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レイト侯爵(3)


リリティアの返事に、ウルティオは微笑む。


「良かった。ちょっとでも傷がついていたら、今すぐこいつの息の根を止めるところだったからね」


更に拘束を強められたラルフは、苦痛に歪めた顔でウルティオを睨みつけた。


「だ、誰だお前は⁈ここには誰も入れないようにしたはずだぞ!」

「おや、もうお忘れになってしまいましたか?私は昨日貴方に切りつけられたしがない庭師でございます」


にこやかな、しかし目が笑っていない笑みをうかべるウルティオは前髪の長いウィッグをつけており、服装は庭師のシンプルなシャツに黒いズボン姿だ。


「な、この前の!お前、庭師風情がこの俺にこんなことして許されると思うのか⁈殺されたくなければさっさと離せ!」

「はは、貴方が言ったんじゃないですか。ここに居る者さえ黙らせれば、この部屋での出来事は闇に葬られると。せっかく貴方がこの部屋の人払いをしてくれているんですから、簡単なことですよ」


そう言ってウルティオがどこかから取り出したナイフをラルフの首に宛がうと、ラルフはヒッと青い顔をして動きを止めた。誰を、どうやって黙らせのるかなど、楽しげな様子でナイフを押し当てるウルティオを見れば明らかだろう。ラルフは顔を青くして叫ぶ。


「待ってくれ!お前、俺を助けてくれれば、俺が侯爵になった時に望む地位を与えてやる!だから親父とそこの女を殺すんだ!」

「……は?」


部屋の空気が重苦しいほどに下がっていくのに気づくことなく、ラルフは口元にいやらしい笑みを浮かべてしゃべり続ける。自分の提案をウルティオが断るとは思っていないようだった。


「平民の庭師なんかには想像もできないほどの金を渡してやるぞ。女だっていくらでも用意してやる。どんなのが好みだ?その女に似た従順なのも用意できるぞ?だから俺に……」

「……分かった」


パッと放された手に安堵した瞬間、ラルフは手刀によって意識を失いその場にばたりと倒れ込んだ。


「お前が屑であることがよく分かったよ。これ以上汚い言葉をリリィに聞かせないでくれる?――だいたい、リリィを殺そうとした奴を俺が許す訳ないだろう」


射殺せそうな瞳でラルフを見下ろしその背中を容赦なく踏みつけたウルティオ。そこに、リリティアが飛び込むように駆け寄った。


「ウィル!」

「リリィ!」


飛び込んできたリリティアを、ウルティオは危なげなく包み込むように抱き留めた。

リリティアは胸元で心配そうな声を上げる。


「ウィル、怪我はもう大丈夫ですか?」

「あんなへなちょこの剣、避けるのなんて簡単だよ。血袋も用意してたしね」


おどけたようなウルティオの言葉に、リリティアはむっと眉を寄せる。


「……私、ウィルがわざと怪我をする計画を一方的に送り付けてきたこと、まだ怒っていますから」


ふいっと顔を背けてよそを向いたリリティアに、ウルティオは一転してアワアワと言い訳をはじめた。


「ご、ごめん!でもリリィが医学知識を持っていることを知らしめるためにはこれが一番効率的だったから。ちゃんと避けたし……」


リリティアがレイト侯爵を診るためには、高度な医学知識があるということをアンネリーゼに知らしめる必要があった。そのため、庭師として潜入していたウルティオがわざと怪我をしてみせ、それをリリティアが治療するという計画は伝書用の鳥で伝えられていた。これは無関係の人間を怪我させてはリリティアが心を痛めるのではというウルティオの判断だった。しかし当初は剪定中の事故で怪我をする計画だったのだが、突発的にラルフに切りつけさせることになったのはウルティオにとっても予定外だったのだ。


「……それでも、違和感を与えないように実際に切られてたじゃないですか。私に危ないことはするなと言うのに、ウィルは平気で自分をっ……。私だって、ウィルに怪我してほしくないのに……」


ラベンダー色の瞳が悲しみに陰るのを、ウルティオは焦ったようにリリティアを抱き締めて心からの謝罪を述べた。


「うん、ほんとにごめん。もう、わざと自分の身を傷つけるような真似はしないと誓うよ」

「はい……」


するりと甘えるようにウルティオの胸に額を摺り寄せた後、リリティアはすっと体を離してウルティオを見上げた。その瞳には、物事を見通す強く聡明な光が戻っていた。


「ウィル、目的は達成できましたよ」

「さすがリリィだ」

「それから……」


レイト侯爵を治療した時の仄暗く響いてきた声と、それに抗い続けていたレイト侯爵の精神を思い出す。リリティアはギュッと両手を握ってウルティオを見上げる。


「レイト侯爵は王族派を裏切ってはいません」

「分かった。じゃあ、協力を仰げるってことだね」


あっさりと頷いたウルティオに、リリティアは目を見開く。


「……証拠はないのに、簡単に信じてしまって良いのですか?」

「当たり前でしょ。俺がリリィの言葉を疑う訳ないだろう?」


当然の様に口にしたウルティオに、リリティアは心から幸せが溢れ出たかのような笑みを浮かべる。二人は向き合い笑い合った後、その眼差しを床に座り込んだまま呆然とこちらを見上げていたアンネリーゼへと向けた。


