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探しもの(1)


その翌朝、呆れ顔のグレーシアに構う事なく、ウルティオはすぐにリリティアを連れて家へ帰ると宣言した。


「グレーシア様、本当にお世話になりました」

「いいのよ。またいつでも遊びにきてね。ウィルの子供の時の話でもなんでも、教えてあげちゃうわ。次は是非お姉ちゃんって呼んでちょうだい」

「姉さん……」


呆れたようにため息をつくウルティオの腕の中から、リリティアは小さく口を開いた。


「あの、ありがとうございます、……グレーシア、お姉さま……」

「「!!!」」


頬を染め、恥ずかしげにそう呼んだリリティアの可愛らしさに、姉弟はそろって胸を抑えた。グレーシアは感激したようにふるふると腕を震わせてリリティアを抱きしめる。


「な、なんて可愛いの‼︎来週、来週は⁈またお茶会しましょう!毎週でも!」


有頂天の姉の腕の中から、今度はウルティオがリリティアを取り返して腕の中に隠す。


「悪いけど姉さん、しばらくは俺との先約が入っているから無理だ。やっとリリィとゆっくり過ごせるようになったんだから」

「私の妹なのに!」

「俺のリリィだ!」


普段よりも幼い言動でリリティアを取り合う二人の様子に、リリティアは堪えきれずに小さな笑い声をあげた。


「ふ、ふふふっ」


リリティアの笑い声に、ウルティオとグレーシアはぴたりと言い合いを止めて目を丸くした。姉弟で顔を合わせると、一時休戦としたのか肩をすくめ、愛おしそうにリリティアを見つめた。ウルティオはリリティアの頬に優しく触れる。


「うん。やっぱりリリィには、笑顔が一番似合う」


晴れ渡る空ようなウルティオの笑顔に、リリティアもまた、陽だまりのような笑顔を浮かべていた。





帰り道の馬車の中で、最後までこちらに手を振ってくれるグレーシアへ手を振り返していたリリティアはウルティオの声に振り返る。


「姉さんと本当に仲良くなったんだね」

「はい!とてもとても、良くして下さいました。グレーシア様は、本当に素敵な方ですね。あ、ロイル様はお仕事でウィルに挨拶ができなかったと残念がっていらっしゃいました」

「ああ、本当は俺も挨拶すべきだったんだが、俺は犯罪者で、ロイル義兄さんはそれを取り締まる側だ。迷惑をかける訳にはいかないからな。顔は合わせないようにしているんだ」

「そんなこと、気にしていらっしゃいませんでしたよ。一緒に酒でも飲みたいものだと仰ってました。お優しい方ですね」

「……うん。義兄さんには、本当に感謝している」


ウルティオは目を細めて笑う。ルーベンス家が乗っ取られたことで大きく人生を狂わされた二人には、様々な思いがあるのだろう。それでも今こうやって会える距離にいるのならば、会ってほしいと思った。


「ウィル、お願いがあるんです」

「!なんだい?リリィのお願いなら、何でも叶えてあげるよ」


心底嬉しそうに笑みを浮かべるウルティオにリリティアは口を開いた。


「私に変装を教えてくれませんか?」

「変装?リリィが?」

「はい!それで私が上手にできるようになったら、またグレーシア様とロイル様に会いに行きたいです。……その時はウィルも、一緒に行ってくれませんか?二人で別人になっていけば、誰も治安維持隊隊長のお屋敷に怪盗が出入りしているなんて思わないでしょう?」


ウルティオの懸念事項を払拭させようと精一杯考えたリリティアからの優しいお願いに、ウルティオは目を瞬かせた後、笑うのに失敗したような表情で顔を伏せた。


「……本当に、リリィには敵わないな。俺がリリィのお願いを断れる訳ないのに……」


顔を上げたウルティオは、無防備な少年のような笑顔を浮かべていた。


「……うん。一緒に、遊びに行こうか。美味い酒をお土産にね」

「はい!楽しみです」


嬉しそうなリリティアを眩しげに見つめると、ウルティオは愛おしそうにリリティアの頬に手を添え甘い声で囁く。


「リリィ、他に何か、欲しい物ややりたい事はない?不甲斐なかった恋人に、名誉を挽回する機会を与えてほしい。いっぱいの我儘を、俺にちょうだい?」


ウルティオの甘い態度と恋人という言葉に頬を赤く染めたリリティアは、十分貰いすぎているからと断ろうとしたのだが、ハッと顔を上げて瞳を揺らし、小さな声を紡いだ。


「あ、あの、ウィルに、謝らなければいけないことがあるんです――」



***



「こっちの辺りはなさそうだな……」


腕まくりをしたウルティオが、中庭の一角から立ち上がり周りを見回した。しゅんと申し訳無さそうな表情を浮かべるリリティアに、ウルティオは砂糖菓子のように甘い笑みを浮かべる。


