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失くした物


カミラに買い出しだけをお願いして、家事はすべてリリティアが担うようになって暫く経ったある日。キッチンに立つリリティアは昨日から仕込んでいたビーフシチューの味見をしてホッと息をついた。


「良かった。おいしくできた……」


はじめは肉が固くなってしまったけれど、何度か挑戦してやっと柔らかく仕上げることができるようになった。忙しいウィルにせめて栄養を取ってもらえるように、野菜もたくさん入れている。


(ウィル、今日は帰ってこれるかな……)


最近は特に忙しいのか、帰ってこられない日が続いていた。ウィルはなるべく事前に伝えてくれるが、仕事の内容次第ではいきなり帰れなくなることも多いのだ。


「また、明日の私のご飯かな……。作りすぎちゃったから、これだと二日分はあるかも……」


寂しそうにつぶやいたリリティアは、気分を変えるようにパチリと頬を両手で叩くと眩しい光を届ける窓の外を見つめた。


(今日はいいお天気だから、中庭の草取りをしよう)


そうしてリリティアは、またいつものようにテキパキと家事をこなしていった。何かに集中していれば、余計なことを考えなくてすんだから。





しかしその日の夕刻、一人で夕食を取ったリリティアが書庫で本を選んでいた時。無意識にいつものように胸元のお守りに触れようとして、違和感に気が付いた。いつも持っていた小さな巾着袋の中の重みがいつの間にかなくなっていたのだ。


「っ!」


急いで取り出して見てみれば、古い巾着袋の端の糸が解けてしまっている。そこから転げ落ちてしまったのだろう、中に入っていたはずのお守りのガラス玉がなくなってしまっていた。リリティアはさっと顔を青くさせる。手元から、ボトリと本が床に落ちた。


「うそ……」


リリティアは血の気が引いて、懸命に家の中を探した。丸いガラス玉だから転がって家具の下に入ってしまっているかもしれないと、床に手をついて必死に目をこらす。しかし、小さなガラス玉は終ぞ見つける事ができなかった。


「どうしよう……」


子供の時からずっと肌身離さず持っていたお守り。辛い生活の中でも、ずっとリリティアの心を支えてくれていたものだ。何よりも、ウィルがくれた大切な約束の証だった。まるでその絆までも失ってしまうような、どうしようもなく恐ろしい感覚に襲われて目頭が熱くなった。

心細い時、いつも助けてくれるウィルを真っ先に思い浮かべてしまう自分をリリティアは叱咤した。彼はいま、ガスパルやマチルダ達と共に大切なお仕事をしていると聞く。こんな事で忙しいウィルに迷惑をかける事なんてとてもできなかった。


(侯爵邸にいた時は、週に一度ウィルが会いに来てくれるだけで安心できたのに。今は、一緒に住んでいるのに、どうしてこんなにウィルが遠く感じてしまうんだろう……)


リリティアはぎゅっと目をつぶった後顔を上げ、ランタンに灯りをともして肌寒い庭に出た。太陽はとっくに地平に沈み、空は藍色に変化し星々が瞬いている。


(今日の午後は、庭のお花の世話をしていた。たぶん、失くしたのはその時だ……)


リリティアは汚れるのも構わず膝をつき、真っ暗な庭をランタンの灯りを頼りに小さなガラス玉を探し続けた。


「痛っ……」


手元が暗いせいで、草木で手にいくつも小さな傷ができる。それでも、飲み込まれそうな不安から逃れるようにリリティアは懸命に地面を探った。真っ暗闇の中、本当に一人ぼっちになってしまったかのように寂しさがこみ上げる。その寂しさに急き立てられるように、暗闇のなかの光を求めるように、リリティアは必死だった。

しかし手がかじかみ体が冷え切った頃になっても、小さなガラス玉を見つけることはできなかった。


(どこにもない……。どうしよう、もうこんな時間。こんな格好でいたら、ウィルに心配かけちゃう……。着替えなきゃ……)


リリティアは重い体を上げて、のろのろと家への道を戻りかける。しかし途中でピタリと足が止まった。


(……そうだ、今日も帰れないって、連絡があったんだった……。……良かった、まだ、探せる……) 


リリティアは今にも溢れそうな熱い目元をグッと拭った。

夜空はいつの間にか雲に覆われ、星の光も見えなくなっていた。


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