「一体、なにが……」


混乱した様子のアンネリーゼに、リリティアは申し訳なさそうに側に寄ると手を差しのべて立ち上がるのを手伝う。そして姿勢を正すと美しいカーテシーを行った。


「アンネリーゼお嬢様、身分を偽っていたこと、心からお詫び申し上げます。私の本当の名前は、リリティア。カスティオン侯爵家の娘でした」

「や、やはり……。では、先生は光魔法でお祖父様を治してくださったのですね。ですが、リリティア様は怪盗に連れ去られ行方不明だと……。それに、そちらの庭師の男性は……」


リリティアとウルティオを交互に見遣るアンネリーゼに、ウルティオも苦笑を浮かべてリリティアの隣に並ぶ。


「お初にお目にかかります。私がその怪盗です。ある目的のために庭師として潜入していましたが……。詳しい話はそちらのレイト侯爵にも一緒に聞いていただきましょうか」

「え?」


ウルティオの視線をなぞって振り返ったアンネリーゼは、目を見開く。そこには、ベッドの上でよろりと体を起こそうとしているレイト侯爵の姿があった。


「お祖父様!」


アンネリーゼが感極まったようにベッドに駆け寄った。アンネリーゼの助けを借りて体を起こした侯爵は、顔を上げてアンネリーゼを見つめる。


「……エリーゼか……?」

「いいえ、私はエリーゼお母様の娘、アンネリーゼですわ」

「アンネリーゼ⁈まさか……もう、こんなに大きくなったのか……」


侯爵が最後にアンネリーゼを見たのは、彼女がまだ1歳の頃だった。驚いたように目を見張った侯爵だが、娘そっくりの容姿のアンネリーゼを孫と認めるのは早かった。侯爵は、こわごわとアンネリーゼの頬に触れてその涙を拭っていく。


「お前は、エリーゼそっくりだな。……エリーゼは?」


レイト侯爵の問いに、アンネリーゼは痛みをこらえるように口を引き締め首を振った。


「お母さまは、4年前に病で亡くなりました」

「そうだったのか……」


グッと泣きそうに眉を寄せた侯爵は、しかし涙をこぼすことなくアンネリーゼの手を強く握った。


「アンネリーゼ、苦労をかけたな。よく、頑張ってきてくれた」

「!はいっ……はい」


涙を流すアンネリーゼの肩を抱きながら、侯爵はリリティア達に目を向けた。


「君たちは……?それに、そいつはラルフか?」

「彼は借金で貴族派に家と土地まで担保に取られ、貴方を殺して侯爵位を自分の物にしようとしていたんですよ」


ウルティオがどこからか取り出した縄でぐるぐるに縛られ気を失っているラルフに、侯爵は頭が痛そうに片手で顔を覆った。


「この馬鹿は、まだそのような愚かな事を……」

「貴方を治療した女性をも殺そうとしたのです。きちんと処罰を行うべきですね」

「無論だ。君たちが其奴を止めてくれたのだろう?改めて礼を言いたい。君たちの名を教えてくれるだろうか」


侯爵の問いに、リリティアはすっと頭を下げる。


「お初にお目にかかります。私はリリティア。もとカスティオン侯爵家の人間でした」

「カスティオン侯爵家……」


貴族派筆頭ブランザ公爵家の取り巻きである貴族家の名に眉を顰める侯爵に、アンネリーゼが声を上げる。


「お祖父様、リリティア様は光魔法の使い手なのです。彼女がお祖父様を助けてくれたのですよ」

「光魔法……そうか……」


考え込む様子の侯爵に、リリティアもまた思考を巡らせながら口を開く。


「侯爵様、長期に伏せることになった原因に心当たりはございますか?」

「……ずっと頭の中で私を操ろうとする声が聞こえていた。それに抵抗すればするほどに、意識が闇の中に引きずり込まれていったんだ。これは病や毒ではない。どのような手を使ったのかは分からんが、これは確実に貴族派の仕業だ」

「侯爵様と同時期に、他の主要な王族派の当主も臥せってしまい長らく貴族院は貴族派が独占しております」

「何という事だ……。治療が出来たという事は、君は原因が特定できたのだろうか?」


侯爵の問いに、リリティアは小さく頷いた。


「恐らく……これは、闇魔法だと思われます」



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