探しもの(2)
皆が中庭に散らばるなか、リリティアが植木鉢の下を探そうと鉢を持ち上げようとしたところで、後ろから太い腕が伸びてきて軽々と植木鉢を奪い去った。
「姐さん、こういう重いものは俺らが持つんで言ってください」
「ありがとうございます、ガスさん」
一緒に膝をついて探しながら、リリティアは次々と植木鉢を移動してくれるガスパルを見上げた。ガスパルは初めから自分に好意的に接してくれていたけれど、どうしてなのだろうと浮かんだ疑問が小さく口をついた。
「あの、ガスさんはどうして私のような貴族派だった女を受け入れてくださったんですか?」
キョトンと片目を開けたガスパルは、ポリポリと頬を掻いてからゆっくりと腰を下ろすと、穏やかな笑みをリリティアに向けて口を開いた。
「俺はね、ボスに命を救われたんですよ。それからずっとボスの下で働かせてもらってます。ボスはこのクソみてぇな世の中を変えてくれるって信じてる。そのためなら、この命を差し出してもいいと思ってます。……だけどね、あの人は時々自分を顧みないような戦い方をする。まるで自分はどうなっても構わないとでもいうようなね。勝ち取った後の世界に、あの人自身は背を向けて去って行ってしまうようにも感じてました。それだけ、あの人は大切なものを作ろうとはしなかった。
だからね、俺は貴女が来てくれて嬉しかったんですよ。あのブランザ公爵家から花嫁を奪い取るなんて命知らずな真似をしてまでボスが望んだ。それだけ、貴女が大切なんだ。だったら俺は、命をかけて貴女を守るだけだ。貴女はきっと、ボスを繋ぎ止めてくれる存在だから。俺だけじゃない。マチルダもきっとそう考えています」
目を見開くリリティアに、ガスパルは厳つい顔を少し照れくさそうにしながら笑った。
「だから姐さん、どうかずっとボスの側にいてあげてください」
リリティアは自分にそれだけの価値があるとは思えなかったけれど、もう自分を卑下する言葉を使う事は止めた。その代わり、これだけは自信を持って言えることを満面の笑顔で答えた。
「はい!私はずっと、ウィルの側にいます」
リリティアの返答に、ガスパルもまたとても嬉しそうに笑ってくれたのだった。
それから大きな月が顔を出しゆっくりと藍色の空を上ってきた頃、カミラのよく通る声が中庭に響く。
「あ、ありました!リリティア様、こちらのガラス玉で間違いございませんか?」
カミラの声に、パッとリリティアは駆け寄った。
カミラから渡されたガラス玉は、月明かりの中優しい青色を煌めかせた。ようやく手元に戻って来た大切なお守りを、リリティアは両手でぎゅっと握りしめる。
「ありがとう、カミラ……!皆さんも、本当に、ありがとうございました……!」
ラベンダー色の瞳から、宝石のような涙が一粒溢れる。明るい満月を背に心からの笑みを浮かべて涙を一筋流すその美しい光景に、一瞬皆が息をのんだ。
「私こそ、本当に申し訳ありませんでした~~!」
リリティアの涙につられるように、カミラも顔をゆがめて涙をこぼした。二人は涙を流しながら、最後には顔を見合わせて照れくさそうな笑みを浮かべた。
大切そうに両手でガラス玉を握りしめるリリティアを、ウルティオもまた腕を伸ばして引き寄せるとギュッと抱きしめた。
「リリィ、頼むから今度からは真っ先に俺を頼ってくれ。こんなに泣くほど気に病んでいたのに力になれなかったなんて、自分が許せなくなる」
苦し気なウルティオの声に、リリティアは素直に頷いて答えた。知らないでいることが、どれだけ辛いことかを知ったから。
「はい。ごめんなさい、ウィル」
「いや、俺こそ、気づいてあげられなくてごめん」
もう一度ぎゅっと抱きしめられた後、ウルティオは顔を上げてガスパルとマチルダへ振り向いた。
「これから、リリィにはどんな機密事項も存在しない」
「もうよろしいのですか?」
「ああ、リリィにはこれから弁護士事務所の方で、裏の仕事も併せて手伝ってもらうつもりだ」
「ウィル……!」
驚いたように目を見開いたリリティアは、次いで咲き誇った花のような笑顔を浮かべる。
リリティアが役に立ちたいという悩みを持っていたのを知っているカミラは、ほっとしたような笑みを浮かべてくれる。きっとこんな風に素直に表情に浮かべるのが、本来のカミラだったのだろう。
ほのぼのとした空気が流れる中庭に、柔らかな風が吹いてゆく。カミラがハッとしたように声を上げる。
「リリティア様、そろそろ寒くなってまいりました。本日の夕食は私がご用意しますので温かなお部屋でお休みください」
「ありがとう、カミラ。でも、今日も私に作らせてほしいんです。カミラが教えてくれた料理、上手に作れるようになったからウィルに食べてもらいたくて」
頬を染めて嬉しそうにそう言ったリリティアに、カミラも分かりましたと小さな笑顔で答える。しかしそこに、目を見開いたウルティオの声が割り込んだ。
「……ちょっと待て。その言い方だと毎日リリィが料理をしていたように聞こえるが……」
何故かかすかに震えた声で問いかけてきたウルティオに、リリティアは不思議そうに首を傾げた。
「あ、はい。カミラに料理を教えてもらって、最近は私が作らせてもらっていたんです。
カミラほど上手じゃないんですが、ウィルに食べてもらいたいなって、ずっと思っていて……」
恥ずかしそうに言ったリリティアの言葉に、ウルティオはその直後、ガックリと地面に膝と両手をついて項垂れた。
「ウィル⁈」
慌てたようにリリティアがそばに膝をついて背中をさすると、絶望したような声が聞こえてくる。
「お、俺は、何度リリィの手料理を食べ損ねたんだ……?」
裏の組織を束ねる常に冷静沈着な男が呆然と地面にへばりつく様を、目を丸くして唖然と眺めるカミラとガスパルとマチルダの三人。そして焦ったようにウルティオを慰めようとするリリティアを、満月の月が夜空の頂点から優しく見守っていた。




