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二度目の邂逅(1)


貴族子女の学ぶ学園の朝の教室では、皆が二人の少女のやりとりをコソコソと見つめていた。生徒全てが床に座り込む赤みがかった金髪の少女に同情の視線を送っている。

逆に嫌悪の視線を送られているミルクティーブラウンの髪の少女は、床に座る少女――ビアンカを見下ろしながら淡々とした無表情で言葉を吐き出す。


「男爵家の分際で私の婚約者に近づかないで」

「も、申し訳ありませんリリティア様!私はそのようなつもりはありません!ですからそのブローチは返して下さいませ!それは大切な……!」


涙を浮かべるビアンカの目の前で、リリティアは彼女に指示された通りに先日購入した安物のブローチを窓から投げ捨てた。


「そ、そんな……!ひどいですわ、リリティア様!お母様の形見でしたのに……!」


素晴らしい演技力で悲しみの表情を浮かべ泣き崩れるビアンカから目を背け、リリティアは周りからの非難の視線に震える足を隠すように踵を返して教室を後にした。

この後は、打ち合わせ通りにジェイコブがやって来てビアンカを慰める様子を周りに見せつけるのだ。


「またリリティア様よ。可憐なビアンカ様に婚約者を取られまいと必死ね」

「あのような行為、ご自分の品位を下げているとお分かりにならないのかしら」

「それは、ほら、妾腹でいらっしゃるから……」


周りの蔑みの声がじわじわと心に浸食してくるようだった。


茶番を行なわされるのならば、せめて放課後にして欲しい。

朝の茶番の内容は瞬く間に生徒たちに知れ渡り、リリティアの周りで聞こえよがしに彼女を非難する声が囁かれる。いつもの事であるのに、皆の蔑む視線に震える指先をリリティアはペンと共にギュッと握りしめた。


(いつもの事、いつもの事……何も考えないのよ……)


針の筵のような午前中の授業を終えて昼休み、人の視線から逃れるように、リリティアは学園の裏庭に駆け込んだ。そこにある生垣の奥の寂れたベンチに腰を下ろし、やっと楽に息をつけるようになる。

人の来ない寂れた裏庭は、リリティアにとっては学園で唯一ホッと息をつける場所だった。

侯爵家の使用人にお弁当を頼む事もできず、ましてや嫌な視線を浴びながら学食に行く事も考えただけで胃が痛くなり、昼休みはいつもこのベンチで一人読書をしたり仕事をしながら時間を潰していた。


――いつまでこんな生活が続くのだろう……。


学園生活はあと一年で終わるけれど、卒業後の結婚生活が今よりもマシになるとはとても思えなかった。

きっと、こんな事を考える心さえも殺してしまえば楽になるのだろう。何も考えずに日々の仕事だけをこなしてゆけば、こんなに苦しい思いをしなくてもすむ……。


詮無いことを考えながら、手元の文字に視線を落とす。

ミルクティーブラウンの柔らかな髪が風に靡き暗い表情を覆い隠した。

今日も手元の資料を読み、いつもの一人だけの時間が過ぎる……そのはずだった。



「こんにちは、お嬢さん」



春の息吹にどこからか紛れ込んだ淡いピンクの花びらが風に運ばれ、リリティアの目の前を声と共に通り過ぎる。


静かな裏庭に響いた聞き覚えのある声に、リリティアは目を見開いて顔を上げた。


そこには仕立ての良いスーツに身を包んだ、眼鏡をかけた茶髪の若い紳士が立っていた。

知らない人物のはずなのに何故だか既視感があり、リリティアは小さく首を傾げる。


「こ、こんにちは……?」


おずおずと挨拶を返したリリティアに、青年は楽しげに微笑んでベンチに座るリリティアの前に跪いた。そして間近で顔を見て驚くリリティアの手を取ると、恭しく手の甲に口づける。


「先日のお礼をさせていただきに参りました」


そう言って、彼は悪戯が成功したかのように微笑んだ。その笑顔と仕草には、十分すぎる程の覚えがあった。


「あなたは、先日の怪盗さん…ですか?」


溢れそうなほど目を見開いたラベンダー色の瞳に、我が意を得たりと笑う青年の顔が映される。彼はおもむろに茶髪のウィッグをとると、その下から先日見たのと同じ漆黒の髪が顔を覗かせた。そしてにこりと笑うと、胸に手を当て芝居がかった様子で礼をした。


「そうですよ。あなたに命を救われたしがない怪盗、ウルティオでございます。

――今日は約束した通り、お礼に来たんだ」


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