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王都へ


王都にあるとある貴族家の門を、立派な馬車が通過する。その馬車には、ここ十年ほど社交界どころか王都にも顔を出すことのなかったレイト侯爵家の家紋が刻まれていた。

 

ゆっくりと本邸の前で止まった馬車から、しっかりとした足取りでレイト侯爵家当主であるワーグナー・レイト侯爵が降り立ち、その後ろから白衣を着た青年が下りてくる。青年は長い金髪をゆったりと結び、整った顔立ちに眼鏡をかけた姿はとても知的な印象を与える。髪色も相まってまるで王族のように存在感のある青年だった。

その青年は自らが出てきた馬車を振り向くと、中に手を差し出した。その手にほっそりとした少女の手が重ねられる。


「足元に気をつけて、リーリア」

「はい、ジョン先生」


淡い赤毛を後ろできっちりと結い、侍女のような服装の上にコートを羽織った眼鏡の少女は、地面に降り立つと青年に小さく笑顔を浮かべる。その手には治療道具と思しきバッグを持っており、助手かなにかだろうと貴族家の使用人たちは考えた。


「ああ!レイト侯爵様!本当に回復なされたのですね!」


その時、屋敷からひょろりと背の高い30代手前ほどの年齢の男性が駆け寄って来た。感激からか、その瞳は潤んでいるように見える。


「おお、君はルーク君かい?懐かしいな、随分と立派になって」

「はい!お久しぶりでございます。まさか、本当にこのようにお元気な姿が見れますとは……!」


涙目で話すこの男性は、ルーク・シュルス。王族派のシュルス伯爵家の嫡男だ。シュルス伯爵家もまた当主の不在と貴族派からの圧力で、社交界から距離を置かざるおえなくなっている家門だった。


「父が倒れてから、家を維持するのに精いっぱいで……。何もお力になれず、本当に申し訳ありませんでした。……父が、まさかあのような貴族派に有利な約定にサインするなんて……」


シュルス伯爵は隣国との貿易を一手に引き受けていた裕福な家門だった。伯爵家でありながらも大きな発言権を持ち王族を支えていた家門なのだが、12年前に当主がその貿易網を貴族派に明け渡す書類にサインしてしまい、その力を著しく落としている。その王族派を裏切るような父親の所業を、ルークは今も信じられないでいた。


苦悶の表情で俯くルークの肩を、レイト侯爵が支える。そして周りに漏れないような音量で伝える。


「そのことで話がある。伯爵の治療の際には、人払いを」


ピクリと反応したルークは、静かに頷いてから体を起こした。

レイト侯爵が、何事もなかったように声量を戻して後ろの青年を紹介する。


「彼が私を治療してくれた隣国の医師であるジョン先生だ。長年臥せっていた私を治してくれた非常に腕の良い方でね。是非伯爵の治療に紹介したかったんだ」

「お初にお目にかかります。ガイル国のジョン・バリュセルと申します。彼女は助手のリーリア。どうぞよろしくお願いいたします」


青年の後ろで、少女も小さく頭を下げる。ルークはちらりとレイト侯爵に視線をやってから頷いた。


「それでは、早速ですが、父の部屋へご案内します」

「お願いいたします」


ルークに人の好い笑みを向けたのち、青年は真夜中色の瞳をちらりと後ろへ向けた。その視線を受け、少女は小さく頷いて眼鏡の奥のラベンダー色の瞳で見返した。



***



「人払いをありがとうございました、シュルス様」


シュルス伯爵の寝る寝室にて人払いをした途端、レイト侯爵は場を譲るようにジョン医師――ウルティオを前に出した。雰囲気をがらりと変え瞬時に場を仕切るウルティオに、ルークは目を見開いた。


「君は……ただの医師ではないんですね?」

「彼は12年前に冤罪で処刑された元ルーベンス公爵のご子息、ウィリアム君だ」


レイト侯爵の言葉に、ルークは「本当ですか⁈」と驚いたような声を上げる。


「はい。人払いをお願いしたのは、使用人の中に貴族派と繋がっている者がいる可能性があるからです。これから先の治療は、外に漏らす訳にはいきませんから」


その言葉に、ルークは瞬時に真剣な表情に戻す。


「ずっと、おかしいと思っていたのです。主だった王族派の当主だけが原因不明で臥せっている。ですが、医師は病でも毒でもないとしか……。原因が、わかったのですね」


ルークは身を乗り出すようにウルティオに尋ねる。

伯爵の側に静かに佇んでいたリーリアは、真剣な瞳でウルティオに頷きを返す。それを受けて、ウルティオはルークへ向かって口を開いた。


「レイト侯爵と同じく、伯爵も闇魔法の影響を受けています」

「闇魔法⁈」


驚くルークに、レイト侯爵も重々しく頷く。


「私もずっと、精神を闇に囚われていた。王族派を裏切れ、司法院を明け渡す書類にサインをしなければと頭の中に絶えず声が響いてくるのだ。それに抗えば抗うほど、意識は闇に囚われ抜け出せなくなっていった。おそらく、シュルス伯爵も同じように闇魔法に操られ囚われているのだろう」

「そんな……。意思を操るなんて、そのような恐ろしい術が……」


ショックを受けるルークは、しかしハッと希望を見出したかのようにウルティオを見つめた。


「ウィリアム様は、対抗する術をお持ちという事ですね⁈」

「今のところ、闇魔法に対抗できるのはただ一つ――」


そう言って視線をベッドの横に佇むリーリアに向ける。つられるように、ルークも彼女に視線を向けた。


「光魔法だけです。彼女が、その唯一の使い手です」


ルークの視線の先で、リーリア扮するリリティアは美しい所作で頭を下げた。



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