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姉(2)


風邪は治ったはずなのに、気力が湧かずぼんやりと過ごしてしまうリリティアを、グレーシアは何も聞かずに優しく見守ってくれた。


「綺麗な髪だから、良かったらいじらせてほしいわ」


そう言って、グレーシアは毎日リリティアの髪を優しくすいては楽しそうに髪を結って、あれも似合う、これも似合うと髪飾りを選んでくれた。


「私のお古だけど、絶対リリィちゃんに似合いそうだから良かったら着てみてね」


そう言って可愛らしいドレスを着せてくれて、一緒に穏やかにお茶をした日もあった。


(お姉さんがいたら、こんな感じなのかな……)


リリティアは心からグレーシアに感謝を伝え、小さな笑みを浮かべられるようになったのだった。

仲良くお茶会をする二人の姿は、側から見れば本当の姉妹のように穏やかで微笑ましい光景だった。



そんなある日、グレーシアに庭の花が見頃だからと中庭でのお茶に誘われる。誘いを受け中庭に向かうと、視界いっぱいに白い花弁が舞い込んできた。中庭を囲む木々にあふれるほどの白い花が咲き誇り、まるで雪のように花弁を降り注がせていた。


「綺麗……」


リリティアのつぶやきに、グレーシアが嬉しそうに笑う。


「そうでしょう?サラの花は一年の内この時期の数日しか花を咲かせないから、是非見せてあげたいと思ったの。リリィちゃんも気に入ってくれて嬉しいわ」


グレーシアはリリティアの手を取って、可愛らしいお菓子の用意されたテーブルに座らせてくれる。リリティアはグレーシアの気遣いに目を伏せた。


「こんなに素敵な席をありがとうございます、グレーシア様。本当に、このニ週間ご迷惑をかけて……」

「迷惑だなんて、私はちっとも思っていないわ。明日にはウィルが帰ってきてしまうから、リリィちゃんが帰ってしまうのが寂しいくらいよ。……それでね、お別れの前にもっとたくさんお話をしたいと思って今日はここに呼んだのよ」


紅茶のカップを持ちながら、ワクワクとした表情でグレーシアは微笑む。


「そうそう、聞いたわ。あの子、学園で先生をしていたんですって?是非その時の様子も聞かせてちょうだい」


楽しそうなグレーシアの様子に、リリティアも口元を緩ませる。


「ウィルは法学の臨時講師として潜入していたんです。でも、講義は凄く分かりやすくて生徒達に大人気だったんですよ。それにウィルは格好いいから、授業選択していないのにわざわざ法学の講義を受けに来る女子生徒も沢山いて教室はいつも一杯になっていました」

「ふふ、小さい時から法律関連の本を絵本がわりに読んできた子だから。内心とても楽しかったんじゃないかしら」

「はい!法学の議論をしている時のウィルは、とても楽しそうでキラキラしていました」


その時のウルティオの笑顔を思い浮かべているであろうリリティアの表情は、まるで大切な宝物を抱きしめているかのように幸せそうな笑みを浮かべていた。


「……リリィちゃんは、ウィルのこと本当に大切に思ってくれているのね」


グレーシアの言葉に、リリティアはハッとしたように口を閉ざして顔を伏せる。


「……ねえリリィちゃん、このニ週間一緒に過ごして、リリィちゃんがとても優しくて良い子だってことはすぐに分かった。でもだからこそ、リリィちゃんは周りに迷惑をかけないようにって自分の痛みを我慢してしまう子なんだろうなって、思えたわ。

私はね、リリィちゃんにもっと何でも話してほしいと思ったの。人は悩みを一人で抱え込んでいると、いつかその重さで倒れてしまうことがあるから。だからちょっとでも、私にもその荷物を分けてほしいと思ったのよ。

――サラの花言葉はね、忘却、一時の夢。だからここでの話は、私たちだけの秘密。ウィルにも話さないわ」

「グレーシア様……」

「私ね、ずっと妹が欲しいと思っていたの。リリィちゃんと一緒に過ごして、こんな子が妹ならって、ずっと思っていたわ。リリィちゃんも私のこと、姉のように思ってくれると凄く嬉しい。だから、ね、もっと甘えて、我儘でもなんでも、話してくれると嬉しいわ」


『我儘を言ってくれると嬉しい』……それは今の家に来た当初、ウィルも言ってくれた言葉だった。

ウィルと同じ艶やかな黒髪と、いつか見たのと同じ青空のようなグレーシアの瞳に、リリティアは目頭が熱くなってくる。はらりはらりと舞い落ちる花弁と一緒に、リリティアの心もぽろぽろと剥がれ落ちてゆくように口を開いた。


「私は、……ウィルに、救われたんです。ウィルのためなら、何でもしたいと思ってた。なのに、何の役にも立てない、迷惑しかかけられない自分が、たまらなく嫌いなんです……」


一度口を開けば、抱え込んでいた不安が堰を切ったように流れ出る。


「ウィルは、優しいから……。昔の約束をずっと覚えていてくれました。私を、公爵家から救い出してくれた。でもそのことで、危険な橋を渡らせてしまったはずです。今ウィルがこれだけ忙しくしているのも、恐らく公爵家からの追手への対応のせいもあるはずなんです。私のせいで危険な状況に陥らせてしまったウィルに、私は何もできない。でもウィルは私のことを思って、裏の仕事のことは一切話してくれません」


リリティアはギュッと膝上の両手を握りしめる。


「ウィルは話してくれないけれど、ブランザ公爵の残忍さを私は良く知っています。……私は、怖いんです。私のせいでウィルが危険な目にあってしまったらと考えると、眠れなくて。それなのに、私はウィルの傷も癒させてもらえない。……なにより、こんな役立たずの私じゃ、いつか一緒にいられなくなるんじゃないかと思うと、たまらなく怖い……。本当は、追手の事を考えれば、ウィルのためにも離れるのが一番良いって、分かってるのに。それなのに、私は身勝手にも一緒にいられなくなる事を怖がってる。……そんな自分が、大嫌いです……」


胸元で手を握りしめるリリティアの側に回り込み、グレーシアはそっとリリティアの頭を撫でた。


「……頭が良いのも考えものね。あなたたち二人とも頭が良すぎて少しの情報から状況を推測できてしまう。それで勝手に判断して、相手のためにと言って自分の本心を伝えられないんだもの」


リリティアの頭を優しくなでながら、グレーシアはふっと笑みを漏らす。


「リリィちゃんは、ウィルと一緒にいたいって、思ってくれているのね」


グレーシアの言葉にリリティアはぱっと顔を上げ、くしゃりと顔を泣きそうに歪めて小さく頷いた。


「それを伝えてあげたら、きっとウィルはとても喜ぶわ」

「私には、そんな資格ないんです……」

「リリィちゃんはどうしてそんなに自分を卑下するの?こんなにかわいい子に想われて、喜ばない訳ないのに」


不思議そうなグレーシアの言葉に、リリティアは唇を嚙みしめる。この優しい人に、これ以上自分を偽る事はできなかった。


「……わ、私は……私の腕には、奴隷紋が、刻まれているんです」


リリティアは俯きぎゅっと膝上の両手を握りしめた。グレーシアの反応が怖くて、握りしめた手が震える。ジェイコブや侯爵家の人たちのように、汚いものを見たような目をウィルの姉に向けられたらと思うと恐ろしかった。そんな女が大切な弟の側にいるのを、普通なら嫌悪して当然なのだから。


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