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一章三節

それから二ヶ月の事。


その日は冬も近付きかなり寒かった。グリンは朝早くに起きて自分に任されている薪割りと洗濯を済ませ、朝食を取り、レイナに頼まれた買い物に出た。


(グリン、私も外へ出ていい?)


「ああ」


教会は町から少し離れた森の近くにある。町までは歩いて二、三十分かかる。小さな町なのでグリンが女性を連れて歩いていたらあっという間に家族に知られてしまうだろう。だからマリィナはこの道中に出たいと言ってるのだろう。


「手を繋いでもいい?」


小さな光の粒が集まって女性の姿を成す。


マリィナの発言を無視してグリンは歩を進めた。マリィナはムッとした表情を取ったかと思ったら手を取って強く握ってきた。


「えっへへ~」


なぜか自慢気に笑うマリィナ、繋いだ手を前へ後ろへ乱暴に振り出した。


「止めろ、大人しくしていろ。繋いでいてやるから」


「グリン、もう止めない? このまま静かに暮らそうよ」


エメラルドの輝きを持った瞳が真摯にこちらを見つめてくる。グリンは立ち止まる。


この二ヶ月だってテントラムという呪いの言葉を忘れた事はない。知識も武器として使うため勉学に励み、文字通り武力を手にするために毎日鍛練し、怒りを捨てた日はなかった。


それでも、それでも揺らいでしまう。レイナの笑顔と父の優しい言葉、二人の心を感じるから、二人の心があの日失った心を思い出させる様に温かった。それでいて痛かった。


グリンと深く繋がりのあるマリィナはそれを感じているのだろう。エメラルドの瞳はグリンから目をそらさなかった。


繋がれた手を振りほどいて逃げ出したかった。それは自分が迷ってる事の証拠だと気付いた。


「僕は…………」


「怒りはね、いつか静まるんだ。貴方をつき動かしてるのは悲しみ、止まる事のない悲しみだよ」


悲しみ、あの日失ったセフィの温もり、壊れてしまった母との幸せ、それは悲しい、相手がいるんだから怒りたい。


「でも、ね。悲しみは埋められるんだ。消すことは出来ないけど、他の温もりで冷たい心を癒せるんだ。貴方は持ってるじゃない」

返せなかった。言葉が出なかった。


怒りとはこんなものなのか、悲しみとはそんなものなのか、でも、それでも。


『それでも』


まだ反抗する心がある。


「僕はテントラムの奴らが憎いんだ。憎しみが僕の………」


「……………ならなんで今直ぐに行かないの? 私達の力を使えば一矢を報いてやることぐらい出来るよ。なんで先延ばしにするの?」


言い返せなかった。鍛えてるんだから、確実に復讐するために、とかいくらでも返しようもあったが、マリィナは分かってるんだ、僕が今の幸せを失うのが怖いのが知られている。


「セフィだってきっと貴方が大好きだった。私もね、いえ、私達だって貴方が大好き、だからこのまま静かに暮らす方がセフィだって喜ぶよ」


「セフィは! セフィは、苦しんでたんだ。きっと同じ様に苦しんでる人だって…………」


「他の人は関係ない」


はっきりとした言葉で返された。ついにグリンは目を反らした。


「貴方がどうしたいかだよ。貴方は心の中じゃ復讐なんて………」


「……………少し考えさせてくれ」


グリンは逃げた。自分の心に向き合えなくて逃げ出した。


「忘れないで、どんな選択をしても私達、マリィナとイリィナは貴方の剣となり続ける」


グリンは迷いあるまま町へと向かった。








小さな町、名前はシナミル、町の名前なんて体裁であって、一番重要なのは中身だ。住む人、そこに生きる人々が町というものだとグリンは思ってる。


その小さな町が何だか騒がしい。広場には祭りの時でもない限り人が集まる事はないのだが、今日は違った。小路から出て広場の方を見ると人だかりが出来ていた。


「何があったのかな?」


「お前は消えておけ、誰かに見られるとよくない」


そう言った。絶対に聞こえてる筈だ。だが、マリィナはそれを無視して人だかりへと走って行ってしまった。


グリンは頭を抱えた。あっという間にマリィナは人だかりへと消え、グリンも渋々後を居った。


「おう、坊主じゃねぇか神父様は元気かよ」


人だかりの前まで来ると口の上に髭を蓄え、筋骨逞しい中年男性に声をかけられた。


「ああ、花屋のおじさん久しぶりです。元気ですよ、おじさんも………元気ですね」


「あったぼうよ! ガッハッハッハ」


この姿で普段は花を売ってるんだ。人生分からないな。


「今日は何が?」


早速この人だかりについて聞いてみる。これ以上おじさんの話を広げたら結構面倒だからだ。過去の経歴を語り出すとこの人はとてつもなくうるさいので、昔の傭兵時代の話が特に。


