再会(1)
「リリィ、大丈夫か?」
「はい」
移動中の馬車の中で、ウルティオが心配そうにリリティアの顔を覗き込む。
ここ数日はシュルス伯爵家からはじまり、いくつもの貴族家へと治療のために訪れていた。連日の治療で疲労感はあるけれど、魔力も意識を失うほどではない。心配性のウィルが計画を変更しようと言い出す前に、リリティアは問題ないと笑顔で頷いた。
「リリティア嬢、君にばかり負担をかけてしまい申し訳ない」
レイト侯爵が頭を下げるので、リリティアは慌てて首を横に振った。
「頭をお上げください。私が望んでしていることです。レイト侯爵が頭を下げられることはありません」
「しかし、貴女のお陰で多くの盟友を救うことができた。本当に、心から感謝している」
レイト侯爵とウルティオの情報網を駆使し、王族派当主の治療は異例の速さで進められた。情報が漏れないように注意はしているが、これだけ広範囲に動き回っていればどこかから情報が漏れてしまうのは必定。そのため、ウルティオはわざと青年の医師として存在感を印象付けるように動いていた。リリティアの存在を知らせるのは各家門の当主と嫡子のみ。リリティアの情報以外は、むしろ積極的に流れるように噂を操作していた。もしも治療を阻止しようとする者が現れたとしても、決してリリティアにその刃が向けらることがないように自身を囮とするためだ。
「そういえば、本日は午後から王城の使者がやってくるとか?」
「ああ。少しでも陛下の状況も把握できればと回復の報告と共に謁見を申し込んだところ、王城側から見舞いに使者を送るとの返答があったのだ」
そのため、現在ウルティオ達はレイト侯爵家へ戻っているところだった。
王城の現状を鑑みれば、使者は貴族派の間者である可能性が高い。レイト侯爵を治療した医師について探りを入れられることを考え、ウルティオも別室で待機することになった。
レイト侯爵家に着き馬車から降り立ったウルティオの肩に、藍色の鳥が降り立つ。鳥の足には、小さな紙片がくくり付けられていた。
紙片を開きその内容を読んだウルティオが、目を見開く。
「!レイト侯爵、今回使者として訪れたのは……」
ウルティオの言葉の途中で、屋敷からアンネリーゼが飛び出してきた。
「お帰りをお待ちしておりました、お祖父様!それに、リリティア先生、ルーベンス様も!」
「どうしたのだ、アンネリーゼ。そんなに慌てて」
酷く狼狽えているアンネリーゼは、慌てたように三人に駆け寄ってきて矢継ぎ早に告げる。
「先ほどやって来られた使者の方なのですが、それが、それが……」
「……王太子殿下だったのですね?」
言葉を継いだウルティオに、アンネリーゼは驚いたように目を見開く。そして、コクコクと首を大きく縦に振ったのだった。
***
「殿下!」
客間に駆けこんだレイト侯爵に、窓へと顔を向けていた使者――王太子ジョルジュが振り返った。
「久しいな、レイト侯爵」
レイト侯爵はすっとジョルジュの前に膝を折り、深く頭を下げた。レイト侯爵がジョルジュを最後に見たのはまだ幼い頃であったが、今もその面影は残っている。
「本当に、お久しぶりにございます。そして長らく何のお力にもなれなかったばかりか、亡きルーベンス公爵の代わりに守らなければならなかった司法院を貴族派に明け渡すという失態、お詫びのしようもございません」
首を差し出すようなレイト侯爵の様子に、ジョルジュは安堵したような笑みを浮かべて侯爵の肩に手を置いた。
「……安心した。侯爵は、今も変わらず王家に忠誠を誓ってくれているのだな」
「信じてくださるのですか?」
「ああ。今の其方の様子を見て確信した。よくぞ、回復してくれた。心から嬉しく思う」
「殿下……」
感極まった様子のレイト侯爵は、グッと再び深く頭を下げた。
「今日は、お忍びでいらっしゃったのですか?」
「ああ、貴族派の手に落ちた王城だが、それでも少しだが味方はいる。その者たちの力で、なんとか抜け出してきたのだ。……どうしても、其方に聞きたいことがあった」
「何なりとお聞きくださいませ」
