闇魔法
「闇魔法⁈」
ウルティオとレイト侯爵、そしてアンネリーゼの驚いた声が重なる。
魔力は貴族の尊き血族が神より授けられる特権とされており、基本的に火・水・風・土の4属性のうち一つの属性を与えられている。そして闇魔法は、光魔法と並びこの100年ほど現れなかった稀有な属性であり詳しい能力がほとんど知られていないものだった。
「闇魔法など……お伽噺の存在だと思っていました」
「いや、しかしこうして実際に光魔法の使い手であるリリティア嬢が存在している。闇魔法も存在を否定することはできない。しかし、闇魔法とはどのような能力なのか……。医師にも判別できなかったのであろう?」
アンネリーゼと侯爵の言葉にリリティアは頷く。
「確かな確証はありません。しかし精神疾患についての古い文献の中に闇魔法の記述を見たことがあります。『人の精神を操る』と……」
「なんと!では、あの頭の中に聞こえてきた声は……」
デイジーの治療のために多くの文献を読んでいた時に見つけた古い資料。その中に、光魔法の記述と共に載っていた闇魔法についての記述。リリティアとて、それを目にしていなければ今回の事象と闇魔法を結びつけることは出来なかっただろう。しかし、光魔法を使った際の直感がこれは闇魔法だと告げていた。
「侯爵様に光魔法の治癒を行った時、侯爵様の精神が闇の塊に覆われているのが分かりました。それに光魔法を使おうとしたところ、その闇は明確な意思をもって私に攻撃をしかけようとしてきたのです。あれは、明らかに人為的なものです。貴族派のなかに、闇魔法の使い手がいる可能性があります」
ガバリと口を開けてリリティアを飲み込もうとした闇の塊の禍々しさを思い出しぶるりと震える腕をさする。もしもあれに飲み込まれたら、いったいどうなってしまったのだろう。
「攻撃って……リリィは大丈夫だったのか⁈」
心配そうな瞳でリリティアの肩を掴んだウルティオに、リリティアは心配させないようにとこくりと頷く。
「はい。その手が届く前に、光魔法で闇を消滅させることができました。……ただ、私の存在を闇魔法の術者に感知された可能性があります」
リリティアの言葉に、ウルティオは痛いほどの力でぎゅっとリリティアの肩を握りしめると、真剣な表情で頷いた。
「闇魔法に対抗できるのが光魔法だけなのだとしたら……、唯一光魔法が使えるリリィが確実に狙われる。リリィの存在を特定される前にかたをつける必要がありそうだ」
ウルティオはすっと姿勢を正すと、レイト侯爵に向き直った。そして前髪の長いウィッグを取り去ると、朝日に透ける青い瞳でレイト侯爵を見つめた。
「!その顔……まさか……」
「私の名はウィリアム・ルーベンス。前ルーベンス公爵であったウォルト・ルーベンスの息子です」
ウルティオの名乗りに、レイト侯爵は驚いたように起き上がると感極まったように声を震わせた。
「なんと……!幼い頃に会ったあのウィリアム君かい……?ああ、父君に良く似ている。立派になって……」
よろよろとウルティオに歩み寄ったレイト侯爵は、数歩手前で立ち止まると膝を折り、懺悔するかのように頭を下げた。
「大恩あったルーベンス公爵をお守りすることができず、本当に申し訳なかった。ましてや私は、司法院を貴族派に明け渡す書類にサインを……」
王宮文官であったレイト侯爵は、その優秀さを妬まれ貴族派の名家出身の同期の男に横領の冤罪をかけられて処罰されそうだったところを当時司法院の長であったルーベンス公爵に救われた過去があった。その後恩を返すべく司法院へと移り、ルーベンス公爵の右腕として公平な司法の確立に努めてきたのだ。それなのに、ルーベンス公爵の処刑を防げなかったばかりか司法院を貴族派に明け渡すなど……。
後悔に苛まれるように両手の拳を震わせるレイト侯爵に、ウルティオは静かに首を振る。
「レイト侯爵、貴方が謝罪する必要はありません。その時、貴方は闇魔法で精神を操られていたようですし」
「すまない……。!それでは、君は今までどこで生活を?ルーベンス公爵家は今どうなっているのだ?」
「ルーベンス公爵家は、叔父に奪われました。叔父は貴族派と手を結んで父の冤罪の証拠を捏造したのです。俺と姉は家から追放され、俺は復讐のために裏ギルドに入り手を汚してきました。今は怪盗ウルティオとして貴族派の犯罪の証拠を集めています」
「なんということだ……私は、ルーベンス公爵になんとお詫び申し上げればよいのか……」
震える声を上げる侯爵の肩に手を置き、ウルティオはそっと顔を上げさせた。
「ご自分を責めないでください。すべて貴族派の陰謀だったのです。それに俺は、自分の人生を悲観している訳じゃない。足掻いて生きてきたお陰で、何より大切な存在に出会うこともできました」
そう言ってウルティオは、隣に立つリリティアを見上げて優しい笑みを浮かべる。その笑顔をうけて、リリティアもまたラベンダー色の瞳を潤ませ笑顔を返した。
二人の様子を見た侯爵は、やっと肩の力が抜けたように顔を上げて小さく微笑んだ。
「その顔……、ルーベンス公爵が奥方の惚気話をする時とそっくりだ」
「父は母の事をそれは愛していましたからね」
「どうやらその血は引き継がれているようだ」
侯爵の言葉に頬を染めたリリティアの隣に立ち、ウルティオは真っすぐな視線を侯爵に向ける。
「レイト侯爵、貴族派は汚い手で王族派の家門を力を削いだ後、貴族院を私物化して自分たちの私利私欲のための法案をいくつも成立させ国民の生活を脅かしています。それらの罪を公にするため、力を貸していただきたいのです。……なにより、彼女を守るためにこれからは早急に事を運びたい」
「無論だ。私にできる事であれば、何でも言ってくれたまえ」
ウルティオの言葉に、レイト侯爵は力強く頷いた。