「なんでも国から騎士団が来たらしいんだ。精霊使いを招集したいんだとよ。誰が戦争なんてするかよ」


おじさんは顔をしかめ、騎士団がいるらしい方向を睨む。


つられてそっちを見る。何だか金属音や、何かが燃える音のようなものが聞こえてくる。恐らく精霊を使って審査でもしてるのだろう。


国、この町を統制してるのだってテントラムだ。少しその騎士団とやらを見てやる事にした。


おじさんに別れの挨拶をして、人の少ない方へ少ない方へと人を避けてようやく騎士団が見える。


「グリン!」


「マリィナ、お前こんなところにいたのか」


人だかりの端の端、騎士の鎧くらいしか見えないところにマリィナはいた。


「なんと姫様が来てるんだって」


「こんな田舎の小さな町に?」


「なんでも絵で見た景色が気に入ってからだって」


「それで同行したって言うの? ああ、だからこんな町にこんなに騎士が来たのね」


周囲の会話が聞こえてきた。


姫様?


たしか、テントラム国王には二人の娘がいた筈、上の娘は今は身篭っていて外には出れないだろう。


「グリン、さっさと市に行って帰ろ」


マリィナは冷たい声でそう言った。さっきの出来事の手前、国の事はあんまり考えさせたくないのだろう。


その時、黒い塊が空を飛んで行った。


とても大きく、地面に当たった時、地響きで少しグリンの体が揺れた。


それが人間で巨大な剣を持った男だと誰が分かっただろう。


その男の一振りで騎士一人と五人の人が潰れた。裂かれる、切られる、そうではなく潰された。横薙ぎに振られた鉄の塊は人を家の壁ぶつけてに潰した。


女性の叫び声を皮切りに黒い剣士から皆が逃げた。グリンはマリィナの手を繋ぎ、壁へと逃げて人の流れをやり過ごす。


そして、ようやく見えた。騎士達と黒い剣士、そしてドレスで着飾った女性。


あれが姫様とやらか。


グリンの目付きが険しくなるのをマリィナは見た。


人が潰れるのが見えた位だ。そこまで距離は離れてないが、それでもその体はとても大きい。少年であるグリンの三倍はあるだろうか。


「貴様何者だ」


騎士達は剣を抜き、剣士に対して剣を向ける。審査されていた人間達も逃げ出した者はいるが、残った者達は精霊の力を集中させている。


「国に恨みのある者だ。そこの娘を殺す」


なんて短絡的な。


グリンが心の中でそう思っていると何かがおかしいことに気付いた。


何故、何故あの剣士は奇襲で姫を狙わなかった。何故、姫を守る陣形を取らせた?


答えは簡単だった。グリンは駆け出す。なんでかは分からない、理解できない。今やろうとしてることは理解できない。それでも走る。


謝りながら殺された騎士の剣を抜き、黒い剣士の背後に走って行った。騎士達は何を勘違いしたのか、グリンが奇襲するものと思い、声を張り上げて剣士の注意を引いている。


「馬鹿野郎達め………」


グリンは小さく悪態をつく。


黒い剣士を通り過ぎ、呆気に取られた騎士達も通り過ぎる。


審査されていた精霊使いの一人、炎の精霊使いだろう、若者の男が手を姫に向けた。火球が放たれ、高速で姫に一直線に飛ぶ。


自分でも理解できない。恨むべき相手、それなのに自分は姫に跳びかかり、そのまま押し倒して空中で自分の体を姫の下に入れて姫をかばっている。


心の中で自分にも悪態をつく。


「あ、あなた………」


姫が目を見開いて、口をパクパクと開いている。間抜けな顔だったが、着飾った姿を差し引いたって可憐な女性だった。


グリンは無事を確認すると立ち上がり、剣を切り上げるように振り抜いた。剣は次に迫っていた火球を切り裂き、消滅させた。

「貴様! なんで私達の邪魔をする。この暴虐の国が憎くないのか?」


精霊使いの男が叫ぶ。その周りにいた精霊使い達はその男から距離を取り、攻め入る隙を窺っている。結果を出して国に名を売りたいのだろう。それでも高いレベルの精霊使いなどこの町では聞いた事もない。下級が良いところだろう。


