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束の間の休息(1)


レイト侯爵との話し合いで、王族派の当主たちの治療を行う計画が決まった。

奇跡的に回復したレイト侯爵が他の王族派の当主を見舞いに行くという筋書きで、その訪問に変装したリリティア達が身分を隠して同行し治療を行うことになったのだ。


レイト侯爵は自身の回復を秘密裏に王族派に伝え根回しを行ったり、現状を把握したりするために忙しくなり、その補佐をすることになるアンネリーゼも授業どころではなくなってしまう。そのためこちらも計画の準備を行うため、リリティアはウルティオとともに拠点の街へ戻って来ていた。



「リリィ様!ご無事で良かったです!」


リリティアの顔を見た途端に、カミラは目に涙を浮かべて抱き着いてきた。カミラはリリティアが潜入を行うと聞いた途端、自分も同行すると言ってきかなかったのだ。とても心配をかけてしまっていたことが分かり、リリティアはカミラをギュッと抱きしめる。


「心配かけてしまってごめんなさい、カミラ」

「リリィ様、本当に、よくぞご無事で……」


感極まったようにカミラを抱き締めるリリティアをカミラごと抱きしめたのは、マチルダだ。彼女もまたリリティアをずっと心配してくれていた。


「ご無事のお帰り、安心しました。デイジーも、ずっと心配していましたよ」

「姐さん、お帰りなさい」

「嬢ちゃん、よくやったな」


コナーとガスパル、そしてブレダもリリティアを心配して隠れ家までやってきていた。実は他にも組織のリリティアを慕う者たちもやってきたがっていたのだが、大人数になると家がいっぱいになってしまうからとガスパルが止めていたのだった。


「ただいま帰りました!」


リリティアは集まった皆に心からの笑顔を浮かべた。仲間のもとに帰ってこれたのだと、そう思えることが嬉しかった。




皆としばらく話をした後、リリティアは久しぶりの自分の部屋に入りほっと息をついた。

不在中はカミラが掃除をしてくれていたのか、部屋は綺麗に整えられており花瓶には可愛らしい花も飾られている。美しいカットの施された淡い色ガラスの花瓶は、以前ウィルとお出かけしたときに買ってくれたもの。可愛いなと思って見ていただけなのに、いつの間に買っていたのか帰って来た時にプレゼントしてくれたのだ。机の上の繊細な装飾の施された花の形のランプも、美しいガラスペンも、可愛らしいお菓子の缶たちも……。すべてリリィが好きそうだからと、ウィルが買ってくれたもの。

数えればきりがないくらい、この部屋にはリリティアの宝物が詰まっている。


宝物を一つ一つ手に取り思い出を懐かしんでいたリリティアは、ノックの音に顔を上げる。


「リリィ、少し落ち着いた?疲れは出てない?」


入って来たウルティオに、リリティアは笑みを浮かべる。


「はい。一か月も経っていないのに、なんだかすごく久しぶりに帰って来たような、少し不思議な気がします。やっぱり、家が一番落ち着きますね」


リリティアの言葉に、ウルティオは面映ゆそうな顔で笑う。リリティアが自分の家を帰ってくる場所だと思っていてくれることが嬉しいのだ。

リリティアの隣に座ったウルティオは、愛おしげにリリティアを覗き込む。


「リリィ、もし疲れていなければだけど、良ければ今夜、収穫祭に行かないか?」

「え?……あ!もうそんな時期だったのですね」

「はは、ここのところバタバタしていて気づかなかったでしょ。街では今夜の収穫祭の準備で屋台や飾り付けで騒がしくなっているよ」


リリティアは侯爵邸から連れ出してもらって生まれて初めて巡った王都の収穫祭を思い出した。


「もう、あの日から1年が経っているのですね」

「言っただろう?来年も連れてきてあげるって」


ウルティオの言葉に、リリティアは胸がじんわりと温かくなる。

あの時自分は、そう言ってもらえた事がとても嬉しくて、そしてその未来が来ない事を知りながらも淡い夢を見ていたくて頷いた。でも、ウィルはその約束をしっかりと覚えていてくれたのだ。


「……ウィル、大好きです」


突然向けられた真っすぐな好意と花が咲いたような笑顔に、ウルティオは驚いたように目を見開いて、そして幸せそうに笑み崩れた。


「俺もだよ、リリィ。世界で一番、愛してる」



***



せっかくだからたくさんお洒落をしようと言って、ウルティオはリリティアの手を引いて街へ繰り出した。リリティアの衣裳部屋にはまだ着ていないドレスやワンピースがたくさんあるから大丈夫と言っても、上機嫌のウルティオはいいからいいからとリリティアに色々なドレスを見繕っていく。その楽しそうな様子に、リリティアも最後には素直に着飾らせてもらうことにした。

リリィには何でも似合うからと悩ましげにしていたウルティオは、最終的に淡い青色と繊細な白いレースの美しいワンピースを選んだ。髪はウルティオの手によって可愛らしいハーフアップに結われて、軽くお化粧もしてもらう。胸元には美しいアクアマリンのネックレス、耳にはネックレスとお揃いの意匠のイヤリングが淡い輝きと共に揺れていた。


「似合いますか?」


すこし恥ずかしそうにリリティアが後ろのウルティオを振り返れば、ウルティオは片手で顔を覆った。


「……しまった、やり過ぎた。可愛すぎて大量の羽虫どもを惹き付けそうだ」

「もう、ウィル。また外に出したくないなんて言わないでくださいね。収穫祭をウィルと回るの、楽しみなんですから」


くすくす笑うリリティアに、ウルティオは弱ったように苦笑を浮かべる。


「分かってるよ。じゃあリリィ、俺の安心のためにも、絶対に俺から離れないで」

「はい!ずっとウィルと一緒にいます」

「はは、じゃあ、これをリリィに」


そう言って渡されたのは、色鮮やかな小花の可愛らしい花束だった。

収穫祭では、女性は親しい人から花束を贈られ、花を髪やドレスに飾り衣装を華やかに彩る。一年前、生まれて初めて贈られた花束を思い出す。


「去年はリリィに協力者としてしか花を贈れなかったからね。今はリリィの恋人として、この花を贈らせてくれる?」


差し出された花束を、リリティアは宝物のように受け取った。


「ありがとうございます」


リリティアの輝くような笑顔にウルティオは目を細め、花束から一輪だけ抜き取った淡い青色の花をリリティアの横髪に差し込んで満足そうに笑みを浮かべた。


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