第2話 選ばれなかった数値
「ようこそ、異世界より来たる勇者よ。我々は天界アストリアの民。お前こそが、古の予言に記された伝説の救世主。我らの世界を魔王の脅威から救う、唯一の希望である。」
……は?
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。勇者? 救世主? 俺が?
胸の奥で、何かがざわめく。嬉しいのか? 怖いのか? わからない。
憧れていた異世界召喚が現実になったのに、喜びより恐怖が先に立つ。
俺は戦えない。剣も魔法も使えない。ステータス開いたら全部ゼロだ。家族はどうなる? 母さんは? 学校の友達は? アマプラの続きは? ――くだらないことまで頭をよぎる。
長老たちの真剣な視線が、俺の肌を刺すように感じる。期待されている。
重い。息が詰まる。逃げ出したい。でもどこへ? ここは天界だ。帰る方法なんてない。
「……なんでだよ……。」
思わず零れた本音が、静寂の中で響いた。周囲の長老たちが一瞬で凍りつく。しまった、声に出していた。
「……何で俺が救世主なんだよ! 証拠は?! 」
隣の長老が驚いた顔で俺を見たけど、俺は答えられなかった。もうどうでもいい。どうせ俺みたいな冴えない高校生が救世主なんて無理だ。帰りたい。普通の、つまらない日常に戻りたい。
と、そのとき。
ぴた、ぴた、ぴた――
小さな、軽やかな足音が大理石の床に響いた。長老たちの間から、ふわりと何者かが飛び出してきた。
俺の視界に飛び込んできたのは、銀色の髪をツインテールにした、年齢不詳の少女だった。
白いふわふわのドレス。裾に金糸の刺繍が施され、小さな翼のような飾りが背中に揺れている。
肌は陶器のように白く、頰にはほのかな桜色。大人っぽく整った顔立ちなのに、全体の印象は無邪気で、天使そのものだ。
でも、一番心を奪われたのはその瞳だった。
深い青。まるで夏の空を閉じ込めたような、透き通った色。俺を見上げるその瞳に、警戒心のカケラもない。ただ純粋な、喜びと好奇心だけが満ち溢れている。
「わぁーい、龍夜くん、おっはよー! 」
いきなり飛びついてきた。
小さな体が俺の腕にぎゅーっと抱きつき、柔らかい感触が全身を駆け巡る。甘い――花と果実を混ぜたような、優しい香りが鼻をくすぐる。頭がクラクラした。心臓が一気に跳ね上がる。なんだこの距離感。初対面だろ? しかも呼び捨てって。
「ちょ、ちょっと待て! くっつくなって! 」
慌てて引き剥がそうとしたけど、少女は離れない。それどころか、もっと強く抱きついてきて、顔を俺の胸に埋めてくる。温かい。小さくて、壊れそうで、でも力強い。
「えー! 私のこと覚えてないの?ずーっと待ってたんだよ。おかえり! 龍夜くん! 」
ニコニコと笑いながら、上目遣いで俺を見上げる。その笑顔が、めちゃくちゃ可愛い。無防備すぎる。うざいくらいの天真爛漫さ。でも、それがまた……たまらなく可愛い。
胸の奥が、熱くなる。なんだこの感情。苛立ち? 照れ? それとも――。
長老たちが慌てて声を上げる。
「ミユウ様! まだ儀式が終わっておりません! 勇者殿への説明を……」
「えー? いいじゃん、後で後で! 龍夜くん、疲れてるでしょ? お腹すいてない? ミユウ、なんでも作れるよ! 龍夜くんの好きな食べ物、教えて教えて!」
完全に無視。長老たちの顔が青ざめているのに、ミユウは俺の手を取って、くるくる回りながら笑っている。小さな手は温かくて、柔らかくて、離したくないと思ってしまう自分が怖い。
俺の頭の中は、もう大混乱だった。
魔王とか、救世主とか、そんな大層な話はどうでもよくなっていた。正直、耳に入ってこない。目の前にいるこのロリ体型のうざ可愛い天使に、全神経を奪われている。
憧れていたスローライフはどこへ行った? のんびり畑でも耕して、異世界でのんびり生活を送るはずだったのに。
初日から、こんなペースに振り回されている。
でも――嫌じゃない。
むしろ、この温もり、この笑顔、この声。昔から知っているような、懐かしさ。
心臓がバクバクうるさくて、長老たちの荘厳な言葉が、遠くの波の音のようにしか聞こえない。
怖かったはずの異世界が、急に少しだけ、温かく感じる。
――ああ、もうダメだ。
俺の異世界生活、完全にこの子のペースだ。
伝説の救世主として崇められる前に、俺はこのミユウって子に、心を完全に掌握されてしまっている。
はあ……集中できねえよ、全然。
でも、こんな気持ち、悪くないかも……なんて、思ってしまう自分が、一番怖い。
その瞬間、残りの充電わずかなスマホの通知が鳴った。俺は急いでスマホを開いた。目に飛び込んできた、インスタのお知らせは。
ーー無期限休載のお知らせーー
いつも配信を見てくださっている方、応援してくださっている方へお知らせです。当作品は、作者急病のため無期限休載とさせていただきます。次回作は決まり次第追って連絡します。
その瞬間、俺の手からスマホが乾いた音を立てて落ち、俺の心は絶望で満たされた。え、あの続きは?剛田唱が、「非リア舐めんなよおお!!」と叫びながら魔王に突っ込むあのシーンの続きは? 剛田唱じゃないけど、叫びたくなった。別の意味で。
「ち、ち、ちくしょおおおーー!! 」
「ねーねーどうしたの龍夜くん。私も何か叫ぼうかな。」
俺の乾いた叫びと、ミユウの天然うざ可愛い鼻歌だけが、アストリアの宮殿に響き渡っていた。
作者から、お読みくださった方へ。毎回、読まれないのでは?打ち切り?!の恐怖と戦いながら書いています。どうか、少しでも何か感じてくださったなら、評価、ブクマしてくだされば、打ち切りの恐怖と戦わずにすみます。どうか、打ち切りの呪いから解放してください。よろしくお願いします。




