリィナが笑った。


(なんだよ?)


(別に、幸せだなって)


そう言ってマリィナは更に笑う。


なんか馬鹿にされてる気分であまり良い気分じゃなかったが、とりあえずお昼の準備に取り掛かる。


テントラムを目指しているが、二日前の戦いによってグリン達は結構道を逸れてしまった。現在地は森の中、朝からずっと移動しているが抜けそうにもない。実際だったら今日の夕方には次の町に着いてる筈だったのに。



「なぁ、あんたの名前はグリンって言うのか?」


ちびっちゃい少女が聞いてくる。


「だからどうした。勝手に人様の会話を盗み聞いて馴れ馴れしいな」


「グリン! なんでもう少し優しく対応出来ないかな?」


「命を狙われてたんですよ? 優しく対応出来るわけないでしょう?」


「口調、後、私はそこで水浴びしてくるから。君も行こう」


そう言ってリリはぼろ布少女の手を取った。


「リリ! そんなの駄目に決まってるでしょ!」


「覗いちゃ駄目だからね!」


リリはぼろ布少女の手を取ってあっという間もなく駆けて行ってしまった。グリンは存在しない頭痛を感じて頭を押さえて溜息を吐いた。


(マリィナ、一応あの二人を見張っておいてくれ)


(私に頼むんだね、紳士紳士)


グリンは再度溜息を吐いて昼食の支度を手早く済ましたのだった。









自分の中で一体なにが薄れているのだろう。煌煌と、そして歪に、心の中で燃え上がって、ゆっくりとこのまま永遠にグリンを焼きつづける筈だったあの炎が弱まっている。


消えたわけじゃない、燻っている。


酸素が足りない、燃やすモノが圧倒的に足りない。


まだ戻れるという道があるのがいけないんだ。


ならば壊して、殺して………………


「グリン?」


「なんだおまえかよ…………一体なんのようだ」


例のちびっちゃい少女だった。服はリリのを仕立てて適当に作ったらしい。


「グリンはさ、何か失ったのか?」


「だからどうした」


夜の森の中、二人は睨み合うように対峙していた。


グリンとしてもこの剣でこの娘を叩き斬ってやっても問題ないと思っていた。


リリは向こうで寝てる、今なら。


「斬りたい? 殺したい?」


「そんなこと思ってるがやるわけないだろ」


「じゃあ、ダレヲコロシタイ?」


何だか見透かされたような気がしてグリンは気分が悪かった。


「なんのつもりだ?」


剣の修練をしていたグリンの手には一対の剣が握られている。自然とそれを握る手に力が入る。


「グリンも奪われたんだね? あたしはテントラムに奪われたんだ。だからあの人、殺そうとしたんだ」


「何故僕が奪われたって思うんだ?」


グリンは一歩近づいた。剣に入る力も少し強まる。


「目を見ればわかるよ」


こんなに見透かしたようにしやがって、ガキの癖に解ったような気になりやがって!


「だから! どうしたんだよ!」


「あたしも解らないよ。でも、少しは紛らわせるかなって、寂しい気持ちとか憎い気持ちとか」


「僕は…………お前とは違う!」


「違わない」


「何が解る!」


「解るよ」


堪らなくなってグリンは剣を振り上げた。


振り下ろす!殺す!斬る!壊す!


心を染め上げていく。自分がやってる事が論破された上の逆上だと解ってても行動することは止めない。止まってしまったらもう自分が壊れてしまうから。


「ああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」


振り下ろした。振り切った。


でも手には肉を斬った感覚はなかった。ただ、地面に剣を打ち付けただけ、精霊の力の入ってないグリンの剣では少し地面に減り込むだけで終わる。


「ほら、グリンだって出来ないんだ。あたしだって殺せなかったんだから」


「僕は! 既に人殺しだ!」


「じゃあ、あたしが許すよ。生きるために、明日のために戦うのが人だよ」


彼女の小さな手がグリンの頬に触れる。


セフィの顔が頭に浮かんだ。セフィの笑顔が、あの森が、幸せだった日々が、


「明日に行こう、明日を生きよう。あたしで良ければお供するよ」


「………………本当、君は何者だよ」


「あたしは誰だろうね? でもシアって呼ばれてた」


解らない事だらけで、解らない明日だけど、グリンは少しだけ前を見れた気がした。

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