一章四節
それからグリンは家に帰って急いで自室に入って布団を被った。
(グリン、いいんだよ。戦うのが怖いのは当たり前なんだ。傷付けるのが怖いのは当たり前なんだ。だから、最初から向いてなかったんだよ)
復讐に向き不向きなんてあるのかよ。
そう思うグリンだが、マリィナに反論は出来ない。だって、本当に怖かった。戦って、戦って自分がどうなるか分からなくて怖かった。
力を持つ事がこんなにも怖いとは思わなかった。
(でも、僕が力を使えば救えたんだじゃないか。あの町の人とあの騎士は)
脳裏には潰された人間達がよぎる。
(それは傲慢だよ。死ぬ運命の人を変えるなんて早々出来はしない。たしかに私達はその力の器ではあるけど、結果が出た事は変えられない)
バタン!
その音に驚きグリンはベッドからはね起きた。
「グリンっ! 大丈夫? 怪我はない!?」
レイナだった。町の話を聞いたのだろう。今にも泣いてしまいそうだった。
気付けば夕方、誰かが教会に来て話したのだろう。
「大丈夫だよ。もう少しで危なかったけど」
「そう、よかったぁ………グリンになにかあったら………」
扉が開く程度ではね起きる程、グリンは敏感になっていた。
「後ね、その、騎士の方が来ていて。グリンに会いたいそうなの、なにか心当たりある?」
「特には…………でも会うよ。どこにいるの?」
「玄関の外に」
扉を開けると外と内での温度差にグリンは体を小さくした。
見回すまでもなく正面に騎士甲冑を身に纏った男が厳粛な表情で立っていた。
「僕に用ですよね? なにかしましたっけ?」
立っている男に見覚えがある。あの炎の化け物の目の前で会話したあの騎士だ。あの時は姫を頼まれ、そして逃げ出した訳だ。文句の一つも覚悟しよう。
そうグリンが腹積もりを決めると、騎士は顔を崩しにこやかに笑った。
「やぁ、あの時はどうも。単刀直入に言わせてもらうと姫が君にお礼を言いたいそうだ。命を救って頂いたわけだからね。僕達騎士団も深く君には感謝してるよ」
あくまで爽やかに、どうやら嫌味ではないようだ。と言っても彼のこの様子で嫌味を言われても、嫌味として認識出来そうもない。
そんな感想が出る爽やかな騎士様が僕に何を……………って姫がお礼?
「はい? 僕は姫様には特に何も………」
「何を言ってるんだ。君がいなければ姫は………そう思うとゾッとするよ」
「は、はぁ………そういえば剣を借りたままなんですけど………」
そう言ってグリンは剣を取りに協会の裏に行く。協会の裏に立掛けていた剣を取って戻る。
「これを」
そう言って騎士は鞘を渡してくる。グリンは受け取って剣を鞘に収め、再度騎士に差し出す。
「よければ君が持っててくれないかい? きっとアイツも喜ぶ。なんたって自分の剣が守るべき姫を守ったのだから」
誇らしげに語る騎士、なんだか遠い物を見るような目をしていた。きっと死んでしまった彼とは仲がよかったのだろう。
(やたー。グリン、やったね。これで木剣との日々もおさらばだよ。一本足んないけど…………)
グリンは体が大きくないので、重量のある武器ではなく、小回りの効く武器にしようと考えた。それでも、マリィナとイリィナの相性を考えるとどうしてもそれなりの大きさは捨てられず、結局二本剣を持ってマリィナとイリィナに合わせ、尚且力が足りない分を手数で、と画策したが独学ではどうも上手くいかなかったりする。
「いえ………やっぱり墓前に添えるでもなんでもして…………えっ?」
グリンの思考は停止する。眼前に何かの切っ先がある。
透明でキラキラしてて、何故か透明さが映す先は少し赤い。それが氷で、騎士の胸から甲冑を貫通して生えている物だと気付くのに何れだけ時間が掛っただろうか。
「…………か……ぶ…………」
騎士は助けを求めるようにグリンに手を伸ばしてくる。グリンは錯乱しながらもその手を取ろうと手を伸ばすが、その手は触れることはなかった。
「はいはーい。姫の元に行く前に、私と遊んでくれるかしら?」
騎士がいた場所の少し先、騎士が倒れてとんがり帽子の女性が姿を現した。いやらしく、嫌味に、嫌悪しか感じない笑みを浮かべている。
「お前………なにやってるんだ!? この人はお前の仲間だろ?」
「うーん。私に仲間なんていないわ。いたとしてもこの子かしらね」
そう言って女は何もない空間を愛しそうに撫でた。赤子あやす母のように。
「……………頼むから関わらないでくれ。放っておいてくれ」
グリンは必死に声を絞りだした。目の前の動かなくなってしまった騎士に申し訳は立たないが、グリンは戦いたくはない。
「だーめ。あの時仲良さげだったソイツ殺しても駄目か。どうすれば少年はやる気になるかな……っと」
女はゆっくりとそんな事を呟いて、辺りを見回している。そしてある一点で視線が止まる。
グリンも釣られてその視線の先を追う。その時にはもうグリンは駆け出していた。
「姉さんっ!」
レイナが立っている。ただ呆然と立ち尽くしている。その顔は恐怖一色に染めあげられ、体は硬直してしまっている。
グリンは振り返る事もなく一直線に姉の元へと駆ける。
左斜め後ろの方角にマナの収縮を感じる。
来る。そう思ったグリンはレイナを動かす事を止め、跳び、空中で振り返りながら乱暴に鞘から剣を抜き放つ。
来ていた。氷柱が何本も向かって来ていた。騎士甲冑を貫いた代物だ、体に当たればどうなるか。
氷柱の目標はレイナ、グリンは跳ぶことで無理矢理その斜線に入る。
(マリィナ!)
心の中で叫ぶ。
「ああああぁぁぁぁっ!!」
そしてグリンは吠える。
右手の剣に力を込め、グリンは剣を振る。
いくつもの氷柱はグリンが吠えている間に砕け散った。
マリィナの能力の一つ、体の強化、そして、高速の剣戟、剣の軌道は氷柱を確りと捉えて叩き割った。
「姉さん逃げろ。あいつ狂ってる」
背後にいる筈のレイナに呼び掛けるが返事はない。だが、相手から目を離すわけもいかず、再度話し掛ける。
「姉さん? 怪我はしてないんだな? 姉さん?」
「……………化け……………物」
グリンは堪らず振り返った。レイナが相変わらず恐怖に身を染めていて震えていた。グリンはそれをエメラルドの瞳でただ見つめるしか出来なかった。




