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綻び(2)


その日の昼間、リリティアはカミラとともに日の当たる裏庭で洗濯物を干していた。青空のもとに、白いシーツが気持ちよさそうにたなびく。


「リリティア様、何度も言いますが、このような事は私にお任せください」


やや呆れたようなカミラの言葉に、リリティアは小さな笑みで返す。


「でも、もとから私はカミラに家事を教わるつもりだったんです。それに、一緒に作業していればカミラのお仕事を邪魔せずにお話ができると思って」


そう言えば、カミラはいつものように何かを言いたげな顔をしてから黙ってしまった。そんなカミラに、リリティアはふと問いかけた。


「そういえば、カミラは今まではどのようなお仕事をしていたんですか?あ、話せない事だったら、無理に話さなくて良いのですが」


リリティアの問いかけに、カミラは静かに口を開く。


「私は普段はこちらの拠点の入り口にある雑貨店の店番に扮し、侵入者の監視および排除を任されております。また、必要時には諜報活動も行います」

「排除……。カミラはそんなに強いのですか?」

「マチルダ姉さんに面倒をみて頂いているなかで、武術も学ばせていただきましたから」


当然のように言うカミラに、リリティアは羨望の眼差しを向ける。役目を与えられ、仕事をこなすカミラが眩しかった。自分はウィルやカミラに助けられ、何不自由ない暮らしをさせてもらっている。侯爵邸では考えられなかったくらい、たくさんの物を与えられて大切にされている。でも、どうしてだろう。自分の足場が定まらないような、そんな不安がいつも体を取り巻いていた。


「カミラはすごいですね。……私も、何かウィルの役に立てれば良かったのですが……」


リリティアのつぶやきに、カミラがやや険しい表情で、真っすぐな視線を向けてくる。一緒に過ごす中で、リリティアもだいぶカミラの表情が分かるようになってきた。カミラは時々、今のような何か不満を押し込めているような顔をしていた。


「……リリティア様、私からも一つ、質問をしてもよろしいでしょうか」

「!もちろんです」


カミラからのはじめての問いかけに、リリティアはすぐに頷いて笑顔を浮かべた。いつも助けてくれるカミラと、少しでも仲良くなれたらと思っていたから。

しかしリリティアの笑顔は、カミラから突き付けられた問いに固まることとなった。


「……リリティア様とウルティオ様のご関係は何なのでしょうか?恋人なのかただの保護対象者なのかもはっきり伝えられていないため、正直なところ困惑しているのです」

「……それ、は……」


カミラの言葉に、リリティアは口を開きかけて、そして何も答えるべき言葉がないことに気が付いた。ラベンダー色の瞳がゆらゆらと揺れ、言葉の代わりに震える吐息だけが唇から吐き出される。


(私はウィルの、……何、なのだろう……)


以前、私を好きだと言ってくれたウィルの言葉を思い出す。その言葉は、真っ暗闇のなかでも輝く灯のようにいつも私の心を温めて照らしてくれる。その光を、私は大切に大切に心の奥底の宝箱にしまい込んで蓋をした。

……私はウィルの言葉を断って彼を騙していたことを告げ、奴隷紋を見せたのだから。

あの後、ウィルが奴隷紋について何か言ってくることは一度もなかった。優しいウィルは私を公爵家から助け出してくれたけれど、奴隷紋の刻まれた私の事、どう思っただろう。


リリティアは無意識に、左腕をきつく掴む。

服の下に刻まれた、人ではない、結婚もできない、ただの消耗品であるという証の刻印。今でも時々、刻まれた際の痛みを思い出させるように皮膚がうずく。普通なら、奴隷紋の刻まれた人間を望む人なんているはずがない。


(ウィルは、優しいから……)


ずっと、考えないようにしてきた。ウィルの側にいられる今の生活を手放したくなくて。

ウィルは昔の約束を守って、こんな私をとても大切にしてくれている。でも、本当は私は、ウィルに大切にしてもらう資格なんてない狡い人間なのだ。奴隷紋の事を話題に出すのが怖くて、ウィルを騙していた事に対してちゃんと謝ることも出来ていない。本当なら、こんな厚遇は遠慮して、助け出してくれたことに感謝して分相応な生活を送るべきだったのに。


ズキリと痛む胸を抑えるリリティアに、さらにカミラからの言葉がのしかかった。



「……ウルティオ様には、マチルダ姉さんのような方がお似合いだと私は考えていました」



カミラの言葉に、リリティアはカミラが自分のことを認めていないことに気が付いた。いや、目を背けていただけで、本当は気づいていたのだ。貴族派の手先であった自分なんて、ウィルの隣にはふさわしくない。まして、奴隷紋の刻まれた女なんて……。それがなくとも、彼の仲間はこんなウィルのお荷物にしかならない私の事、認められないだろう。ブランザ公爵を敵に回したことで、どれだけウィル達を危険な立場に立たせてしまったことか。

それなのに、厚意にあぐらをかいていた自分が恥ずかしかった。ただ、ウィルの命令だからとこんな自分の世話をしてくれていたカミラに申し訳なさがこみ上げてくる。ウィルの隣に立つ美しいブロンドの女性の姿も脳裏に浮かび、胸が軋んだ。


「……私も、私はウィルに、ふさわしくないと思います……」


小さくつぶやいたリリティアは、ぎこちなくも深くカミラに頭を下げた。


「……カミラ、今まで本当にごめんなさい。私なんかに、貴重な人材である貴女をつけてもらうのはとても傲慢なことであったと今やっと気がつきました」


リリティアは顔を上げ、狼狽えるカミラに告げた。きっと、もっと早くにこうするべきだったのだ。


「カミラには、今までたくさんお世話になってしまいました。カミラが教えてくれたお陰で、もう、家のことは私一人でもできるようになりました。私が一人で出歩いてはかえってご迷惑になってしまうと思うので買い出しだけはお願いすることになりますが、それ以外はカミラはもとのお仕事に戻ってください」

「……なにを……。私は、ウルティオ様からあなたのお世話をするよう命令されていますから……」

「カミラが見張っていてくれるから、この敷地内は安全なのでしょう?ウィルは朝しかいないので分からないでしょうし、もし何か言われても私が一人で過ごしたいからカミラに命令したと言ってくれれば大丈夫ですから」


渋るカミラを説得して、リリティアは彼女を帰らせた。そして一人きりの家の中でうずくまり、左腕をきつく握りしめたのだった。



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