侯爵家の孫娘(4)
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狼狽えるアンネリーゼに、凛とした声が響く。
「誰か、すぐに私の部屋から治療道具の入ったバッグを持ってきてください。そして男性の使用人さんはシーツで担架を作って彼を清潔なベッドのある部屋へ。他の人は清潔な布と煮沸した水を用意してください」
そうして庭師に駆け寄りドレスが血に汚れるのも気にせず止血を始めたのは、裏庭にいたはずのリナリア先生だった。先生は庭師の様子に苦しそうに顔をゆがめた後、ぐっと唇を噛んでから次々と指示を出す。その様子は迷いがなく、治療に慣れた様子だった。
「先生……?」
驚きで呆然とするアンネリーゼに、先生は真剣な表情で治療を行いながら口を開く。
「ご安心ください。この人は、私が治療いたします」
***
トントンと扉をノックする音とともに、リナリア先生の声が聞こえてきた。一人部屋で待機していたアンネリーゼは急いで席を立って駆け寄る。
「リナリア先生、治療は終えられたのですか⁈」
勢い込んで尋ねるアンネリーゼに、服を着替えたらしいリナリア先生は安心させるような笑みを浮かべた。
「はい。縫合も行い、出血も抑えられました。もう心配はございませんよ」
「良かったです……」
ホッとしたように胸をなでおろしたアンネリーゼは、先生にソファを勧めてメイドにお茶を用意させる。そして改めてお礼を口にした。
「先生、治療を行ってくださり、ありがとうございました」
「いいえ。むしろ、私こそ今日の行動を口外禁止にしてくださり、ありがとうございました」
この国では治療院所属の医師以外の治療は禁止されているのだ。しかし――。
「当然ですわ!先生がいなければ、あれほど血が流れていたのですもの、医師が来るのを待っていたら間に合わなかったかもしれません」
アンネリーゼの言葉に、先生は優しい笑みを浮かべてくれる。それに勇気づけられて、アンネリーゼは気になっていたことを口に出した。
「あの、ところで……。リナリア先生は、どうして医学の心得があるのでしょうか?」
医学に詳しくはないけれど、アンネリーゼの目から見ると今まで会ったことのあるどの医師よりもリナリア先生は優秀な技術を持っているように見えた。
「そうですね。いきなりでお嬢様も驚かれたでしょうから、ご説明しなければなりませんね。
まず、ガイル国ではこの国のように医師の規制は厳しくありません。平民であっても、能力のある者は医学を修め医師の資格を取得する事も可能です。そして――女性でも、医学を学ぶ事ができるのです。
私の実家であるバリュセル侯爵家は代々高位貴族の専属医を輩出する家系でしたから、私も幼い頃から医学書を読み漁っていました。そして、一時期は師について現場で治療を行っていたこともあるのです」
「そうなのですか!すごい……」
(礼儀作法や政の知識のみならず、まさか医学の知識まであるなんて……!本当に、先生は何でもできるのね)
アンネリーゼは尊敬に瞳を輝かせる。そんなアンネリーゼに、リナリア先生はおっとりと微笑んで形の良い唇を開いた。
「もちろん怪我の治療も行いますが……、私の専門は精神疾患。この分野でしたら、実家の父や兄にも負けない自負がありますのよ」
何気なく口にされたリナリア先生の言葉に、アンネリーゼはバッと顔を上げた。
目を見開いたアンネリーゼの口から、掠れた声が漏れる。
「精神、疾患……?…………それは、原因が分からず意識不明となった患者も含まれますか……?」
どくどくと、心臓の音が大きくなる。そんな都合の良いこと、ある訳ない。そう分かってはいるのに、アンネリーゼは希望を見出そうとしてしまう心を止めることができない。
ガイル国は、医療技術が進んでいると聞く。今まで国内の医者に何人も匙を投げられてきた状態も、ガイル国の先生なら原因がわかるかもしれない……?
アンネリーゼが祈る様に見つめる先で、リナリア先生は綺麗に微笑んで見せた。
「実際の状態を診察してみなければ分かりませんが……そのような症例にも、心当たりはございますよ。少なくとも、原因までは特定できると思います」
「!」
先生の言葉に、アンネリーゼは両手をギュッと握りしめた。そして縋るように先生を見上げる。
「……リナリア先生、どうか、診ていただきたい患者がいるのです」