「それでも、あなたの憎しみの原因はこの娘じゃない筈だ!」


グリンはこれを誰に言ってるのか分からない。自分への言い訳でしかないだろう。


「それでも、それでも!!」


精霊使いの男が叫ぶと炎が巻き上がり、男の体を燃やしながら炎が舞い上がった。


暴走している。感情の爆発で繋がりを持つ精霊も暴走したのだろう。やがて男は炎の化け物になった。人の象はしているが、人ではない、人には戻れない。


人間が精霊を御しきるなんて出来ないということだ。上級以上にこれが起きれば災害、災害となり、こんな小さな町なんて簡単に潰れていただろう。


(大丈夫、下級だよ。負けはしない)


いつの間にか体に戻ったマリィナがそんな事を言う。グリンは戦う気なんてなかった。


精霊使い達だって、あの炎が具現化して逃げ出した。暴走はランクが一つ上がる。下級じゃ敵わないと思って逃げたのだろう。


賢明だな。


グオォォオアァァ!


獣の雄叫びのような叫びが聞こえてきた。見ると先程の黒い剣士も体に岩や石がまとわりつき、さっきの倍以上に膨れ上がっている。奴も暴走したのだろう。薬剤投与で暴走出来るとグリンは耳にした事がある。予め死を覚悟して飲んできたのだろうか。


暴走した精霊使い二人、騎士団は後八人、騎士達にどんな力を持った奴がいるかでこの場は決まる。


(グリン!)


ハッとなって向き直ると炎の流れが迫っていた。横に跳んでそれを避ける。


間一髪、炎の化け物を睨みつけた。


「君! 姫を連れて逃げてくれ。時間は稼ぐ」


騎士の一人がこっちに来て炎の化け物の対峙した。


時間を稼ぐって事は勝てないって事だろ。


グリンはげんなりした表情で力が抜けた。


「もちろん勝てる算段はあるんですよね?」


「ああ、高位の精霊使いが誓約を果たしていてな。それが戻れば」


誓約、精霊との契約で誓わされる物、誓約のない精霊は多いが、高位になると誓約が発生する確率が上がる。


何かが食べれなくなったり、言葉を失ったり、誓約は様々だ。ちなみにグリンにはない。

「いいんですか? 全て計算で僕も仲間かもしれませんよ?」


「君は命を大事にする人間に見える。だから信用する」


騎士は歯を出してキメて笑った。グリンは馬鹿馬鹿しくなって、姫の元へと駆け出した。剣を強く握り締めて。


「姫様、逃げましょう。ここは危ない!」


へたりこんで立ち上がれないでいる姫にグリンは手を差し出した。姫は不安そうにそれを取り、グリンは立ち上がらせる。その間、反対の手が剣を一層強く握り締める。


「あの………私は逃げるわけにはまいりません。だって、彼等の狙いは私なのでしょう? それなのに………」


姫はとても綺麗な声を響かせてそう言った。透き通るような声で、グリンは少し驚いた。


「立派なのはいいけど、それで死ぬなんて間抜けなことしてみろ。さっき死んだ人達が可哀想だろ!」


「だからこそ、逃げて他の人に危害が及ぶのは………」


涙を流した。姫は涙を流しながら必死に言葉を紡ぐ、最後は聞き取れなかったが。


「おやおや、あらあら、なにか大変な事になってますね」


気付いたら姫の後ろに女がいた。大人女性だ、マリィナとは風格が違う。


(この人…………上級以上を持ってる。でも、嫌な感じがする。それと! 風格がって失礼だよ!)


「リーネ! 早く、早くあの方達を止めて」


姫は必死に女性にすがりついた。とんがり帽子をかぶった女性は穏やかに笑うと化け物二人を見た。


「ええ、なら私は炎の方を、少年、貴方には岩をあげます」


「はい? 何を言ってるんだあなたは」


「あら、少年は精霊持ちじゃなかったのね。勘違い勘違い」


袖で口元を隠して笑った。女性はとんがり帽子と動きにくそうなドレス、一体どうやって戦うのだろう。


(鎌をかけてきたんだね。このまま隠すの? 暴走体なんて珍しいよ。実戦訓練にはなると思う)


(どうしたんだ? なんでそんな好戦的になってる?)


マリィナが少しおかしかった。イリィナは好戦的な性格だが、マリィナは戦いなんて嫌いなタイプの筈だった。グリンは右手を見た、剣が強く握られている。


(すまん、忘れてくれ。僕のせいなんだな)


動悸が速かった。左手で胸を押さえる。その手を誰かに触れられた。顔を上げるとその手は姫のだった。


「もう大丈夫です。それとありがとうございます。命を救っていただいて、叱ってくれて」


「はい………」


そう言ってグリンは逃げ出した。化け物から、そして戦いたがる自分から。


とんがり帽子の女性はそれをつまらなさそうな顔で見ていた。

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