一章五節
「………姉さん?」
足がガクガクと震え言うことを聞かない。グリンは恐れていた。レイナの口が開くのが酷くゆっくりに感じられる。
「あなた………誰?」
グリンは呼吸が出来なくなった。心臓の音がうるさく聞こえる。
心臓がもっとうるさければレイナの声だって聞こえない。
グリンは耳がある事を呪った。何かを呪っていないと立っていられない。
聞きたくない。
「姉さん何言ってんだよ………僕は……」
グリンは少しずつレイナに近付いて行く。レイナはグリンが一歩出す事に震え、そして、走り出した。グリンはただのその背中を求めて手を伸ばす事しか出来なかった。
「あらあら、大変ねぇ。あまりに面白いんで、つい、魅入っちゃったわ」
歯を強く食い縛りながら、元凶を睨みつける。
当て付けもいいところだ。確りと自分について説明しなかったグリンが悪い。分かっている。それでも、何かを恨まなきゃ今は立っていられない。
それほどまでにグリンは弱かった。
グリンは地面を蹴る。
「望み通り殺してやるよ」
グリンは憤然として剣にマナを込めた。
そして、駆けてる最中、騎士の死体から剣を抜き両手に剣を持つ。
「本当に若いねぇ。誰も望んじゃいないっつの!」
例によって氷柱、何も変わらない。だが、それは見せかけ、『今のグリン』には見えていた。
その場で止まり、右手の剣を地面に叩き付けた。
土が吹き飛び、湿気を持った土がパラパラと音を立てて降ってくる。
女がそれを見て舌打をした。
次に氷柱、高速で軌道を描いた左の剣が全て『破壊』していく。そう、叩き割ったわけでもなく、叩き切ったわけでもない。破壊して、消滅した。
「下からの攻撃、上からの攻撃、次はどっから? 後ろから?」
挑発してみる。嫌味な笑いをつけて。
「ふうん。ならこっちも少し力を…………っ!?」
女性が最後に見たのは剣、いや、剣と言えば剣であるし、ないと言えばない。
輝く剣、光源を剣の形に象った物、それが胸に刺さり、肩から突き出て、腹からは生えていた。不思議と痛みはない。
「弾けろ」
光源が拡散する。そして光は球体を作り、霧散する。周囲の光が元に戻るとそこには誰も存在してなかった。
(あの人上級だと思ったんだけどなぁ………力を感じなかったね……)
(上級だったさ、でも、使えなかったんだよ力を)
グリンは見た。空中を撫でていたのは精霊ではなくあれは胎児、精霊と胎児を繋げ無理矢理存命させていたのだろう。十分に力を使えるわけがない。
(でもさ、そんな状態が生きてるって事になるのかな?)
そうマリィナが尋ねてくる。
(大切な人がどんな形でも生きていてくれるのは嬉しいことだよ)
グリンは鞘を拾い、剣を収めた。
「ああ、あなた様は」
騎士の遺体を抱いて、グリンは町の広場へと訪れていた。日もすっかり暮れ、辺りは静まりかえっている。
昼間にあんな事件が起きたんだ。外を進んで出歩きたい人間なんていないだろう。
「これは………どういうことです?」
グリンを応対したのは姫だった。グリンが抱き上げている騎士を見て、怪訝な表情でグリンを覗きこんでくる。
「まず、僕が言うことを信じてください。姫様がお礼をしたいという言づてを騎士様に聞かされました。そして、あのリーネと言いましたっけ、あの方がこの騎士様を殺しました。騎士様の上に置いてあるのがその氷です。大分小さくなりましたが」
姫の後ろにいる騎士達にどよめきが生まれる
「嘘を吐くな。リーネ様がそんなことを―――」
「黙りなさい!」
姫の一喝に、騎士達はたちまち押し黙る。
「そして? リーネは?」
「僕が殺しました」
再度騎士達が騒ぎ出す。それもそうだろう、上級の力は使えねど上級を持つとされた精霊使いがそう簡単に殺されるわけがない。
「殺さねば、あなたは死んでいたのですね?」
「はい…………」
「分かりました。あなたには責任を取って頂きます」
グリンは目の前が真っ暗になった。そして、死が見えた。きっとこのまま何もしなければ処罰され、殺される。なら、と思い腰に巻いていた二つの剣に意識を集中させる。
「あなた、名は?」
「グリン、グリン・アローウッド」
アローウッドは教会で貰った父の名だ。父や姉、家族の事を考えると胸が痛んだ。
こんなところで死ぬわけにはいかない。いつかは国に復讐し、大罪人になる覚悟もあったが、大事な家族のいる町で大罪を犯すなんて考えるだけでも苦しかった。
「ならグリン・アローウッド、リリティ・フリジア・テントラムの名に誓いなさい。私を生涯守ると」
そう言って姫は不敵に笑った。
「そうか、行くのか」
グリンはその後、教会に戻り父に話をしに来た。
「はい、本当に長い間お世話になりました。一杯お金稼いで、この教会を建て直すから待ってて」
「ふぉっふぉ、それは楽しみだ。まだ死ねなくなってしまったよ」
そう言って父は自慢の髭に触れた。嬉しいことがあるとやる癖だ。
「ああ、死なないでよ。また帰ってくるから」
「ああ、もちろん。せめて孫の顔を見るまでは死んでも死にきれん」
父の言葉を皮切りに二人は笑いあった。
レイナが隠れて覗いているのをグリンは知っていた。話し掛ける事も、何も今のグリンには出来なかった。
だから、先程部屋でしたためた手紙を父に渡し、グリンは出ていった。




