新しい約束
「いらっしゃいませ、マチルダさん、カミラ。昨日は本当にありがとうございました」
翌日、リリティアは家にやって来たマチルダとカミラを笑顔で歓迎し、客間のソファを勧めた。
「リリィ様、今日はお時間いただきありがとうございます。今日は改めて、謝罪に参ったのです」
マチルダは畏まった様子で感謝を告げると、ソファから立ち上がり深々と頭を下げた。
「この度は、カミラがご無礼を働いてしまったようで……本当に、申し訳ありませんでした」
「申し訳ありませんでした」
マチルダの隣でカミラも深く頭を下げる。それを、リリティアは焦ったように首を振って顔を上げてもらおうとした。
「いいえ、カミラは何も悪くないんです。家事も完璧にやってくれて、家事を教えてほしいという私に丁寧に教えてくれました。しばらく来ていなかったのは、私がお願いしたからなんです」
「聞いておりますわ。ですが、そうなったのはこの子が不敬な発言をしたせいです」
マチルダは申し訳なさそうに首を振る。
「普段は、とても真面目で仕事にも忠実な子なのですが……。カミラ、なぜあのような事を?何度尋ねても理由を話そうとしなかったけれど、リリィ様にはその理由を聞く権利があるわ」
問われたカミラは申し訳なさそうにリリティアを見、グッと両手を握って唇を噛み締めた後、顔を伏せてか細い声を出した。
「…………マチルダ姉さんは、ウルティオ様のこと、…………だから…………」
「え?」
かすれるような声が聞こえずにマチルダが問い返せば、カミラは勢いよく顔を上げて口を開いた。
「っ、マチルダ姉さんは、ウルティオ様のこと好きでしょう⁈だから、私……!」
「………………は?」
心底驚いたような表情で目を見開いたマチルダは、直後に体中から絞り出したようなため息をはいた。
「なんてことなの……。カミラ、そんな勘違いでリリィ様に……」
「勘違いなんて!だって、マチルダ姉さん、報告とかでウルティオ様に会いに行く時、とでも嬉しそうにお洒落をして行っていたじゃないですか!」
「それはウルティオ様じゃないのよ!私が好きなのは……っ!」
ハッとしたように口をつぐんだマチルダは、その麗しい顔をだんだんと赤く染めた。しかし、見つめるカミラとリリティアに観念したかのように肩を落とすと、小さな声で告げた。
「……そこには、ガスもいるでしょう……?」
「ええ⁈ま、まさかマチルダ姉さん、ガスさんの事が好きだったんですか⁈」
目をまん丸に開いたカミラはこれ以上ないほど驚いた声を上げた後、ハッとしたようにその顔を青く染め上げた。
「そ、そんな……。私、勘違いでリリティア様になんてこと」
「本当よ……。リリィ様はウルティオ様の命の恩人でもあり、何より大切になさっている方なのよ。昨日の様子を見れば、よくわかるでしょう」
痛む頭を抑えるマチルダの様子に、カミラはさらに顔を青くさせて床に座り込むと、リリティアに床に額を打ち付ける勢いで頭を下げた。
「本当に、申し訳ありませんでした……!」
泣きそうなカミラに、リリティアは慌てて顔を上げさせると落ち着かせるように柔らかく言葉をかけた。
「カミラは何も謝る必要はないんですよ。丁寧に仕事をしてくれたし、私のお願いも聞いてくれて、たくさんウィルの事も教えてくれました。感謝こそすれ、怒ることなんてなにもありません」
「リリティア様……。でも、私、酷い態度で……」
「マチルダさんの事が、大事だったからでしょう?」
小さくカミラに笑いかけた後、リリティアはマチルダに向き直る。
「実は私も、ウィルの右腕として働くマチルダさんがずっと羨ましかったんです。綺麗なマチルダさんに、たぶん、嫉妬もしていました。もしかしたらカミラは、そんな私の心情を察して大切なマチルダさんを守ろうとしていたのかもしれません」
驚いたように目を開いたマチルダは、申し訳なさそうに眉を下げた。
「すみません、誤解させるような物言いをしてしまっていたのですね。
ウルティオ様が私の仕事をリリィ様にお許しにならないと言ったのは、私の管理しているのがこの町の花街、つまり娼館だからですわ。あそこは情報収集にうってつけの場所なのですが、ウルティオ様は大切なリリィ様を絶対に娼館に関わらせないのは目に見えていましたから」
「そう……だったのですね……」
リリティアは気が抜けたようにへにょりと眉を下げた。
「リリィ様、今後は代わりの者をよこしますわ。これから外出される事も多くなるでしょうし、護衛は必要ですもの。選出にしばしお時間をいただきたく……」
