一章一節
それから五年の月日が流れた。
グリンは教会に居た。あの後真っ黒な月日を過ごし、立ち直ったグリンはレオンと別れ、森を出て小さな教会に身を寄せた。
とても気の良い老神父と少し年上のシスターだけの教会、シスターも神父に育てられ、ここで働いているらしい。
グリンは一晩だけでも、と泊めて貰うつもりが老神父のご厚意で教会に住まわせて貰えた。
「グリン、薪割り終わったらお茶にしましょ」
「ええ、シスターレイナ、直ぐに終わらせちゃいますからね」
「こらグリン、言葉遣い、私は貴方のお姉ちゃんみたいなもんなんだから、もっと砕けた感じで」
これが件のシスター、シスターレイナという、彼女は自慢の金の長髪を揺らしグリンの頭を軽く叩いた。
無論シスターなので、自慢の金の髪は基本的に隠れてたりする。
「練習だよ練習、こういう言葉遣い出来ないと社会に出て苦労するって神父様が」
薪割り用の斧を杖にして、シスターレイナに向き直る。
「…………出て行ってしまうの?」
上目使いで睨みつけてくるシスターレイナ、グリンは困って右手で後頭部辺りを押さえ、どう返答したものかと思考する。
「あの、さ。グリンさえ良ければ一緒に教会に居ようよ。神父様も喜ぶと思うなぁ…………」
「良いかもしれないけど、まだ分からないよ。もう少し考えさせて」
「そ、そうよね。でもしっかり考えて、それじゃ私はこれで!」
そう言い残してあっという間にいなくなってしまった。一人になったグリンは考える。
「僕は…………許しちゃいけないんだ」
その時グリンは誰かに後ろから抱き締められた。
そうは言っても周りに人なんて居はしない。しかし、人ではない者は居る。
「マリィナか………頼んでおいた事は?」
「はい、完全ではありませんがある程度は」
グリンの背後の気配に色が付き、女性が姿を表した。パッと見ると大人びた印象を受けるが、栗色の髪に隠れた顔は童顔である。
服装はシスターとは違うが、巫の様な神に遣えるような純白のローブを着込んでいる。
「とりあえず話は部屋で聞く。少し中に入ってろ」
グリンがそう言うと、現れた時と同じ様にマリィナと呼ばれた少女は消滅した。
薪割りを適当な所で切り上げ、教会の住居スペースの二階の自室に移動する。グリンが部屋の椅子に座るとベッドに先程のマリィナが現れる。
マリィナは先に言った通り人間ではない。
これはマリィナに聞いた事なのだが、この世界には精霊という人間とは違う生き物がいる。
言うまでもなく、マリィナはその精霊だ。精霊は自然に生き、自然と共に死ぬ者らしいが、特異な人間は精霊と契約することが出来るらしい。精霊と契約し、その精霊の現実を超越した力を使える。特異な人間と言っても、百人に一人程度は存在し、生活に力を行使する人間も多くいるそうだ。
この他にも潜在精霊と言って、契約という形と比べ恐ろしく低い確率でしか発現せず、とても大きな力を行使出来る。発現は突然起こり、精霊と強制的に契約させられてしまう。グリンも此方で、泣いていたある日マリィナが現れ、色々と教えてくれた。
他に、精霊にはレベルがあり、単純に五段階に分けられる。契約精霊は基本的に1~2の精霊としか契約出来ないらしい。1は最下級、2下級、中級、上級と呼称される。自然には5の精霊だっているが、レベルが高ければ高いほど世界と密接な関係になるらしく、相当な力を持たない限り契約精霊の能力を持つ人間は高いレベルの精霊は行使出来ない。
潜在は基本的に人間の生まれの因果に起因するらしいが、グリンは自分の生まれも何もよく分からない。一体何者なのかも分かりはしない。
ちなみにマリィナは5だそうだ。呼称は最上級精霊というらしい。比較対象もいないし、確かめようがない話ではあるが、感じる力は嘘じゃない、確な物だ。
話は大きくなってしまったが、どうしても話さねばならない事がある。
セフィ、僕のお母さん、彼女は精霊だったという事実だ。たしかに言われてみれば頷ける点は多々ある。相当上位の精霊だったらしく、マリィナ曰く、セフィさんはその大樹を媒体にしてたから自然に帰ったんですよ。でも無理をして、大した媒体を持たずに存在していたわけだから、本当に消滅した可能性はとても高いです、とのこと。
それと大事な事、あの森を焼いたのはテントラム、そんな名前の国らしい。全く興味はないが、テントラムは周囲の小さな国を吸って肥大し、あの森を進撃して更に勢力を拡大したらしい。今、グリンがいるこの地もテントラムの領土、テントラム、許してはいけない名前だ。
ようやく本題に戻るが、グリンはテントラムに対し、安直ではあるが復讐することにした。そう、許してはいけない、許してはおけない。
だから、まず情報を集めることからスタートしている。幸い最上級精霊のマリィナの力は優秀で、人間の姿を取ってるし、グリンのマナを使い実体化も出来るので情報収集に当たってもらっている。
グリンは普通に生活をしながら、復讐の刃として剣の鍛練をし続けている。マリィナの能力については後程説明するが、剣はマリィナに対しとても相性の良い武器であったりする。
セフィはきっと剣を持つことに反対し、悲しむだろうが、そんな感情を表す事も奪ったテントラムはやっぱりそのままにしておけない。
グリンの復讐劇は、ゆっくりと着実に始まった。