レイト侯爵の言葉に、ジョルジュはゆっくりと頷く。そして静かに口を開いた。
「其方を治療した医師に、話を聞きたいのだ」
「ジョン医師に……でございますか?」
「ジョン医師というのだな。彼に会うことはできるだろうか?彼は、他の王族派の当主たちも治療していると聞いている」
「失礼ながら、なぜジョン医師に?王城には腕の良い専属医師がいるはずですが……」
「それは……」
ジョルジュが言葉を詰まらせた時、続きの間に繋がる扉からノックの音が響いた。レイト侯爵の了承の言葉で入って来たのは、金髪の端正な容姿の白衣の青年と助手であろう少女。
ドアを閉めた侯爵は、場を譲る様に困惑気味のジョルジュの前に青年を出す。彼は美しい作法でジョルジュに頭を下げた。
「初めまして、ジョルジュ殿下。私が治療を行っております医師にございます」
「そして……」と頭を上げた彼は、おもむろに金髪のウィッグと眼鏡を取り去りジョルジュに向かって笑顔を浮かべた。
「お久しぶりにございます、殿下」
漆黒の髪と素顔を曝したウルティオに、ジョルジュは信じられないというように目を見開いた。
「!!……ウィ、ウィル兄⁈」
「はは、随分と懐かしい呼び名ですね」
「よ、呼び名などどうでもいい!ウィル兄……じゃない、ウィリアム!お前、今までどこにいたんだ!僕とマルティンが、どれだけお前を探したか……!」
「申し訳ありません。しかし、罪を犯したとして処刑された当主の息子が殿下の側に参ることはできませんでしたから」
当時から、すでに王城は貴族派の手中にあった。ジョルジュがウィリアムを庇おうとすれば、貴族派からの非難は免れないどころか意に添わぬ動きをする王太子を邪魔に思い命を狙われた可能性もあった。ジョルジュを守るためにも、ウルティオは彼に繋ぎをとることはできなかったのだ。
「っ……。分かっている。僕では、お前を庇う力はなかった。前ルーベンス公爵が冤罪であることが分かっていても、僕が動けば命を狙われていただろう」
「殿下……」
悔しげに拳を握るジョルジュは、しかし俯いていた顔を上げる。
「これまで、僕では想像もできないほどの苦労をしてきたのだろう。何も力になれなかった僕が今さら何をと思うかもしれないが……。――それでも、生きていてくれて、僕は嬉しい」
真っすぐなジョルジュの言葉に、ウルティオは弟を見るような瞳で微笑んだ。
「ありがとうございます、殿下。それに、学園の舞踏会ではお願いを聞いてくださりありがとうございました」
ウルティオの言葉にジョルジュはハッとしたように身を乗り出した。
「そうだ!お前、リリティア嬢の行方は分かっているのか⁈怪盗に攫われたんだぞ!他国にでも連れていかれていたらどうする!それにあの容姿だ、もしも怪盗に不埒な真似をされていたら……」
深刻な表情のジョルジュに、しかしウルティオは思わずと言ったように苦笑いを浮かべた。
「な、何を笑っている!俺がどれだけ心配していたと……!お前の、大切な人なのだろう……?」
怒った表情を浮かべるジョルジュは、本気で心配してくれているのが分かった。ウルティオは笑いを引っ込めると真摯に謝った。
「心配をおかけして申し訳ありませんでした。彼女は無事ですよ」
「良かった!お前が保護しているのだな。よくぞ悪名高い怪盗から取り戻せたものだ。さすがだな」
安堵の表情で息を吐くジョルジュの賛辞に、ウルティオは少し目を逸らしながら頬をかいた。
「と、言いますか……。彼女を攫ったのは、俺なので」
「…………は?」
情報の処理が追い付かないとでもいうように呆けた表情を浮かべるジョルジュに、ウルティオは開き直ったように笑みを浮かべると側にいたリリティアの肩を抱いた。
「俺が、このリリティア嬢を盗み出した怪盗ウルティオなんですよ、殿下」
「……あ、あの、お久しぶりにございます、殿下。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
あんぐりと目と口を開けてこちらを凝視するジョルジュに、リリティアは申し訳なさそうに頭を下げたのだった。




