一章六節
一体何故こうなった。
誰に聞けばいい。神か、神に携わる場所で生きてきたが、神に聞いたってこの状況を事細かに説明はしてくれないだろう。
「グーリーンー、お腹減ったよ~!」
頭が痛い。
今、僕の名前を呼び、なんか我が儘言ってるのはなんと、なんと姫様である。これが何故こうなったの一つ目、二つ目は、
「姫様! なんで僕達だけで旅する事になってんですか!?」
そう、二人きりなのだ。これから姫は国帰るそうなのだが、どういうわけか騎士を置いてきて、騎士の増援も待たずに早速出発しやがった。
「だってぇ、グリンと二人なら普通に話せるでしょ? かったるいんだよ。あの喋り方」
目立たないようにと、旅行者のような格好をした姫様がそんなことを言っている。たしかに、口調も一般の人間に見えるようにはなっているが、差が激しすぎる。
「少し休憩しましょう。疲れました」
「もう、せめてこの山を登り切って、山頂で休みたかったんだけどな」
元気すぎる。本当に一国の姫か。
「まだ半分ですよ。荷物も結構あるし」
「これぐらいでへばってちゃあ私の…………は失格だよ」
『私の』の後はなんだかゴニョゴニョ言って聞こえない。
「にしても、なんで二人で? まだ会ったばかりですよ? 普通は信用出来ないでしょ?」
「うーん、ビビッて来たから大丈夫。グリンはとってもいい人だって」
荷物を置いて、大きな岩に二人並んで腰掛けた。
「あっ、それと今は姫じゃないよ。リリティだよ。リリって呼んでくれると嬉しいな」
たしかに、合理的に考えても折角変装してるのに、姫様と呼んではマズイよな。
「じゃあ………リリ、リリはいくつなんですか?」
「十六だよ。後口調はもっと砕けた感じで」
快活にリリは笑う。白銀の髪が陽光に反射して凄く綺麗だった。
グリンはどこかで聞いた事ある言葉に苦笑いして、少し心の中が寂しくなった。
「そう、なんだ。僕も、と言いたいけど、拾われたから自分の年齢よくわかんないんだ」
「そっか、グリンはさ。その夢とかある?」
夢。
願。
そんなものは昔なくしてしまった。
「や、矢継ぎ早ですね。もう少し年齢の話を広げたりしないんですか?」
グリンは苦笑いで返した。さっきから苦笑いしかできない。
あれ?本心から笑うのってどうするんだっけ?
グリンはあまり表情を上手く動かせなくて、その苛立ちに拳を強く握った。
「グリン?」
「え? ああ、すいません。ちょっと考え込んじゃいました」
「口調、しっかりね」
「すいま、ごめん」
リリはグリンを見て笑って、立ち上がって踊るようにクルクル回った。
「あ、危ないよ」
「私はね。夢があるんだ。聞きたい?」
回るのを止めて、リリは首を傾げながら聞いてきた。なんだかそれが小さな小鳥の仕草のようで可憐だった。
「聞かないと怒るでしょ?」
「えへへ、当たり。私ね、実はね」
直ぐに話してくれるもんだと思ったのだが、間が、間が、間が長い。
「引っ張りすぎ、聞かせてよ」
「うんうん。その口調はグッドだよ。えへへ、実は大した事はないんだけどね。姉様が結婚して子供も出来たし、私は結構自由に出来るから………その………えと、普通に結婚して、普通の家庭が欲しいなって………えへへ」
グリンは言葉に詰まった。
分かっている。
分かっているんだ。
この子は関係ない、関係ないんだ、そう言い聞かせた。それでも、それでも…………
「テントラムも変わるんだ。お父様がきっと変えてくれる。だから、もう悲しむ人はいなくなるよ」
「なんだよ………変わるってなんだよ!? 好き勝手に奪って、改心したとでも言うのかよ!」
グリンは抑えきれなかった。感情が、身勝手なもの言いが、止められなかった。
「えっ? グリン、何を言ってるの? お父様が前の国王を退けたから、もう酷い侵略も止めて、人が幸せになれる国家を………」
「は?」
何を言ってるの、はお前だ。一体何を言ってるんだ。
前の国王?
