デート(2)
止める間もなく矢のように飛び出して行ったカミラは、顔をキラキラと輝かせたマチルダを連れて驚くほど早く戻ってきた。
「リリィ様、お話は伺いましたわ!頼っていただけて嬉しいです!」
「す、すみません、お忙しいのにこんな事でお呼び立てしてしまって……」
申し訳なくてあわあわと頭を下げたリリティアに、マチルダはずいっと顔を寄せて被せるように声を上げた。
「いいえ!むしろリリィ様を着飾らせることが出来るなんてご褒美……ゴホンッ。いえ、大変光栄な事ですわ」
「マチルダ姉さんは女の子を着飾らせるのが大好きなので、とても頼りになると思います!」
「ええ!是非お任せくださいませ!」
とても嬉しそうに笑顔を浮かべるマチルダとやる気をみせるカミラにお礼を言うと、マチルダ主導で三人はさっそくクローゼットの中の服を確認する。
「本当はオーダーでお洋服をお作りしたかったのですが……。ですが、さすがウルティオ様ですわ。リリティア様の美しさを引き出す良い衣装を揃えられていますね」
ふむふむと感心したように頷きながらクローゼットの中を確認していくマチルダは、吟味の末にきらりと目を光らせて一つのワンピースを取り出して広げてみせた。
「明日はお二人でゆっくり町を見て回れるよう、裕福な商家のお嬢様のお忍びといったコンセプトでいきましょう!あまり目立つものは避けながらも、リリィ様の楚々とした可愛らしさを引き出す淡い色合いのワンピースなどいかがでしょう!こちらなど、お勧めですわ!」
取り出したのは白いレースが使われた淡いブルーのワンピースだった。胸元の細い白のリボンが可愛らしい。
「こんなに可愛いワンピース、私に似合うでしょうか……。私、明るい色のワンピースなんて着た事なくて……」
侯爵邸にあった数少ないワンピースは地味な濃い色の物ばかりだったため、ここに来てからもつい落ち着いた色のシンプルな物ばかり選んでしまっていた。
「リリィ様、言わせていただきますと、この中にリリィ様に似合わない服などございませんわ。すべてリリィ様に似合うとウルティオ様が用意されたものなのですから、ご安心ください」
頼もしく笑うマチルダの笑顔に、リリティアはやっと肩の力を抜く。
すこし落ち着いてくれば、こんな風にお出かけの服を決めるために誰かと一緒に悩んでいる状況にとても不思議な気持ちになってくる。今まで義務として出席していたお茶会では、欠片も悩むことなく指示されたドレスに袖を通してきただけだった。華やかなドレスを纏って楽しそうにお洒落についておしゃべりをする同年代の少女たちを見ても、羨ましいと思う前にまるで違う世界のように感じていた。
楽しそうにリリティアに似合うだろうとあれこれ考えてくれる二人をみていると、胸が温かくなる。
(こんな穏やかで楽しい時間、もてるなんて考えたこともなかった……)
「……マチルダさん、カミラ。本当に、ありがとうございます。二人がいてくださって、本当に良かったです」
心からお礼を言えば、マチルダもカミラも嬉しそうに笑みを返してくれた。
「こちらこそ、これほど理想的な美少女であられるリリィ様を着せ替え出来るなんてご褒美ですわ!」
「マチルダ姉さん、本音が漏れてます」
カミラの言葉に「あらやだ、ほほほ」と誤魔化すように口に手を添え笑ったマチルダは、次は装飾品を選びましょうと準備を始める。しかしすぐに、思い出したようにクスリと笑みを浮かべた。
「ふふふ、私がリリィ様の服装のコーディネートをしたと聞いたら、ウルティオ様に嫉妬されてしまいますわね」
「そんなこと……」
「いいえ、絶対にそうですわ。でも、ウルティオ様が本気でリリィ様をコーディネートしたら、恐らくお美しくなりすぎて誰にも見せたくなくなりお出かけも出来なくなってしまうでしょうから、私で良かったかもしれません」
「ふふ、マチルダさんもそんな冗談を言われるんですね」
「リリィ様、冗談ではないのですよ?」
可笑しそうにくすくすと笑うリリティアに対し、マチルダは真剣な表情で宣う。そこに、カミラがいくつかのアクセサリーケースを持ってやってくる。
「リリィ様、こちらがネックレスです。どのようなものがお好みですか?」
いくつもある装飾品はどれも美しくセンスの良い物ばかりで、リリティアは困ったように視線をさ迷わせる。しかしその中に一つのネックレスを見つけて、ハッとしたように手にとり懐かしそうに微笑んだ。
「……これでも、いいでしょうか……?」
「ブルーダイヤの百合の意匠のネックレスですね!ワンピースにも合うと思います」
「学園の舞踏会で、ウィルが貸してくれたものなんです」
初めて学園で会った日、怪我の治療のお礼として渡された時の事を思いだす。学園の舞踏会ではこのネックレスをつけてウィルと初めてダンスを踊ることができたのだ。
大切そうにネックレスを撫でるリリティアに、マチルダが微笑ましそうに笑みを浮かべる。
「ふふ、リリィ様、これは秘密なのですが……。実はそのネックレス、二年ほど前に競売にかけられる予定だったものなのですが、見つけたウルティオ様が即金で金に糸目をつけずに出品者から買い取ったものなんですよ」
「え!とても貴重なものだったのですか?」
「ええ、もちろん宝石としての価値もあるのですが、その青空のような色と百合の花の意匠が大切な方を思い出すからなのですって」
「!」
マチルダの言葉に、リリティアは目を見開いて頬を染めた。
「確かに普段使いには気が引けてしまうかもれませんが、たまに着けてあげますと喜ばれますわよ、きっと」
ずっと、本当にずっと前から自分の事を大切に思っていてくれたウルティオを思い、リリティアは胸が熱くなる。
きゅっとネックレスを抱きしめるリリティアに、マチルダは優しい笑みを向けた。
「リリィ様、どうぞ自信を持ってくださいませ。ウルティオ様はずっと前からリリィ様を大切に思っておられます。そのリリィ様が自分のために着飾ってくれたと思えば、それだけでとてもお喜びになりますわ」
「はい……。ありがとうございます、マチルダさん」
ウィルに恥ずかしくない格好をしなければとそればかり考えてしまっていたけれど、マチルダの言葉に背中を押されてリリティアは少しだけ前を向く。
そうだ、私は決めたのだ。ウィルが好きだと言ってくれた自分の事、ちゃんと好きになれるようになろうと。たくさん揃えてくれた素敵な洋服たちにも見合うように。それに……
(ちょっとでも、可愛いって思ってもらえたら、嬉しいな……)




