13.ショウタイ①
「大袈裟に言っているのかと思っていたけれど、王宮の鴉は鳴かないというのは本当だったのね。試すようなことをしてごめんなさいね、シャロン様」
ザラ王女はいたずらが成功した子供のように目を輝かせている。
貴族の子弟が通う学園を卒業したばかりの彼女は、まだ重要な公務を担ってはいない。当然、魔法士の警護がつくような暗殺の危険を伴う場面に立ち会ったこともなかった。
魔法士が任務中に無言を貫くことを、極々一部の者達は『王宮の鴉は鳴かない』と表現する。それをどこかで耳にしたザラ王女は、その真偽を確かめたかったようだ。
訳がわからず唖然としているシャロンと侍女達。
「まずは説明するわね」
王女は彼女達に私を呼んだ理由を説明し始めた。どうやら、彼女達は王女の同級生で学園ではとても仲が良かったらしい。道理で距離が近いはずである。
話し終えた彼女は屈託ない笑みを浮かべ、「本当にごめんなさいね」と私達全員に対してもう一度謝罪を口にした。
「でも、王宮に鴉の仕事ぶりを間近で見られて良かったでしょ? どうぞ、社交界で自慢してちょうだい。そして、シャロン様。あなたの仕事ぶりには感心いたしました。上にも素晴らしい魔法士だと伝えておきますわ」
王女はペロッと舌を出し、シャロン達から笑みを引き出す。そして、私へのフォローも忘れない。
王女の些細ないたずらを、この場にいる人達はみな笑っていた。……私以外は。
「感謝いたします、ザラ王女様」
魔法士として呼ばれたわけでないのなら、もう無言を貫く必要はない。
……そう、指名なんてなかったのだから。
だから、王女は王宮の鴉のときの通称である『リディア』ではなく、『シャロン』と呼んでいるのだ。
初指名に弾んでいたはずの心はもう萎んでいた。
彼女は天真爛漫なだけで、誰かを深く傷つけてもいない。……でも、私にとってはタイミングが悪かった。好きになれそうにない。
そんな私の心中など気づくことなく、王女は微笑みかけてくる。
「改めて招待するわ。お茶会にようこそ、シャロン様。遠慮なさらずに座ってくださいませ」
「ですが――」
「今日の午前中は予定がないはずよ。その枠は私の依頼で埋まっているもの」
王女は強引に私を椅子に座らせると、おもむろに席を立った。そして、控えていた侍女達にこの場から出ていくように指示する。
「では、姉妹水入らずでお茶会を楽しんでくださいませ」
「ザラ様、一体どういうことでしょうか?」
私が聞こうとしたことを、先に尋ねたのはシャロンだった。
これも王女のいたずらだろうか。だとしたら付き合いたくない。私が腰を浮かせると、王女は私の肩を押して立つことを許さなかった。
「シャロン、あなたは魔法士の姉が忙し過ぎて話す時間もないと嘆いていたでしょ? この時間は私からの贈り物よ。シャロン様、これは王女命令です。存分に私の親友を満足させてくださいませ。このあと大切な用事があるので、私は失礼しますわ」
有無を言わさぬ態度でそう言うと、王女は侍女達を引き連れ本当に庭園からいなくなってしまう。
本当に勝手……ではなく強引な人。
その場に残され唖然とする私とシャロン。先に口を開いたの彼女のほうだった。
「あの……、ザラ様の強引さはどうかと思いますが、言っていたことは本当です。お姉様とお話したいと思っていました」
「実は私もなの。聞きたいことがあって」
今日、私は家を出る前にシャロン宛の手紙をしたためていた。昨夜、ケイレブから聞いた話を確かめるためだ。まだその手紙は投函していない。それなら、今聞いてしまおう。
「聞きたいこととは何でしょうか?」
「ホワイト伯爵令息との婚約についてよ。単刀直入に聞くけど、あなたは彼と婚約するつもりはないの?」
ケイレブから聞いたとは言わなかった。酒癖はどうかと思うけど彼は悪い人とは思えない。そんな彼を窮地に立たせるつもりはない。
「お姉様のほうこそどうなのですか?」
探るような目で私を見ながら、シャロンは質問に質問で返してくる。
婚約に関して自分の気持ちを隠すつもりはなかったので、私は先に考えを伝えることにした。
「私は彼との婚約を望まないわ。もしお父様とお母様が勧めてきてもお断りするつもりよ」
「貴族は個人の意思よりも政略を優先するものです。お姉様は間違っていますわ。政略を受け入れるということは、家の繁栄に貢献するということ。それは国の繁栄にも繋がっていくのです」
シャロンにしては珍しく、諭すような強い口調だった。
彼女はマーコック公爵令嬢としての務めを私に果たして欲しいようだ。それなら、彼女が納得できる答えを私は持っている。
希少な魔法士を輩出した、それだけで家の名誉となる。ある意味、政略結婚以上の意味を持つと言っても過言ではない。政略結婚はお金で買えても、魔法士は買えない。
彼女が知らないはずはないのに、と思いながらも口を開く。
「魔法士として働くことはマーコック公爵家にとって有益のはずよ。貢献という意味では十分にしていると思って――」
バンッとがテーブルを叩く音が私の言葉を遮った。囀っていた鳥達が驚いて一斉に飛び立っていく。
叩いたのはあろうことか、シャロンだった。
彼女は血が繋がっていないのに、母によく似ていた。何気ない指の動き、笑う時の目元、おっとりとした口調、特に儚げな雰囲気がそっくりだと誰もが言っている。
……それらが一瞬で彼女から消えてしまっていた。




