妹(3)
本日『悪女に仕立て上げられた薄幸令嬢の幸せな婚約破棄』の11話が先行配信されています!ついにあのシーンです(//∇//)最終話直前の11話、是非見てみてくださいませ!
久しぶりに、リリティアはお母さんの夢を見た。だんだんと弱っていくお母さんを、何も出来ずに見守るしかない日々。
……考えたことが無かった訳ではない。もし、私がもっと早く医学を学んでいたのなら、……お母さんを助けられたのだろうか、と。
それでも、考えないように目を逸らしていた。ウィルの隣に相応しいように、前を向いて生きていこうと思ったから。
(コナーさんに偉そうに言ったけれど、私だって無意味と分かりながらも考えてしまうことがある。どうして、こんな力があったのに、お母さんを助けられなかったんだろうって……)
ベッドの上のお母さんは、優しく微笑んでくれる。分かっている。これは夢だ。私は、最後までお母さんの笑顔を見る事はできなかった。
(でも、それでも、デイジーさんを治すことが出来て良かったと、心から喜べる自分が嬉しい。コナーさんの嬉しそうな涙を羨まず、心から良かったと思えるのは、ウィルのおかげ……)
リリティアは夢の中のお母さんの手をそっと握る。
「お母さん、私、たくさんの人を治せるように、もっと頑張るよ。お母さんを助けられなかった私だけど、……頑張ったら、いつか、褒めてくれる……?」
お母さんの表情は、淡い光に包まれて見えなかった。もう、目覚めが近いのだろう。でも、自分の願望かも知れなくても、笑って頷いてくれた気がした。
***
ゆっくりと目を開ければ、いつの間に運ばれて来たのか、自分の部屋の天井が見えた。リリティアが眩しさに目を瞬かせていると、その視界の中に酷く心配そうな顔をしたウルティオが映り込む。
「リリィ、目が覚めた?」
「ウィル、私……」
「コナーが死にそうな顔でリリィが倒れたと駆け込んできた時は、心臓が止まるかと思ったよ。体調は?気持ち悪いとかはない?」
「は、はい。あの、それより、デイジーさんは……⁈」
自分のことよりも真っ先に他人の体調を気遣うリリティアに、ウルティオはため息を吐いて苦笑すると柔らかな声で答えた。
「もう、大丈夫みたいだ。ブレダ先生も診てくれたけど、ちゃんと意識が戻っているって」
「良かった……」
全身でホッとしたように息を吐き、瞳を潤ませるリリティアの頬をウルティオの大きな手が包んだ。まるで自分の方が痛そうに、頬の傷をそっとなぞられる。
「あ……あの、また、心配かけちゃってごめんなさい」
「いいんだよ。確かに、本当はこんな風に無茶して欲しかった訳じゃないんだけど、……でも、これだけはちゃんと言わせて」
ウルティオの表情が、酷く優しく緩んでリリティアを正面から見つめる。
「リリィがした事は、とても凄い事だ。胸を張っていい。俺の恋人はこんなに可愛くて、頑張り屋で、凄い子なんだってさ、世界中に自慢したいくらいだ。……ありがとう、リリィ。コナーを救ってくれて」
ウルティオの言葉一つ一つが、リリティアの胸を締めつかせた。まるで宝物をもらった子供のように、暴れ出しそうなくらいに疼く心臓を持て余しそうになる。じわりと、目頭が熱くなる。
「そんな風に言ってもらえて、すごく、嬉し、です。
……ねぇ、ウィル。お母さんも、褒めてくれると、思いますか……?」
ウルティオは一瞬目を見開いた後、とても愛おしげに目を細める。途切れ途切れにつぶやかれたリリティアの願いのような問いかけを、当然のように拾い上げた。
「当然だよ。きっとオリアさんも、自慢の娘だって天国で笑ってくれているよ」
ウルティオの言葉に、堪えていた瞳からポロリと涙の一粒がこぼれ落ちた。それでも花が咲くように笑ったリリティアを、ウルティオはその涙ごと優しく抱きしめたのだった。
***
症状はただの魔力切れだったのだけれど、倒れたことを酷く心配したウルティオに1日はベッドに寝ているようにと懇願されたため、やっと翌日仕事に復帰する事ができた。ブレダにも問題無いとは言われているけれど、いち早くデイジーの様子を確認したかったからだ。
「リリィ嬢」
家を出たリリティアに、後ろから声がかかる。振り返れば、門の側にコナーが立っているのが見えた。結った金髪を靡かせ背筋を伸ばして佇むコナーは、いつもと雰囲気が違って見える。
「あ、コナーさん、おはようございます。これからちょうどデイジーさんの診察に行こうと思っていた所なんです。コナーさんはウィルに用事ですか?先程出た所だったのですが……」
「知っています。今日は、リリィ嬢とお話がしたく参りました」
リリティアの言葉を静かに遮った後、コナーはリリティアの側に歩み寄るとすっと膝をついた。そして、地面に擦り付けんばかりに頭を下げた。
「コ、コナーさん⁈」
「リリィ嬢、デイジーを治してくださり、本当に、ありがとうございました!!」
慌てるリリティアに、心から絞り出したような感謝の言葉がかけられる。
「……昨日、デイジーが俺に笑ってくれたんです。また、俺を兄と、呼んでくれたんです……!こんなこと、もう、諦めていたのに……」
頭を下げているのでその表情は見れなかったけれど、リリティアから見える肩も声も震えていた。
「俺は、リリィ嬢にあんなに無礼な発言をしていたのに……本当に、申し訳ありませんでした。罰はいかようにもお受けします。それに、お礼にもならないかもしれませんが、俺にできる事でしたらなんでも仰ってください」
恐らくリリティアが願えば自死さえも辞さないような気迫で頭を上げようとしないコナーに、リリティアはそっと近寄ると正面で膝をついた。
「顔を上げてください、コナーさん」
ぎこちなく顔を上げたコナーに、リリティアは笑みを浮かべる。コナーの緑の瞳の端は、うっすらと赤く染まっている。出口のないトンネルの中のような暗闇から抜け出せたのであろう彼に、伝えたいことは一つだった。
「おめでとうございます、コナーさん。……いままで、よく頑張られましたね」
リリティアの言葉に、コナーは零れ落ちんばかりに目を見開いた。時が止まったかのようにリリティアを凝視していたコナーの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。自分が泣いているのに気が付いたコナーは、くしゃりと顔をゆがめると再び深くリリティアに頭を下げた。
そうして、恐らく初めから少し離れた場所で見守ってくれていたのだろうウルティオがやってくるまで、うずくまって泣くコナーの頭をリリティアはそっと撫でていたのだった。




