49.鴉の祝福
お医者様から面会謝絶が解かれた翌日。
私達のもとにさっそく顔を出してくれたのは、ふたりの魔法士とタイアンだった。
「一番最初にお見舞いに行く権利を勝ち取ったんじゃ」
「他の魔法士達をこの自慢の美脚で蹴落としてやったわ」
『うっほほ』、『おーっほっほっ』と高笑いしているのは老魔法士と美魔女魔法士だ。
順調に回復していると言っても、面会は一日一回ふたりまでと決まっていた。タイアンだけは王弟という立場で、相変わらず面会は自由だけど。
ふたりは持参した大きな袋から見舞いの品をテーブルの上に並べ――いや、積み上げていく。そんな彼らをタイアンは横目で見ながら苦笑する。
「あれは他の魔法士達から託されたものです。あのふたりが勝ち上がって雄叫びを上げている時、他の者達は抜け殻状態でしたよ」
後者は兎も角として、前者は容易に想像できた。勝ち上がってと言うならくじではないのだろう。
「どうやって決めたのですか?」
「神聖なじゃんけんじゃ」
得意げに答えたのは老魔法師だった。すかさずルークライが拳を口元にあて、くっくくと笑い声を零す。
「神聖ってなんですか?」
「そもそも神聖じゃないわよ。モロックは後出しじゃんけんをしていたんだから」
……それは、神聖どころか詐欺である。
老魔法士は「歳のせいか聞こえん」とキューリの言葉だけ拒絶して、ルークライに向かって答える。
「可愛い孫娘の恋人は細かいのう。そこは聞き流していいところじゃ」
…………。えぇー!
数秒の間をしっかり取ってから、私は心の中で叫んだ。隣にいるルークライの腕を引っ張って、彼が顔を寄せると耳元で囁く。
「ルーク、誰かに話した?」
「俺は言ってないぞ」
思っていた通りの返事だった。かと言って、あのお医者様が言い触らすとは思えない。私は視線をまた老魔法士に移す。
「あの……、どうして知っているのですか?」
「昨日、魔法士長がみんなに発表したんじゃ」
「だから、お見舞いの品があれなのよ」
キューリが指さしたテーブルの上をちゃんと見れば、そこには色違いのカップに、色違いのタオルに、サイズ違いのお揃いの部屋着に……兎に角いろいろあった。 見舞いの品というよりも祝いの品が。
どんな発表をしたのか予想がつくというものだ。気恥ずかしくて頬が染まっていく。
情報漏洩の張本人――タイアンは悪びれる様子もなく微笑んでいる。
「このお目出度い話題を誰かが先に知ったら、確実に不満が出ると判断しました。仕事に差し障りがあったら困るので、魔法士長として告知を行いました」
確かに一理あるかもしれない。
私とルークライは順次会えた人に伝えるつもりだった。でも、今日来てくれたふたりに最初に伝えたら、なんか揉めそうな気がする。……だって、スキップしながら老魔法士は『儂だけが知っているんじゃ~』とか言いそうだから。
タイアンの告知は英断なのか、それとも余計なお世話なのか微妙なところだ。でも、彼の顔を立てる意味でお礼は言っておこう。
「タイアン魔法士長、ありがとうございます?」
私の理性が語尾に疑問符を付けた。
「はっはは、首を傾げながらお礼を言われるのは初めてです」
私とタイアンの会話を聞きながら、ルークライは頬を引き攣らせている。
彼は目覚めたあと、タイアンが自分の父親だと私に教えてくれた。
私はタイアンから聞いた話は伝えていないけど、彼とタイアンの距離は少しづつ縮まっている気がする。その立役者は私ではなく白だった。
目覚めたルークライはある日、白がタイアンの肩にとまって髪を毟る瞬間を目撃した。
『リディ、白はあの命令を実行しているんだよな?』
『……忠実にね』
それから、ルークライは気に食わないこと――タイアンからちょっかいを出されると、秘かに白に命じるようになった。ただ、白はターゲットの呼称についてはこだわりがあるようで”父親呼び”しないと従わない。
