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その頃の王都


「くそっ!」

ブランザ公爵邸にて、ジェイコブは頭を抱えていた。


(仕事は全てリリティアにやらせていたのに、あいつが居なくなったせいで任されていた仕事がすべて上手く回らなくなってしまった。くそっ、俺は次期ブランザ公爵だぞ⁈なぜこの俺が馬鹿にされた目で見られなければならないんだ⁈)


ジェイコブが花嫁を怪盗ウルティオに奪われた話は社交界中に広まっていた。結婚式の場には多くの貴族が出席していたのだ、緘口令をしこうにも無駄な事だった。

その後公爵家嫡子の名義でリリティアが調整を行っていた事業などがジェイコブの平民を人と見ないような無理な命令の数々で次々と頓挫してしまい、借金も膨れ上がってしまったことで父である公爵に泣きつくしかなくなった。


『貴重な光魔法の血を我が公爵家に取り込む機会をふいにしたばかりか、お前がここまで無能だったとは。まあ、初めから期待もしていなかったがな』


父のゴミを見るような目に、社交界での嘲笑の瞳。すべてがジェイコブを苛立たせた。


(リリティアのせいだ!あいつのせいで全てが台無しになったんだ!)


しかも父はいまだに隣国へ渡ったとみられるリリティアの捜索を続けている。カスティオン侯爵がすでにリリティアを除籍しているにも関わらず、だ。


(前からそうだった。何故か父上は初めからリリティアをブランザ公爵家に嫁がせることに執着していた。卑しい平民の血が流れているあんな奴に、父上の関心をすべて奪われてきたんだ。たかが小さな傷を治すしか能のない光魔法がなんだと言うんだ!俺はこんなにも強い火魔法を使えるというのに!)


ジェイコブは自らが何の努力もしてこなかった事を棚に上げ、優秀なリリティアと比較されてきたことを恨み続けてきた。


その時、ノックの音と共に華やかな声が入って来る。


「ジェイコブ様、このネックレス、素敵でしょう?建国祭ではきっと私が一番に注目されますわ」


ジェイコブの腕に絡みつくビアンカの舞踏会用の華美なドレス姿に、ジェイコブは頬を引きつらせた。

ビアンカは卒業後、当然のようにジェイコブの暮らす別邸に乗り込み女主人のようにふるまっている。今日は来月に行われる建国祭用の贅をこらした衣装が納入されたため我慢できずに袖を通して見せにきたのだろう。

建国祭は全ての家門の貴族が一堂に揃うオルティス王国で最も大きな祭典だ。学園を卒業し成人となったジェイコブも今回から出席することとなる。そんな場で次期公爵であるジェイコブの隣に立つ自分がみすぼらしい格好はできないと言いくるめられ、新しい衣装や宝石の購入を許してしまっていたのだ。


(借金の補填の為に父上から僕の予算はかなり減額されているんだぞ⁈なのにまたこんなに高価そうな宝石を……!)


「……ビアンカ、その新しいネックレスはいくらしたんだ……?」

「まあ、ジェイコブ様、公爵家の嫡子ともあろう高貴なお方は、お値段など気にしないものではなかったのですか?」


可愛らしく首を傾げるビアンカに、ジェイコブはグッと言葉を飲み込む。学生の頃は、確かに自分はそう言っていた。しかし事業の失敗のせいで父から援助が減額され、自由にできる金が制限されてしまった現在ビアンカの強請るアクセサリー類は確実にジェイコブの首を絞めていた。

そんなジェイコブの心を知ってか知らずか、ビアンカは形の良い唇をゆったりと笑みの形にゆがめてジェイコブに顔を寄せると、囁くようにつぶやいた。


「ねえ、ジェイコブ様。何も心配する必要はございませんわ。貴方が爵位をお継ぎになれば、公爵家の全ての財はジェイコブ様のものですもの」


甘い毒のような言葉を吹き込まれ、ジェイコブは顔をあげた。


「……そうだな。周りが何を言ったところで、次期ブランザ公爵はこの俺だ……」


(そうだ、今俺をあざ笑っている奴らだって、俺が公爵位を継げば何も言えなくなる。は、あの怪盗も何の目的でリリティアなんかを盗んだのか知らないが、今頃あいつはみじめな暮らしをしているに決まっている)


ジェイコブはそう考えていつものように溜飲を下げるのだった。


――ジェイコブもビアンカも気づいていなかった。ブランザ公爵が、とっくの昔にジェイコブを見限っているということに。




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