お父様は別人?
国王………僕の恨むべき対象は………
「リリ、すみません。直ぐに戻ります!」
グリンは岩を蹴って、林の中へと飛込んだ。
「どういう事だ!? どういうつもりだよ!!!」
マリィナは何も言わない。
木に無理矢理マリィナを押し付けて、マリィナは目を反らしこっちを見ようとはしなかった。
「何とか言えよ! 僕は…………僕は……」
「グリン、だから復讐なんて無意味なんだよ。恨むべき対象はいないんだよ。だからね」
「なんで言わなかった!? なんでなんでなんでなんでなんでなんで! なんで…………」
グリンは押さえている手も離し膝から崩れ落ちた。
気付けば泣いていた。なんで泣いてるのか分からない。
でも、涙が止まらなかった。
「私も知ったのは最近なんだ………私達はね。グリンが恨むのをやめるんじゃなくて、許してあげてほしかったの」
「………許す? 許すって………なんだよ」
本当は激昂して、言いたいだけ言いたかった。でも、上手く言葉が出てこない。
「恨み抜くなんて人間は出来ないんだよ。恨み抜く存在はね、人間じゃなくなっちゃう。人との間、人間としてグリンには生きて幸せになって欲しいな」
マリィナも一緒になってしゃがんでグリンを抱き締めた。グリンは振りほどく事も出来ずに、泣くことしか出来なかった。
「私達が予定したのとは違うけど、これからはさ。真っ直ぐに生きよう。私達もいるからさ、もう……いなく……ならないから」
マリィナも泣いてるようだ。顔は見えないが、泣き声がよく聞こえる。
グリンは頭が混乱している。
一杯に成過ぎた心が涙になって溢れている。きっと泣かなきゃ心が壊れていただろう。
今はただ、今は泣くことだけをしていよう。
泣いた後等の体裁を整えたグリンが戻ると、待ってる人の周りに四人も人がいた。
グリンは首を傾げながら近付くと、どうも様子がおかしい。
四人は一人は女性だったが、後は男性、なんだか格好も綺麗ではない。荒んだ感じ、服がボロボロで無理矢理着てるような。女性の方も同様だ。
「グリン!」
グリンを見付けたリリは、男性の間を抜けて子犬のように駆け寄って来た。
「なに? どうしたの? 誰あれ?」
グリンはそう言って指を指す。
リリには色々と謝りたかったのだが、少し後回しだ。
「へぇ、ガキ二人で旅か。兄弟か何か?」
女性が聞いてきた。
「あなた達こそなんですか? 僕達になにかご用ですか?」
「用も何も、分かってんだろ?」
中でも一番背の高い男が乱暴な口調で言った。
一体なんだ、と聞きたかったが、リリが怯えている。仲良しになれる雰囲気ではなさそうだ。
「ん? にいちゃん、こいつ腰に剣持ってるよ。しかも二本、結構高そうだし」
柄の装飾を見てそう言ったのだろう。腰の二本の剣は騎士の物だ。当然それなりの値打ち物だろう。
グリンは小さな苛立ちを積んでいった。
「リリ、こいつら何? そろそろ話にならなくなってきた」
グリンのその言葉に三人の男達が反応して、何かを言っていたが、更に遠回りすることになりそうなので無視した。
「何って………追剥さん?」
「リリもよく分からないんだね………」
すると轟音。
グリン達がゆっくりと振り返ると木がへし折れていくところだった。
そして、木が地面にぶつかって更に轟音。
「どうだい、姉さんの風の精霊の力は」
特に目立った特徴もない、剣について喋ってた男が偉そうに言っている。
あの女性が精霊使いらしい。
グリンの後ろに隠れているリリが強くグリンの裾を握った。
「リリ、大丈夫だよ」
笑いかけると、リリは上目でこっちを見てから、ゆっくりと頬を上げて笑った。




