59.家族のもとへ……
その日の夜。
私とルークライは六年前、別れの杯を交わした酒場の前にいた。明かりが窓から漏れているけれど、馴染みのある喧騒は聞こえてこない。普段の酒場の様子を知っている者なら休みだと思うだろう。
「父さんの言った通りだな」
ルークライが閉じられた扉に向かって呟く。
私達は昼間タイアンと再会を果たしたあと、ふと悩みを漏らした。それは他の魔法士達との再会をどう果たすかについて。
魔法士ひとりひとりと会う時間を取るのは難しい。私達は道化師としての仕事がある。そして、鴉達も同様に忙しいと知っている。
そのことを伝えると、すぐにタイアンが聞いてきた。
『ふたりとも今晩、時間を取れますか?』
『大丈夫です。ね? ルーク』
夜は道化師としての仕事はない。確認の意味で隣を見れば、ルークライも大丈夫だと頷いていた。
『六年前の今日、あなたがたは国を出ました。それから、毎年、その日の夜はあの酒場に集まるようになりました。約束しているわけではありませんが、今宵も集まるはずです。貸し切りなので周りの目を気にする必要はありません』
聞けば、最初の二年は貸し切りではなかったそうだ。ただ、一言も口を聞かずに酒を飲み続ける鴉達のせいで、他のお客さんが『ヒィッ』と早々に退店してしまったという。店主に申し訳ないので、三年目からタイアンがその日だけ貸し切るようになったそうだ。
それにしても静かすぎる。タイアンは約束していないと言っていた。各国の要人が集まっているから激務が続いているはず。今日はあまり集まっていないのだろう。
「今日いない魔法士達とは、あとで何とか時間を作ろう」
「そうね」
ルークライも同じことを思っていたようだ。寝ているアークライを起こさないように、私は小さな声で答えた。
彼の腕の中でアークライはすやすやと眠っている。いつもなら寝ている時間だから仕方がない。ナジュール国から随伴している者にお願いすることも出来たけれど、みなに会わせたくて連れてきたのだ。
ルークライが酒場の扉に手を掛けた。
「ルーク、ちょっと待って……」
会いたくて、会いたくて、仕方がなかった鴉がこの扉の先にいる。
正直、もう二度と会えないと思っていた。何度、ルークライの胸の中で泣いただろうか――『会いたい……』と叫びながら。やっと会えると思うと、感極まって足が動かない。
「本当に長かったよな。よく頑張った、リディ」
「……ルークこそ。本当にありがとう」
タイアンには言わなかったけど、ナジュールで信頼を得るまでの道のりは険しかった。所詮は余所者と、無視されるところから始まったのだ。
ルークライが片腕にアークライを抱き直し、空いた手を私に差し出してくる。六年前のあの日のように。
「さあ、一緒に入ろう。みんなにこの子を紹介するんだろ? 俺達が幸せになった姿を見てもらおう。心配を掛けたからな、……本当に」
「……うん」
涙声で返事をして彼の手を掴んだ。そして、私達はしっかりと手を繋いで酒場の扉をそっと開けた。
「すみませんが今夜は貸し切り、……失礼しました、どうぞ」
タイアンが事前に話してくれたのだろう、店員が通してくれる。店の入口に立った私達を誰も気にしない。みな黙々と酒を飲んでいる。たぶん、場違いだと気づき出ていくと思っているのだろう。
店内をゆっくりと見渡すと、予想に反して店の中はたくさんの人で埋まっている。
「みんな、いるね」
「ああ、変わってない。六年前と同じだな」
魔法士は誰ひとり欠けることなくいた。
老魔法士の前には破れたままの包みが置かれている。……あの日、渡した湿布だ。
キューリは一枚の紙を見ながら酒を煽っている。……たぶん、一緒に考えた結婚式のドレス画。
他の鴉も思い思いのもの――私達との思い出――を見ながら、静かに酒を飲んでいる。
それから、お医者様とホグワル兄弟もいる。それに南門を通してくれたハックさんも。知らない顔もいた。きっと、六年前に私達を逃がすために力を貸してくれた人達だろう。
「ルーク、あれって……」
「ノア殿だな」
一番の奥の席には兄がいた。少し痩せただろうか。彼の机には酒の瓶と並んで、黄ばんだ封筒が置かれている。……宛名はない。
あんな形で出奔したのだから兄にも多大な迷惑を掛けたはず。なのに、兄は恨むどころか、こうして思ってくれていたのだ。
みなの想いを目の当たりにして、苦しいほど胸がいっぱいになる。想いが涙となって、目から溢れて止まらない。
「どうしよう、ルーク。私、仮面を外せな……い……っ、」
「リディの泣き顔はみんな知っている。六年前の今日も泣いただろ? 俺達はまたいつか……と言って出て行った。だから、みんな待ってくれているんだ。早く、帰ろう。な? リディ」
「……は、い」
ぎゅっと力強く手を握ってくれるルークライ。彼と一緒に中央まで足を進めると、招かれざる客にみなの視線が集まる。
――バサバサ。
タイアンの席の近くにいた白が、私達の近くのテーブルに飛んでくる。一緒に帰還したから挨拶も一緒にするつもりなのだろう。本当に賢い鴉だ。
ルークライが「いいか?」と耳元で囁く。私は答える代わりに、アークライを抱いていて手が塞がっている彼の仮面と、自分の仮面を外す。
――みなの目の前で道化師が鴉となった。
老騎士を見れば、くしゃくしゃになって泣いている。キューリは誰に憚ることなく号泣している。
兄は封筒を握りしめながら手で顔を覆っていて、……見れば、泣き崩れていない人は誰もいなかった。
私もみっともないくらいに涙を流している。隣りにいるルークライを見れば、頬に涙が伝っていた。
……さあ、言おう。
最初に言う言葉は六年前、ふたりで決めていた。ルークライと私が顔を見合わせ頷くと、彼が先に口を開いた。
「王宮の鴉、ルークライ・ディンセン。遅くなりましたが、ただいま戻りました」
「同じく王宮の鴉、リディア・マーコック改めディンセン。ただいま、帰ってきました。それから、この子は息子のアークライです」
「カアッ!」
目を真っ赤に染めたタイアンが、立ち上がって杯を高々と掲げるとみなもそれに続く。給仕人はそっと私達にも杯を渡してきた。
「三羽の鴉が一羽の雛を連れて帰ってきました。さあ、祝杯をあげましょう。ルークライ、リディア、白、そしてアークライ。おかえりなさい」
「「「おかえりなさい!!」」」
心の籠もった温かい言葉に包まれて私は実感する。……やっと家族のもとに帰って来られたのだと。
今夜は鳴かない鴉がよく泣いた。でも、長くは続かなかった。
なぜなら、目覚めた雛が鴉達の涙をせっせと拭いてまわったから。 『お目々がぬれてましゅ』と雛に言われたら、鴉は破顔するしかない。
祝福の声と子守の声が酒場に溢れかえっている。
今、誰かに幸せとは何ですかと問われたら、ここにありますと教えてあげよう。
『またいつか……』――その約束が六年という歳月を経て、今宵、果たされたのだった。
最後まで読んでいただき有り難うございました。
これにて完結ですが、【おまけの話】を投稿する予定です。その時にまた読んでいただけたら幸いです。
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