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再会(2)


***



「はあ……。確かに学園の舞踏会前にリリティア嬢の事を調べさせた時にウォーレン・リドニーについても報告を受けていたが……。まさか、それが変装していた怪盗で、学園に潜入していたとは……」


ウルティオからこれまでの経緯の説明を聞き、やっと現状を受け止めることが出来たジョルジュは疲れ切ったような表情で大きなため息を吐いてソファに沈み込んだ。


「……まあ、よい。なにはともあれ、リリティア嬢が無事で良かった。マリアンヌもずっと心配していたからな」


穏やかな笑みを見せるジョルジュに、リリティアは心からの感謝を述べた。


「ありがとうございます、ジョルジュ殿下。あの、マリアンヌ様にも、心配ないとお伝えいただけますでしょうか」

「もちろんだ。きっとすぐにでもリリティア嬢に会いに行きたいと言い出すことだろう」


マリアンヌを思っているのか優しい表情でジョルジュは語る。この一年で、二人の間にも何か変化があったのかもしれない。それはきっと良い変化だったのだろうと、リリティアは安堵の息を吐く。真っすぐで凛とした友人を思い浮かべて、リリティアもまた笑顔を浮かべた。



「ところで殿下、危険を冒してまでお忍びで侯爵家へやって来るなど……。一体、医師に何を聞こうとしていたのですか?」


ウルティオの言葉に、ジョルジュはグッと唇を噛んで表情を険しくさせた。


「……長く臥せっている王族派の当主たちを回復させたという医師に、……父の病状を、診てほしかったのだ」

「国王陛下の?」

「確か陛下は、心を病んで引きこもっているとの噂が……」


レイト侯爵の言葉に、ジョルジュは頷く。


「そうだ。父は、王妃である母が毒殺されて以降気力を失ったように部屋に引きこもってしまった。何度も話をしようと試みたが、侍従に私と話すことはないと伝言を伝えられ追い返されるばかり。何とかしたいと思っていても、父の公務の穴埋めに忙殺され、手をこまねいているうちに時間だけが過ぎてしまった。しかしこの前、久方ぶりに父を見舞うことが出来たのだ」


ジョルジュは金の瞳を暗く陰らせる。


「数年ぶりに見た父は……もう、見る影もないほどにやせ細り、僕を認識することもなかった。暗い瞳でどこか遠くを見るだけで……。医師は、心の病であり治療の仕様もないと言った。しかし、僕は納得できなかったんだ。父は、確かに母を亡くして悄然としていたが、それでも国民を見捨てて貴族派に国を明け渡すような人ではなかったはずなんだ。何か薬が使われているのではないかと……今更だが、貴族派の息のかかった医師ではなく、信頼できる医師に父を診てもらいたいと考えていた。手遅れになる前に。――そこに、王族派の当主たちを回復させた優秀な医師の噂を聞いてやってきたんだ」


ジョルジュの話す国王の状態に、ジョルジュ以外の三人はひゅっと息を呑む。


「陛下のご様態がそこまで悪かったとは……。それに、まさか、陛下も闇魔法が使われている可能性が……?」


レイト侯爵の言葉に、ジョルジュは首を振る。


「分からない。あの時の状況から、心を病んだだけだと言われても否定はできない。しかし、そうだとしてもこのまま手をこまねいて父の状態が悪化し最悪死んでしまえば、もう取り返しがつかないほどに貴族派に王権を握られてしまうだろう。回復の可能性がひとかけらでもあるのならば、それに賭けたいのだ」


ジョルジュの言葉に、全員が深刻な表情で黙りこくった。

ジョルジュが得た情報によれば、現国王の死去に伴い次代の王の後見としてブランザ公爵に国政の多くの決定権が与えられるという書類が作成されていたらしい。それが実現してしまえば、もはやこの国は貴族派のものとなると言っても過言ではない。国王が自らの意思でサインした証拠はないと訴えたところで、国王に侍る侍従長などの貴族派の手先たちは確実に王の署名であると主張するだろう。そしてこちらにはその証言を否定する証拠は出せないのだ。

また、近衛騎士たちに守られていたはずの国の頂点たる国王にまで術がかけられていたかもしれないというのも、とても恐ろしいことだった。いまだ闇魔法の発動条件が分かっていないことに危機感が募る。

闇魔法にかかった者の今までの症状を見るに、自由自在に相手を操ることが出来ないと言うのは不幸中の幸いだったが、術者の指示に抗おうとすればするほど意識を闇に囚われ昏睡状態に陥る。だからだろう、術者が行う指示も一つか二つに絞られているようだった。それでも、相手の意思を奪い操る術はとんでもない脅威だ。たまたま当主たちが強い抵抗をしていたから昏睡にまで陥っていたが、早々に抗うことを止めた者がどのような状態になるのか分からない。身近な者が意識を奪われ、突然凶行を起こす可能性だってあるのだ。何よりも、それに対抗する術は光魔法だけ。リリティアに何かあれば、もう意識を闇に囚われたまま回復することが出来ない。リリティアを死守することは、ウルティオはもちろん王族派当主たちにとっても共通認識だった。

しかし、このまま国王が亡くなってしまえばこの国の実権が貴族派に握られてしまう。国王の治療もまた、国の未来を左右する急務なのだ。


「リリティア嬢、国のため――国王を……父を、診てもらうことは可能だろうか」


闇魔法の影響があるかどうかの判断も、光魔法の使い手であるリリティアにしかできないことだ。リリティアが王城に行く以外に方法はなかった。

苦渋の決断をした表情で助力を乞うジョルジュに頷こうとしたリリティアを、しかし険しい表情のウルティオが遮る。


「待ってください。最近になって殿下に陛下の状態を伝えたのは、貴族派が闇魔法の治療を行える者を王城に誘き出すための罠である可能性があります」


ウルティオの言葉に、リリティアたちはハッと顔を引き締める。

そうだ、ジョルジュが国王に面会できるようになったのは、リリティア達が王族派の当主たちの治療を始めた頃と一致する。国王の侍従が貴族派の指示でジョルジュを国王に会わせた可能性は高かった。

闇魔法を使い国を操ってきた貴族派にとって、その治療を行える者は何としても排除したいはずだ。ジョルジュが王族派に接触し助力を乞えば、王族派はほぼ確実に陛下の治療のためにその医師を城へ派遣する。それを狙っているのかもしれない。城に誘い込めれば、あとは暗殺者を手配するまでもなく、その者に国王への傷害罪などの冤罪をかけ簡単に捕らえることができるのだから。


「何の対策もせずにリリィをそんな危険な場所へ行かせることはできません」

「しかし、ではどうすれば……」

「ウィル……」


頭を抱えるジョルジュに、顎に手を当て考えを纏めていたウルティオは口を開いた。


「……今まで、当主たちの治療をしていた者は男の医師だと噂を流してきました。さらに、そこにもうひとつの情報を流します。それから――マリアンヌ嬢に、力を貸してもらいましょう」

「マリアンヌ様に?」


驚くリリティアに真っ直ぐな視線を向け、ウルティオが頷く。


「うん、陛下の治療の為に、リリィとマリアンヌ嬢の力を貸してもらいたいんだ」

「!……はい!私にできる事なら、なんでも言ってください!」


信頼の籠った真夜中色の瞳に、リリティアは花が咲いたような笑みを浮かべて頷いた。



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