ルークライは肩にとまっている白に「いけ、父さんのところ」へと小声で命じた。白はパタパタと飛んでいき、タイアンの髪を楽しそうに毟り始める。
「カァー、カァー」
「こら、やめなさい。なんでいつも私ばっかり狙うんですか!」
タイアンにルークライの声は聞こえていない。
最初はくそ親父だった。
そこから余計な言葉が消えた。
最近は憎々しげに父さんと呼んでいる。
いつか、タイアンにも聞かせてあげたい。その日まで髪が残っているといいけど……。
毟るのに飽きた白が窓から飛んでいくと、髪を乱したタイアンがそう言えばと切り出す。
「叙爵を行うのは二ヶ月後に決定しました。盛大な式典も開くそうです」
タイアンの口調が皮肉っぽかったのは気のせいではない。
ルークライが目覚めるとすぐに『伯爵位を授けたい』と連絡があった。
それは異例なものだった。平民の魔法士に与えられるのは、男爵位、よくて子爵位が通例だったからだ。
この異例の提案したのは国王自らだという。あの事件を収めた英雄を作り上げるのが目的らしい。これもまた、王家の汚点となる王女の醜聞を消し去りたいがため。
叙爵の件がすでに大々的に広められているのもそれが理由だろう。
国王の思惑はどうあれ、ルークライは私のために伯爵位を受けると決めた。父の気が変わった時、持っている切り札は強いほどいいからと。
「それで、伯爵らしく盛大な結婚式をあげるの? リディア」
話題がいきなり結婚式に移る。キューリは興味津々のようだ。早めに伝えるつもりだったので隠すことなく答える。
「こじんまりしているけど温かい式にしたいと考えてます。落ち着いたら鴉のみなさんに招待状を送ろうと思ってますのでよろしくお願いします」
ルークライとふたりで私達らしい式にすると決めていた。爵位はあくまでも切り札、それに合わせるつもりはない。
すると、彼女はドレス選びを手伝うと申し出てくれる。普通はその役目は母親が担うものだけど、察してくれたのだ。彼女の私服はいつもお洒落なので心強い。
「キューリさん、よろしくお願いします」
「三度も着た経験があるから任せてちょうだい」
「なんか縁起が悪いのう……」
確かに、という言葉は胸の奥深くに仕舞っておこう。キューリと老魔法士が口喧嘩を始めると、タイアンはすっとルークライの隣に立つ。
「着た経験はありませんが、花婿の衣装の知識はあります。手伝いましょうか?」
花婿の衣装選びは父親の役目だった。
「要りません」
「そう言うと思ってました。ですが、あなたにどんな衣装が似合うか考えておきます。もし気が変わったらいつでも声を掛けてください」
「気が変わることはありませんので」
「はい、知ってます。ルークライ、あなたのことは誰よりもね」
「……」
返事は期待していないのだろう、タイアンは続ける。
「私がしつこいのも知ってますよね? 気が変わるのを待ってます。……永遠に」
永遠に待っているのは、父と直接呼ばれることだろう。
ふたりの間に漂うのは、冷たくも温かくもない不思議な空気感。なのに、そばにいても居心地は悪くない。きっと彼らも同じように感じていると思う。
けんもほろろな返事を返すルークライと、そんな彼を目に映し穏やかに笑っているタイアン。そんな親子を見て私は笑みを零していた。
その後も私達のところには、毎日誰かしらがお見舞いという名の祝福にやって来てくれた。魔法士達の歓喜と感涙は、私達の回復を更に助けてくれた。
そして、一ヶ月後。私とルークライはふたり揃ってお世話になった病院をあとにすることが出来た。少し蒸し暑く感じることもあった風は涼やかなものとなり、季節は夏から秋に移ろうとしていた。




