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束の間の休息(2)


日が暮れてから始まった収穫祭は、たくさんの色と光が溢れリリティアを迎えてくれた。

ここは海岸沿いの町のためか、道中に飾られているランタンは海を連想させるような青や水色の色ガラスが多く使われていて、暗くなってきた街中を幻想的に彩っている。

花屋の屋台には色とりどりの花々が溢れ、たくさんの屋台や土産物屋が並んでいた。


二人は束の間の穏やかな時間を噛みしめるように、収穫祭を心から楽しんだ。

二人でクレープを分け合い、旅の劇団の芝居を観劇し、土産物屋を見て回っては踊りの輪に混ざってくるくると回る。

見つめ合い笑い合う二人の手は、ずっと繋がれたまま離れることはなかった。



「ウィル、このクッキーとても美味しいです」


街の祭りの名物だと言う貝殻の形のクッキーに、リリティアは顔をほころばす。ウルティオにも食べてほしくてクッキーを一つつまんで向き直れば、彼はすっと顔を近づけてリリティアの手から直にクッキーを食べてしまった。


「うん、美味しいね。でも、リリィが作ってくれたクッキーの方がずっと美味しいかな」

「ウィル!外でこんな事……」


あわあわと頬を染めるリリティアを、ウルティオは愛おしそうに見つめた。


「いや、むしろ家の中でこそできないよ。可愛い恋人が家にいてくれて二人っきりの状態なのに、あんまり可愛い表情をされたらタガが外れちゃうから」


最近はほんとに危ない……とぼそりと呟いたウルティオは、おどけたような物言いなのにその瞳は思いのほか真剣で……。リリティアは目を逸らすことができなかった。

吸い込まれそうな真夜中色の瞳に頬を染める自分が映る。


「俺は……」


ウルティオが何かを言いかけた時、すぐ近くでワッと歓声があがる。その直後に、空からパーンと大きな音が響いてきた。

驚いたように振り返ったリリティアの目に飛び込んできたのは、夜空に咲く色鮮やかな大輪の光の花。


「花火……」

「…………あー、花火の時間を忘れていた」


顔を覆ったウルティオは、しかし美しい花火に目をキラキラとさせているリリティアの表情を見るとふっと愛おしげに笑って手を引いた。


「こっちに来てごらん。特等席に案内してあげる」


ウルティオに素直に手を引かれるまま、リリティアは人通りの少ない道に入っていく。そして誰も周りに人がいないのを確認すると、ウルティオに横抱きに抱き上げられた。


「ウィル⁈」


驚くリリティアに片目をつぶり、ウルティオはニコリと笑う。


「ちょっと飛ぶからつかまってて」


そう言うが早いか、タンッと地面を蹴りあげると風の魔力を纏って夜空に飛び上がった。

ぎゅっとウルティオに抱き着いていたリリティアは、眼下に広がる光景に目を見開いた。


「すごい……!星の海みたい……!」


星の煌めく夜空のもとに、街中に飾られたたくさんの青いランタンの光が宝箱から零れ落ちたかのように散らばっている。その夜空には絶え間なく色とりどりの花火が咲いては消え咲いては消えてを繰り返す。そしてそれらの光は余す所なく沿岸の海に映り込み、波と共にゆらゆらと輝き続ける――。

まるで海の中を揺蕩いながら光の花に囲まれているような、そんな夢のような光景にリリティアは夢中で見入っていた。




「よっと」


二人が降り立ったのは、街で一番大きな鐘楼の上だった。

誰よりも空に近いところで花火を見ることの出来る特等席に、リリティアはあふれる笑顔で隣のウルティオを見上げる。


「ウィル、素敵な場所に連れて来てくれてありがとうございます」

「リリィがこんなに喜んでくれるなら、もっと夜の空中散歩に誘っていれば良かったな」


優しく笑うウルティオは、風があるからとリリティアを引き寄せ、すっぽりと腕の中に抱えて鐘楼の屋根の上に腰を下ろした。


「これなら寒くないでしょ?」

「はい、あたたかいです」

「良かった」


穏やかに笑い合った二人は、しばらく静かに寄り添いながら美しい花火を見つめていた。


温かな腕の中で、リリティアはふとウルティオを見上げる。漆黒の艶やかな髪と端正な容姿を、花火の光が幻想的に浮かび上がらせている。

先ほどの真剣な瞳を思い出し、とくりと心臓が高鳴った。


リリティアの視線に気づいたウルティオが、完璧に整った表情を崩してふわりと愛おしげに微笑む。


「どうしたの?」


リリティアにだけ向けられる優しい笑顔。

その表情は、自分を何より大切なものなのだと、何より愛おしいものなのだと伝えてくれる。その笑顔を、ずっとずっと、隣で見ていたいと強く願った。


優しい声に促されるように、リリティアは心に浮かぶ願いを口にする。


「……ウィル、また、約束をしてもいいですか?」

「なぁに?」

「来年もまた、一緒に収穫祭に来たいです」


リリティアの願いに、ウルティオは嬉しそうに破顔した。


「ああ、もちろん!来年も再来年もその先も、これから毎年、二人で来よう。約束だ」

「……はい!」


当然のように頷いてくれたウルティオに、リリティアは花が咲いたような笑顔を浮かべる。そんなリリティアの頬に優しく手を添えて、ウルティオがラベンダー色の瞳を覗き込んだ。

