表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

97/106

王の治療(3)


ブランザ公爵の手が伸び、少女の頭のメイドキャップをむしり取った。


「……!」


確信をもったように動いていたブランザ公爵は、しかし現れた少女の顔を見て怪訝な表情を浮かべた。


――助手の少女は、淡い赤毛の見知らぬ女だったからだ。


「……女、名は」

「は、はい。リ―リアと申します。何か無作法があったでしょうか」

「……」


おどおどとした様子で答える少女に、ブランザ公爵は舌打ちし興味を失ったかのように体を離した。


「失礼。人違いだったようだ」


口先だけの謝罪の言葉を口にし、ブランザ公爵はメイドキャップを投げ捨てると踵を返して去っていった。


……嵐が過ぎ去ったように廊下が静かになると、少女は無言のままキャップを拾いウルティオにコクリと頷く。それを受けてウルティオもまた皆を促した。


「今のうちに行きましょう」



***



国王の部屋まで入り、ウルティオが侍従を丸め込んで人払いをしたところで、やっと一同は息を吐き出した。


「……はあ、肝が冷えた」

「ええ、まさかブランザ公爵本人が乗り込んでくるとは予想外でした。――よくやった、カミラ」


その視線の先で、助手の少女に扮し髪色を赤く染めたカミラが頭を下げる。


「リリィ様をお守りするためでしたら、このくらい何てことありません」


そしてマリアンヌの後ろから駆け出してきた侍女に心配ないというように笑顔を向けた。侍女はそのままカミラに抱きついた。


「カミラ!ありがとう!」

「リリィ様がご無事で何よりでした。ウルティオ様の策のお陰ですね」


カミラに抱きつく侍女は、ラベンダー色の瞳を安堵で緩める。


「ええ、みんなのお陰です」

「本当に、話を聞いた時、初めは驚いたけれど無事にここまで来れて良かったわ。久しぶりに、あなたと話もできたしね」


マリアンヌの言葉に、彼女の侍女に変装していたリリティアは昨夜の事を思い出した。


昨夜、ウルティオの策でマリアンヌの侍女として王城に潜入することになったリリティアは、商家の馬車でマリアンヌの家であるリーデルハイト公爵家にマチルダと共に入っていた。

再会した途端に涙を浮かべて抱きしめてきたマリアンヌに、リリティアは胸が温かくなった。ウォーレン先生がウルティオだったこと、そしてこの1年をウルティオと一緒に暮らしていたのだと説明すれば、マリアンヌは目を輝かせて根掘り葉掘り話を聞きたがったし、リリティアもマリアンヌと殿下の話を聞きたかった。しかし時間は全く足りなくて、二人は全てが終わった後でたくさん話をしようと約束をした。

今朝はマチルダに変装を手伝ってもらい、私が守るわと気合十分のマリアンヌと共にウィルとは別経路でマリアンヌの侍女として城に登城したのだ。


(たくさんの人の協力でここまで来れた。きっと、陛下を治してみせる)


立ち上がったリリティアは、皆の視線を浴びながら真っすぐに寝台の上に眠る王の元へと向かった。

王は衰弱が酷く、呼吸も弱弱しいものだった。手をかざした途端、闇魔法の気配を感じてリリティアは眉をひそめる。


「父の病の原因は分かるだろうか?」


ジョルジュの問いに、リリティアははっきりと告げた。


「国王陛下にも、闇魔法がかけられています」

「!!」


リリティアの言葉に皆が表情を険しくさせる。


「くそっ!やはり父にまで……!」


ジョルジュはグッと拳を爪が食い込むほど握りしめる。その拳を、そっとマリアンヌが包んだ。ハッとジョルジュがマリアンヌを見つめる。


「大丈夫ですわ。きっと、リリティアが助けてくれます」

「はい!お任せください」


リリティアは力強く頷くと、王に向き直る。そしてその手に触れて祈る様に目を閉じた。


「光よ……」


触れたところから神聖な光が溢れ、リリティアと王を包み込んだ。

そして、今まで王族派の当主たちの治療で何度も経験してきたときのように意識が相手の精神の奥深くに入り込んでいった。



『……しろ……』

『次代の王の後見にブランザ公爵を指名しろ』

『侍従の渡す書類にサインを……』

『……従え……』


(……?この声、どこかで……)


