45.決別①
今更だけど母が一緒でないことに気づく。
私は父に連絡をしたけど、当然母も一緒に来るものだと思っていた。あんな別れ方をしたから、母は私に会いたいとは思っていないだろう。だけど、良き母の体裁を崩さないために来ると思っていたのだ。
私は気持ちを切り替えて、向かい合って座る父を見る。
「今日はお母様はいらっしゃらなかったのですね」
「二日前にアリソンは公爵邸を出立した。もう領地に着いている頃だろう」
「シャロンのことで心を痛めているのですね。静養にはお兄様が付き添っているのですか?」
母にとって義妹は理想の娘そのものだった。ショックが大きかったのだろう。
処罰が決定したあとすぐに兄から手紙が送られてきた。
私のことを心配していること、ルークライが意識を取り戻すことを祈っていること、それから領地におり見舞いに来られないことを謝罪していた。長くはなかったけど心が籠もった手紙で、ルークライにも読んで聞かせてあげた。
領地には兄がいると知っていたからそう聞いたのだが、父は私の言葉のすべてを否定してきた。
「いずれ分かることだから今、伝えておく。幽閉するために領地に送った。十七年前、彼女は取り返しのつかない過ちを犯したんだ。ノアとの接触も禁じている。シャロンも母に会おうとはするな」
父は厳しい表情でそう告げてきた。
シャロンが最後に言った台詞にも十七年前という言葉があった。偶然ではない。マーコック公爵家にとって、十七年前から連想するのは私の誘拐だけ。
たぶん、父はシャロンに教えてもらった秘密から何かを知ったのだ。
それが母の過ちなの……?
父を見ても、それ以上話す気配はない。どう聞けば話してくれるかと考えたけど、聞いたままを伝えることにする。
人は事実を突き付けられると、誤魔化せないと思うものだ。
「シャロンはお父様に秘密を教えたと言ってました。十七年前の真実に辿り着くはずだとも。私の誘拐と母の過ちは関係があるのでしょうか?」
「お前にも言ったのか、コリンヌは……」
父はここにいないシャロンに向かって嘆息し、指を使って首元を少し緩めた。良かった、話す気になったようだ。私は余計なことは言わずに父が話すのを待った。
「私の気持ちが落ち着いてから話すつもりだったが……。もう知っているなら話そう。だが、母を赦せなくなるぞ。それでもいいのか?」
「赦す赦さないは聞かなければ判断できません。それに自分に関することなのに、何も知らないままなのは嫌です」
私が頷くと、父は深く息を吸ってから重い口調で話し出した。
シャロンと地下牢で会ったとき、彼女は母の古い日記の隠し場所を背を向ける父に告げた。そして笑いながら泣き叫んだという。
「私は半信半疑だったが、コリンヌが告げた場所には日記があった。筆跡はアリソンのもので間違いなかった」
そこには、十七年前、母が元恋人と逢引していた時に私が攫われたこと。それを知られたら立場を失ってしまうので、攫われた時間を十五分間ずらしたこと。乳姉妹である侍女が口裏を合わせて助けてくれたこと。すぐに見つかると信じていたことなどが綴ってあったという。
――十五分間のズレ。
母の罪は重いのか、それとも軽いのだろうか……。
それがなかったら犯人は捕まっていたかもしれない。でも、あったとしても今と同じ結果になっていた可能性もある。
私にとってこの真実は、そうだったのかとしか思えない。
でも、母にとっては耐え難い重荷だったのだ。彼女が赦して欲しいと言っていたのは、乳母云々ではなく、本当は嘘を吐いたことだったのだろう。
赦せないとは思わないけど、赦しの言葉を掛けようとは思えない。きっと赦すという言葉を聞いたら、母は自分の愚行を都合よく忘れてしまいそうだから。
責めているのではないけど、背負って欲しいと思う。
犯人について書かれていると思っていたので肩透かしだった。私は残念だという口調で呟く。
「誘拐犯については書かれていなかったんですね……」
「書かれていなかった。だが、誘拐についての資料を纏めた物は我が家の書庫にある。それと日記の両方を精読してコリンヌは気づいたのだろうな。私もすぐに分かった。アリソンの罪は虚偽の報告をしたことだけではない。彼女は犯人のアリバイを作ったんだ」