真夜中色の瞳に真剣な光が宿る。


「……リリィ、俺も、約束が欲しいな」


熱い想いを閉じ込めたような真剣な瞳と静かな声に、リリティアは瞳を瞬かせる。しかし迷うことなく「はい」と笑顔で頷いた。ウィルのお願いなら、なんだって叶えたいと思うから。


するとまるで宝物のように優しく左手の指先を掬い取られて、その薬指の根元にそっと口づけが落とされた。


「もう少しで、すべての片がつく。――だからリリィ、全てが終わったら……ここに、指輪を贈らせて」

「っ!」


リリティアは時が止まったかのように目を見開いて固まった。やがてじわじわと、ウルティオの言葉が体に沁み込んでくる。


ーーここオルティス王国では、プロポーズに左手の薬指に指輪を贈るのが慣習だ。


(きっと、全てが終わるまでは、こんな事、言ってくれるとは思わなかった……。ずっと一緒にいてくれると約束してくれたけれど、本当に危険な時には私だけでも逃がそうと思っている人だから。なのに……)


リリティアを見つめる熱い瞳に、触れ合う手のひらの熱に、胸がぎゅっと締め付けられる。

泣き出しそうなほど幸せで、それでも、いまだに自分に自信を持てない心がとっさに顔を覗かせてしまう。


「本当に、私で、いいんですか?」


だって、もし貴族派の罪を暴いてウィルのお父様の無実が証明されたら、ウィルは正統な嫡子として王族に次ぐ公爵家の当主となる可能性が高い。私の今の身分は平民だ。公爵となるウィルには到底釣り合わない。それに、もしも私に奴隷紋があることがバレたなら……。


落ち込みそうな思考を引き上げたのは、迷いのないウィルの声だった。


「当たり前だよ。俺は、リリィしかいらない。ボロボロの子供を何の見返りもなく助けてくれて、こんな犯罪者でもある怪盗さえも助けてくれた、昔から変わらず優しくて、いつも人を助ける事に一生懸命な、そんなリリィだけが欲しいんだ。リリィのいない未来なんて、俺には何の価値もない」


何のためらいもなく言い切ったウィルの瞳を見れば、本気で言っているのが良く分かった。きっと私が奴隷紋のせいで社交界からは距離を置きたいと願ったなら、ウィルはせっかく取り返した爵位を捨てても私を連れ出してくれるのだろうと、簡単に想像できた。


……そんなウィルだからこそ、力になりたい。

たとえどんな場所に立つことになったとしても、彼に付いて行きたい。彼の隣に相応しい自分になりたいと願ってやまないのだ。


「本当は、ちゃんと全てのカタがついて、堂々とリリィにプロポーズできる立場を得てから伝えたいと思ってたんだ。リリィを、誰よりも幸せにできる地位を得られたらって。――でも、今、伝えたくなった。リリィが、明るい未来を信じさせてくれたから。復讐だけじゃなく、幸せな未来のために戦いたいと思えるようになったから。

……それに、リリィは例え俺が地位も金も失って一からやり直す事になったとしても、ついてくるって言ってくれそうだからね」

「当然です!」


リリティアの食い気味の返答に、ウルティオはとても嬉しそうに笑顔をこぼす。そして再びリリティアの左手に唇を寄せた。


「ねえリリィ。俺の願いを叶えられるのは、リリィだけなんだ。俺の願いを、叶えてくれる?」


真っすぐに見つめてくる真夜中色の瞳。

嬉しくて、苦しくて、泣きだしそうなくらい、幸せで胸が満たされていく。


「はい……!」


夜空に咲く花の光も霞むほどに輝く笑顔で頷いたリリティアを、ウルティオは幸せを噛みしめるように強く強く抱きしめた。


「怪盗の名に懸けて、リリィに似合う世界一の指輪を贈るから」

「ふふ、どんな指輪でも、ウィルが贈ってくれたものなら私にとって何より価値のある宝物になります」

「っそうか」

「はい、そうなんです」


笑い合う二人は最後の花火が空に花を咲かせる中、二人きりで誓いの口づけを交わした。

これからどんな困難が降りかかったとしても、決してお互いの手を離さないように、強く強く手を繋ぎながら。



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