46.決別②
生まれた時から私は愛されていなかったというの……。
衝撃の事実に息を呑んだ。
「お母様が加担していたのですか?」
「結果としてそうなったが、アリソンは保身に走っただけだ。だが、犯人は彼女がそうすると確信していたのだろう」
保身とは偽証のことだろう。
でも、なぜ犯人は確信できたのかだろうか。意図せずに加担したなら、母は私がいなくなって取り乱していたはず。そんな人がどう動くかなんて普通は予想がつかない。犯人がそんな危険な賭けに出るだろうか。
……私が犯人ならしないわ。
その疑問を私は父にぶつける。
「犯人が確信していたと、お父様はどうして思われたのですか?」
「犯人はアリソンの乳姉妹だ。幼い頃から一緒にいたからこそ、耳元でどう囁けば誘導できるか分かっていたのだろう。アリソンは助けられたと思い込んでいたが、実際は犯人に完璧なアリバイを与えたんだ。そのせいで捜査の方向性を誤った」
父は当時のことを思い出しているのか、テーブルを拳で叩き怒りをぶつけた。
私も外部から侵入した者が私を連れ去ったと聞いていた。当時、公爵邸にいた者全員に揺るぎないアリバイがあったからだ。父は報奨金を提示し、不審者の目撃情報を募ったという。情報は殺到したらしい。それによってますます犯人から遠ざかった。
母が保身に走らなければ犯人に辿り着いていただろう。シャロンもこの家の養女とならずに違う人生――罪人にならない――を歩んでいたと思えば。
母の罪は重い。
《《あの人》》は今、何を思っているだろうか。きっと幽閉されたことを嘆いていそうだ。
あっ、私、今……。
自分が母のことを心の中で『あの人』と呼んだことに気づく。母は私にとって遠い人になっているのだ。いいえ、と心の中で頭を振る。……もともと遠かったのだ。
その証拠に母の幽閉を私は悲しんでいない。
「その侍女は捕らえたのですか?」
「事件後しばらくして命を絶ってしまった」
父はその死を悼んではいなかった。それはそうだ、罪を犯したことを悔いて自死したとしても贖罪にならない。
続けて次の質問を私は口にする。
「侍女がこっそり私を連れ出したとしても、その後すぐに母のもとに戻っているのですよね? では、外部の協力者がいたはずです。その人は捕まったのですか?」
「残念だが、四日間で判明したのはここまでだ。だが、侍女は金銭を受け取った形跡はなかった。政敵に頼まれてではなく、個人的感情で犯行に及んだと見ている」
私見だがと、前置きして父は続けた。
「当時、使用人達の財政状況を調べたが、侍女は金で人を雇う余裕はなかった。協力者は彼女に近しい者だろう。マーコック公爵家のために、絶対に犯人は捕まえる。シャロン、安心しなさい」
「……はい」
力強い父の声と対照的に、私の返事は小さかった。侍女が亡くなった今、期待は出来ないと思っている。十七年という年月は長すぎる。
でも、声が小さい理由はそこではない。
マーコック公爵家のため……なんですね。
父が何より大切なのは“公爵家という器”なのかもしれない。
母を幽閉したのは醜聞を防ぐため。もし罰を与えたいなら、離縁のほうを選ぶだろう。父は母に怒りをぶつけ向き合うことよりも、公爵家の安泰を選んだ。
……これが高位貴族の正しい在り方なのかしら。
視線を落とし考えていると、声が聞こえた。
「……ン、シャロン、聞いているのか?」
ハッと顔を上げると、心配そうに私を見ている父がいた。俯いていたので怪我が痛むと思ったのかもしれない。私は努めて明るい声を出す。
「すみません、もう一度言ってもらえますか? お父様」
「ホワイト伯爵令息との婚約の件だが、シャロンの怪我が完治次第結ぼうと思っている」
「えっ……」
「何を驚いている。もうマーコック公爵令嬢はひとりだけなのだから、当然お前がケイレブと結婚する。いろいろあったが、それを払拭するような盛大な式をあげよう」
父は朗らかな笑みを浮かべている。私が喜んで従うと思っているのだろう。
私の気持ちは聞かないのですね……。
シャロンが言っていた台詞『シャロンという名の公爵令嬢ですわ。私でもお姉様でもなくて』を思い出す。
父はマーコック公爵令嬢という器の中身を入れ替えようとしているだけ。
政略結婚は貴族にとって当たり前。私もずっと父の手元で育っていたら『喜んでお受けします』と心から答えていたのかもしれない。……そんな自分は想像できないけど。
「ケイレブ様との婚約ですがお断りします、お父様」
毅然と答える私に、父は思いっきり眉根を寄せる。心底理解出来ないという顔をしていた。初めて見る表情だ。でも、私が知らなかっただけなのだろう。父との距離も縮まらないままだったから。
「娘の幸せを父が願って決めたことに、何の不満があるというのだ」
父の声音は険を含んでいる。
不満しかない。もし私の幸せを願ってなら、まず断る理由を聞くはずだ。でも、父は知ろうともしない。
言いなりになんかならない。
私はルークライを諦めない。
私だって鴉。彼に負けない執着心を持っている。
「お父様、私には心に決めた人がいます。その人と一緒に人生を歩んで行きたいと思ってます」
「お前はマーコック公爵令嬢なんだぞ! コリンヌの穴を埋めるのはお前の役目だ」
これが父の本音なのだ。
私はマーコック公爵令嬢の身代わりにはならない。
除籍を求めても首を縦に振ることはないだろう。シャロンに続けて私もだと父が恐れる醜聞に繋がるから。では、どうやって父を説得すればいいのか。
マーコック公爵家に対抗出来るのは王家くらいだ。どうにもならない時はタイアンの力を借りようと思う。でも、それは最後の手段。
私にはまだやれることがある。
身を乗り出す父に向かって私は胸を張る。ズキンッと左腕に鋭い痛みが走る。傷口が開いたかもしれない。約束を破って無理をしたと、タイアンに叱られそうだ。
彼は私のために叱る。でも、父はマーコック公爵家のために怒る。同じ父親でも天と地ほどの違いだ。
もし私が親になるときがあれば、タイアンを見習いたい。
「婚約を押し付けるのなら、今日知ったことを社交界で話題にします。紳士淑女の皆さまは大喜びではないでしょうか。美味しい話題ですから」
「……っ……」
父は迷っている、いいえ、必死に考えている。父親としてどう娘を説得すればいいかを。私はすかさず彼の天秤を傾けるために動く。
「私は王宮の鴉として生きます。マーコック公爵家にとってそれだけでも、十分に益となるはずです。醜聞を甘んじて受け入れるか、それとも名誉を取るか。お決めになるのはお父様です」
吠える鴉によって賽は投げられた。