マチルダの言葉に、カミラは口を開こうとしてハッとしたように歯を食いしばり、両手を握りしめて俯いた。ウルティオとマチルダの期待を裏切ってしまったことは、カミラにとって何よりも自分を許せない事だった。
「あの、少しお待ちください」
リリティアは青い顔をして俯いていたカミラに向き直った。
「あの、カミラは今までのように買い出しをお願いするのは負担でしょうか?」
リリティアの問いに、カミラは顔を上げて勢いよく首を振る。
「そ、そんな訳ありません!本来ウルティオ様の大切なお方の警護を任されますのは非常に光栄な事なのです。それなのに私は、マチルダ姉さんの顔に泥を塗るような真似をしたばかりか、こんな私を気遣ってくださったリリティア様にまで……」
カミラは泣きそうに表情を歪める。
「本当は、リリティア様がとても良い方である事は分かっていたのです。孤児であったと打ちあけても、リリティア様は私に態度を変えることなくお優しかったし、ウルティオ様の為にと家事を真剣に習っていらっしゃいました。
なのに私は、自分の考えに固執して、リリティア様はウルティオ様とマチルダ姉さんの仲を邪魔する人なんだと思い込もうとしていました……」
俯いて顔を後悔に染めるカミラの手を、リリティアはそっと持ち上げる。
「カミラが嫌でなければ、私はまたカミラにお願いしたいんです」
「っ!私なんかで、いいの、ですか……?」
「また、ウィルの話をカミラからたくさん聞きたいです。カミラはとても楽しそうに話してくれるから、私もとても嬉しかったんです。それに、もっとカミラからお料理を習えたら嬉しいです」
心からの笑みを浮かべてくれるリリティアに、カミラは目を潤ませて勢いよく頭を下げた。
「……私、今度こそ誠心誠意リリティア様にお仕えします。命にかえてもお守りします!」
カミラの言葉に、リリティアは困ったように笑ってカミラと目を合わせた。
「ありがとうございます。でも、命はかけないでくださいね。自分の命を一番に大切にしてください。カミラが私のせいで怪我をしてしまったら悲しいです」
「リリティア様……!私、絶対にお役に立ってみせますから……!」
何故か更にやる気を漲らせるカミラと慌てるリリティアを、マチルダはクスクスと笑いながら見守るのだった。
***
マチルダとカミラが帰った後、ガチャリと玄関の扉の開く音が聞こえてリリティアは座っていたソファから立ち上がる。
「お帰りなさい、ウィル」
ぱたぱたと玄関にかけて来たリリティアを、ウルティオが包み込むように抱きしめた。
「ウィ、ウィル?」
腕の中で頬を染めるリリティアを宝物のように抱きしめ、ウルティオはどこまでも優しい笑みを浮かべた。
「うん、ただいま、リリィ」
「……ウィル、何か良い事がありましたか?」
「可愛い恋人が家でお帰りって言ってくれるんだ、こんなに嬉しい事はないよ」
ウルティオの返事にさらに頬を染めたリリティアは、恥ずかしそうにこつりと額をウルティオの胸に押し当てた。
「あ、あの、町での用事は終わったんですか?」
「うん。……リリィ、手を出して?」
「?はい」
ウルティオにとられたリリティアの手に、小さな重みがのせられる。そこには、ウルティオが少しだけ預からせて欲しいと言って持っていった青いガラス玉があった。
「っ!これ……」
「無くさないようにペンダントに加工したんだ」
青いガラス玉の上部に紐が取り付けられるように細工されていて、優しい色合いの細い革紐が付けられている。
「これでもう落とす心配はないよ」
「ありがとうございます!」
とても嬉しくて緩んだ笑顔でお礼を言えば、ウルティオがリリティアの手からペンダントを持ち上げてそっとリリティアの首にかけた。
「俺こそ、ずっと大切にしてくれてありがとう」
スルリと長い指がリリティアの首元を下りてきてガラス玉に触れる。ウルティオはそっとそこへキスを落とすと、どこまでも甘い笑みを浮かべる。真夜中色の瞳に、顔を真っ赤に染めた愛しい少女が映し出された。
「リリィが辛い時は、今度は俺が助けるからーー昔はそう約束したけれど。
これからは、ずっと側で守るよ。約束だ」
「はい……!」
幸せそうに笑い合う二人は離れないようにと手を握り合う。新たな約束を刻んだ青空色のガラス玉は、リリティアの胸元で優しく煌めいていた。
いつも読んでいただきありがとうございます!ここまでで1.5章にすべきか正直迷いました(笑)。
一旦一区切りで、書き直したい部分も出てきてしまったので7月にまた再開します(*^^*)