「心配ないよ。絶対に今日中に見つけてあげる。リリィこそ寒くはない?春先とはいえまだ夕方は冷える。俺としては、リリィには部屋に入っていて欲しいんだが……」

「私も、一緒に探したいんです。駄目、ですか……?」


何度目かも知れないやり取りに、リリティアは首を振ってウルティオを見上げた。


『ガラス玉のお守りを、失くしてしまったんです……』

そう言ってごめんなさいと謝ったリリティアに、ウルティオは話してくれてありがとうと微笑んだ。そして絶対に見つけてあげると安心させるように笑いかけてくれたのだった。


家に戻った二人はすぐに中庭に出た。自分が失くしてしまったのだからと自分もガラス玉探しに参加しようとするリリティアと、病み上がりだからと家の中に帰らせたいウルティオ。しかし当然のようにリリティアの上目遣いのお願いに屈したウルティオは、リリティアにコートや手袋、襟巻きを巻き付けてモコモコにして、やっと妥協したのだった。

二人で中庭を探していると、玄関の方から声が聞こえてきた。


「ウルティオ様、リリィ様、お話は伺いましたわ。私たちにもお手伝いさせてくださいませ」


そこには、動きやすい服装に着替えてきたらしいマチルダとその後ろから気まずそうに顔を出すカミラがいた。さらに後ろからは、大柄なガスパルまでもが続いていた。

意を決したように、マチルダの後ろから出てきたカミラがリリティアに頭を下げる。


「リリティア様、本当に、申し訳ありませんでした……!」


勢いよく頭を下げるカミラに、リリティアは目を見開く。


「え?カミラ、どうして」

「私、勝手な判断でお役目を放棄して、こんなことに……」


カミラの言葉に初めに反応したのはウルティオだった。


「どういうことだ、マチルダ。何か問題があったあったのか?リリィを任せられる絶対に信頼できる者を選出させたはずだ。報告を」

「申し訳ありませんでした。全て私の責任です」


深く頭を下げるマチルダに、カミラは顔を青くして首を振った。


「そんな、マチルダ姉さんは何も悪くありません!私が勝手にっ!」

「誰が言い訳を聞きたいと言ったんだ?報告を」

「ウィル!」


ウィルの鋭い追及に肩を揺らしたカミラをかばうようにリリティアは前に出た。


「ウィル、私の我儘で、しばらく一人でいたくてカミラに帰ってもらっていたんです。その間に私が風邪をひいてしまったので、カミラは責任を感じてしまったんです」

「リリティア様……」


リリティアの言葉に、カミラは驚いたように目を見開いた。それだけではないことは察しているのだろうが、リリティアの懇願するような瞳に屈し、ウルティオはため息を吐いた。


「リリィがそう言うのなら、これ以上は追及しないが……」

「ありがとうございます、ウィル」


ほっとしたように笑顔を浮かべたリリティアに、ウルティオはふっと笑みをこぼしてリリティアの頬を優しく撫でる。その様子を、カミラは驚いたような顔で見つめていた。


「さて、俺はリリィに今日中に見つけると約束したんでな。探し物は青いガラス玉だ。お前たちにも協力してもらうぞ」

「い、いいのですか?」


私的な探し物に皆を巻き込んでしまうことに狼狽えるリリティアに、ガスパルとマチルダが笑顔を浮かべる。


「もちろんですよ。俺は頭を使う仕事は苦手ですが、こういう事なら任せてください」

「ええ、ご遠慮なさらないで。ぜひ協力させてくださいませ」


カミラはぎゅっと胸の前で両手を握りしめ、思い詰めたような瞳で宣言する。


「どうか私にもお手伝いさせてくださいませ。絶対に見つけてみせます!」

「皆さん……」


皆の言葉に、リリティアは胸が熱くなるのを感じた。


「あ、ありがとう、ございます……!」


頭を下げたリリティアを、ウルティオが優しく肩を抱いて顔を上げさせる。


「これだけ人数がいればすぐに見つかるさ。リリィは何の心配もいらないからね」


そうして皆が中庭にそれぞれ散り、総勢5人による探し物が始まった。面倒くさがるでもなく、皆が真剣に探し物をする様子に、リリティアは何かがこみ上げてくるようで、ぐっと唇をかむ。迷惑をかけているのに、皆の気持ちがとても嬉しかった。お守りが見つかっていない状況は一緒なのに、あの日一人で探していたような不安はもう全く感じなかった。



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