相手を支配しようとする不気味に響く声が、不意にどこかで聞いた声と重なる。しかしその違和感に気が付く前に、リリティアはこちらを侵食するように手を伸ばす闇に意識を集中して力いっぱいの光魔法を解き放った。


「っ!」


光を浴びてボロボロと消滅していく闇にほっと気を抜いた一瞬、ギョロリとあるはずのない目玉がこちらを向いたような悍ましい気配を感じてリリティアは弾かれるように体を引く。


(なに?いつもと、何かが違う……?)


ゾッとしたリリティアが目を凝らすが、しかしその時にはもう闇は跡形もなく消え去っていた。



***



意識が戻りふらついたリリティアを、いつもの優しい腕が支えてくれる。


「大丈夫だったか、リリィ」


心配そうな真夜中色の瞳に、リリティアは緊張が解けてほっとした笑みで頷き返す。


(さっきの違和感の正体は分からない。でも、今は急いで次の行動に移らなければ時間がない)


リリティアはウルティオの手を借り姿勢を正すと、ジョルジュに向き合った。


「殿下、やはり陛下は次代の王の後見にブランザ公爵を指名するよう闇魔法がかけられていました」

「やはり……!」

「ですが、もうご安心ください。闇魔法の影響は排除できたはずです」


リリティアの言葉に、ジョルジュは安堵に瞳を潤ませると頭を下げた。


「リリティア嬢、父を治療してくれて、本当にありがとう」

「頭をお上げください、殿下。私は自分の出来る事をしただけですから」


慌てて首を振るリリティアに、ジョルジュは再度感謝を伝えて顔を上げた。

衰弱のある王はまだ目覚めてはいないが、きちんと対処すればもう命の問題はないだろう。リリティアは再度王の体調を診て今後の処方をジョルジュに伝えていく。すべてが終わったところを見計らい、廊下の気配を警戒していたウルティオが言葉を発した。


「リリィ、君はこの後マリアンヌ嬢と一緒にすぐに城を出るんだ。今回の事で貴族派が王の暗殺に乗り出す危険もある。俺はしばらく王城に滞在して暗殺を阻止する必要がある」

「……わかりました」


しっかりと頷いたリリティアの手を、ウルティオがそっとすくい取る。リリティアを見つめる真夜中色の瞳が心配に揺れている。


「ごめん、本当は直接俺がリリィを守れたら良かったんだけど」

「いいえ。ウィルこそ、どうかお気を付けてください」


リリティアもまた、心配で張り裂けそうな気持を押し隠してウルティオを見つめた。


知っているのだ。ウィルが私を守るために、自らが囮になって城に残ろうとしていることを。

この敵の手中にある王城の中で、敵の切り札ともいえる闇魔法へ対抗する唯一の手段である光魔法の使い手として乗り込むなど本当であれば自殺行為だ。さらに王の治療も成功させたとなれば、王やジョルジュよりも暗殺の危険度が増すだろう。それを一手に引き受け、私を確実に脱出させるためにウィルは策を用意し自らが矢面に立った。


(本当は、そんなことして欲しくない。でも、私がここに居てもウィルの足手まといになってしまう)


リリティアは胸元で両手を握りしめる。


(それに、約束したから……。ちゃんと、自分の命を一番に守るって。――それが、ウィルが何より望んでいることだから)


「ウィル、リーデルハイト邸で、マリアンヌ様と待っています。だから心配しないで」


リリティアの言葉に、ウルティオはほっとしたように瞳を緩めるとリリティアを引き寄せ抱きしめた。離れがたいというように強く強く抱きしめられた短い抱擁の後、ウルティオはリリティアをマリアンヌに託す。


「マリアンヌ嬢、どうか、リリィをお願いいたします」

「任せてくださいませ。公爵家の精鋭を連れて来ていますから馬車での移動も心配いりませんわ。リリティアは、リーデルハイトの名にかけて絶対に守ってみせます」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