一章二節
今日得た情報を整理しよう。
大した情報はないが、テントラムの国王について、テントラム国王は好戦的で奪える物は奪い、破壊する物は破壊する考えを持っている。奪われたこちらは憤りを強く感じるのは当然の結果だ。
つまり、同じ様な考えを持った人間が他にも沢山いる可能性があるということ。違う方向性ではあるが、精霊使いを戦力として欲してるらしく、幸いグリンにはマリィナもいるわけだ、内部に入るのも一つの手だ。
椅子に座りながらマリィナとそんな会話を心の中でしている。マリィナに限らず精霊はどちらの場合でも契約者の体内に入りマナ供給を受けて、存在している。体内には精霊を受けるマナ脈のような物があるらしく、そこにいるらしい。グリンもその辺は詳しく聞く気にはならないから知らないのだが、心の中で精霊と会話できると言うことは言っておこう。
そんな時に扉のノックと共に外からシスターレイナの声が聞こえてくる。
「グリン、夕食が出来たそうよ。勉強してるんでしょ? 切り上げていらっしゃいな」
「ああ、了承した。直ぐに行くよ」
扉に返すと、足音が遠ざかって行った。
シスターは僕には容赦がない。性格を考えてもノックもせずに部屋に入って来そうだが、入って来ない。
態々説明したが前例があるからだ。グリンがこの教会に住んで一年も経った頃だろうか、お互いに慣れた頃に事件は起こった。事件と言えば事件だが、そんな大した事ではなく、ただグリンの着替の最中に扉を開けてしまっただけなのだが、それ以来シスターは必ずノックをするようになった。
瞬間、回っていた物が逆に回るような、体の中が切り替わる。
「もう夜か………」
部屋にある小さな窓を見ると日は完全に落ちたらしい、藍色でもなく、完璧に夜の帳は降りたようだ。
「さてさて、こんばんはマイマスター」
声がした方に振り向くと、マリィナとは黒を基調にした服を纏った黒の少女がベッドに座っている。
「早いものだな。もう一日が経ったかイリィナ」
イリィナ、そう呼ばれた少女は妖艶にいやらしく微笑み、部屋を見回している。
「相も変わらず、ベッドに机に椅子、後は小さな本棚、何もない部屋ね」
「生活には十分だよ」
イリィナ、言わずもがなマリィナと関係した者である。グリンの精霊は最上級と言うこともあり、特殊に特殊で日が出ている間と沈んだ間で精霊の姿が変わる。もちろん、その恩恵である精霊の力も変わる。
「僕は食事に行くぞ」
「なら御供致しますわ。マイマスター、地獄の果てまでも」
ローブの両端を摘んで丁寧にお辞儀する。マリィナも少し扱いにくいが、こっちのイリィナは更に扱いにくい、酷く賢しい。
グリンは歩く度にギシギシ鳴る古い階段降りて、これまた古ぼけた木の扉を開ける。言ってしまえばこの教会全体が古い。今のグリンなら、少し精霊の力を借りるだけで剣一振りで倒壊させる自信があった。
「あっ、グリン遅いよ。急ぐ急ぐ」
「シスターレイナ、もう少ししとやかに出来ないの? 遅くなったのはたしかに悪かったけど」
そうグリンが返すと、グリンから見て最奥に座った真っ白な髭を蓄えた男性がしわがれた声で笑った。
「全く、グリンも言うようになった。レイナよ、もう少し勉学もやったほうがよいのではないか?」
「お父さん、大きなお世話だよ。後グリン、今はレイナだよ。シスター禁止」
グリンは自分の表情は見えないが、きっと苦笑いしてるだろうと思った。
「すいません神父様、お待たせしました」
グリンは一礼して食卓についた。
「今は私も神父ではないよ。お前の家族、父と呼んでくれ」
「はい、父さん」
この神父様にはとても世話になった。いや、なっている。復讐なんて曲がった事に力を費やしてるグリンだが、神父の前に居ると胸が温かくなって暗いドロドロした感情が少し晴れる気がした。
だから、グリンは呼ぶことにした。後悔する前に、無くしてしまう前に、二度と誰かを親とは思うまいと思ったが、この人の大きさを知ったときグリンはこの人を父と呼んだ。
「父さんとグリンはさ、その会話毎日してるけど飽きないの? てゆうか、グリンはいい加減一枚壁作んのやめなさいよ」
「こればっかりはね。もう少し時間をちょうだい」
「その返しも毎回聞いてる。いい加減飽きた」
「姉さんのその返しもいつも一緒だよ。あはは」
レイナは姉さんと呼ぶと恥ずかしがってそれ以上何も言ってこない。それを見越した言葉だった。
(まだ貴方笑えるのね。このままここで一生を終えてもいいんじゃない?)
笑ってる?
言われてグリンは頬の辺りを触ってみる。たしかに口の端がつり上がってる。
笑えるんだな。
(みたいね。私達は貴方に戦いをさせたくはないの。それだけは、覚えておいて)
その声を最後にイリィナの気配が消えた。中にいるのかも分かりはしない。基本的に自由な性格だから一人で外に行ったのだろうか、少し深く繋がろうとすれば分かる事だが、今はそんな気分にはなれなかった。
食後、ベッドで寝ながら天井を見ていた。火をつける気にもなれず、真っ暗な部屋で天井を見る。
普通なら見えないが、グリンの目は精霊との契約の恩恵というか、代償というか、兎も角それの影響で昼間の様にとまではいかなくても、本を読めるくらい目が見える。
気持を切り替え、グリンは立ち上がる。日課である剣の鍛練に行くことにした。




