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花の丘(1)


「最後に、リリィと行きたいところがあるんだ」


そう言って連れてこられたのは、丘の上にある教会だった。

教会自体はとてもこじんまりしており、最低限の建物の維持しかされていないのが窺える。その教会の裏手にウルティオは町の花屋で買った花束を片手に歩を進めた。


「ここは、墓地ですか?」


教会の裏手には木々に囲まれた小さな墓地があった。ところどころに小花が咲き、寂しげな場に小さな彩を添えている。


「うん。でも、用があるのはこっち」


ウルティオに手を引かれゆっくりと木々の合間をぬって更に奥へ行くと、ぱっと森が途切れて目の前の視界が開ける。


そこは、一面を白い小花で覆われた丘の上。

眼下には、レンガ造りの街並みと遠い海の青い輝きが見渡せる美しい場所だった。


その丘の端に、まだ新しい白い墓石がひっそりと立っていた。


「これ……」


近づいて、墓石の文字を目でなぞったリリティアの声が震える。


「――ここに、オリアさんが眠っている」


ざあっと強い風が吹き、二人の足元の小花を揺らしていく。


ウルティオの言葉に、リリティアは目を見開きバッとウルティオを振り返る。信じられないというように潤んだラベンダー色の瞳を見つめ、ウルティオはゆっくりと頷いた。


「ここに、お母さんが……?」

「……カスティオン侯爵はオリアさんの遺体を王都の端の共同墓地に埋葬させるつもりだった。あそこには身元不明者や犯罪者の遺体を埋葬する場所があるからね。証拠隠滅とばかりに、そこに運び込ませていたんだ」

「じゃあ、どうしてここに……」

「そういう作業は裏の最下層の人間が雇われてやっているんだ。だからそのグループごと買収してここに秘密裏に移送させた。……王都じゃ、リリィが会いにいけないだろう?」


リリティアを見つめる優しいウルティオの笑みが、涙でどんどんと滲んでいく。気持ちがいっぱいいっぱいで、リリティアはただ大粒の涙をぽろぽろと流すことしかできなかった。


「ウィル……」


――私はどれだけ、ウィルに救われるのだろう。


溢れるほどの優しさを、持ちきれないくらいに注がれて。私もウィルに少しでも返したいと思うのに、全然、追いつく暇もなく、更にさらにとウィルは私に光をくれる。


「ありがとう、ございます……。ウィル、本当に、ありがとう……っ」


ウィルはいつだって、私が取りこぼしてきたものを掬い上げてくれる。

ただただお礼を言うことしか出来ない私に、どうしてそんなに、優しく微笑んでくれるんだろう。


縋るようにつないでいた手が、リリティアの涙を優しく拭う。


「そんな泣き顔じゃ、俺が泣かせたみたいでオリアさんに怒られてしまうよ。ほら、ゆっくり話しておいで」


そう言って、ウルティオはリリティアに花束を渡してくれる。それを震える手で受け取って、リリティアは墓石の前にしゃがみこんだ。そっと花束を墓石に捧げると、リリティアはそっと墓石に触れてお母さんに話しかけた。


「……お母さん」


ずっと忘れたことはない、お母さんの優しい笑顔も、温かな手の温もりも。墓石は冷たく温もりを伝えてくれる事はなかったけれど、それでも……やっと、ゆっくりとお母さんと向き合えた気がした。


「お母さん、最後に会えなくて、ごめんね。お母さんからの手紙は、ちゃんと受け取ったよ。ウィルがね、届けてくれたの」


ウィルが火傷を負ってまで届けてくれたお母さんの手紙は、今も大切にしまってある。侯爵家ではいつ私の私物を処分されるか分からなかったから、大切なお守りと一緒に式の間も隠し持っていたのだ。


「……お母さん、……ずっと、私のせいで辛い思いをさせて、ごめんなさい。でも、愛してるって、言ってくれて、うれし、かった……」


せっかくウィルが拭ってくれたのに、お母さんを思い出せば新たな涙が後から後から流れていく。震えるリリティアの肩を、ウルティオが後ろからそっと支えてくれる。


「お母さん、私を愛してくれてありがとう。お母さんと一緒に居られた時間は、ずっと、私の宝物だよ。お母さんが私を生んでくれたから、私は、大切な人たちと出会うことができたの。だから、だから……」


ぐっと涙をぬぐったリリティアは、お母さんが心配しないように精一杯の笑顔を浮かべて前を向いた。


「私の事は、心配しないでね。私はちゃんと、幸せになるよ。胸を張ってお母さんの娘だって言えるように生きてみせる。……だから、安心してね……」


リリティアの肩を抱きながら、ウルティオもまた墓石に向き直った。


「オリアさん。あなたの代わりにはなれないけれど、でも、これからは俺がリリィのそばに居ます。俺が、リリィを絶対に守ります」

「ウィル……」


真剣な表情で墓石に誓うウルティオに、胸が熱くなる。

ちょうど雲の隙間から、祝福するように暖かな日差しが丘の上の二人に降り注いだ。

その日差しを見上げたウルティオは、涙を流すリリティアをそっと抱きしめると慈しむような笑みを浮かべた。


「オリアさんは、きっとリリィを見守ってくれているよ。誰よりも君を愛していたお母さんなんだから」

「はいっ……」


ウルティオの言葉に、また涙があふれだす。何よりも安心できる腕の中で、リリティアは温かな涙を流した。




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