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新しい生活(2)


翌日、リリティアはとても緊張しながら客間のソファに座っていた。


「これからしばらく忙しくて家に帰れないこともあるかもしれないんだ。だから、もし俺がいない時に何かあった場合のために仲間を紹介しておくね」


リリティアは昨夜ウルティオから言われた言葉を思い出す。ソファで緊張から両手をぎゅっと握りしめているリリティアに、心配ないとウルティオは笑いかける。


「リリィ、何も緊張する必要はないよ。今日は俺の仲間を紹介するだけだから」

「は、はい」


昨夜言った通り、ウルティオは三人の男女を家に招いた。リリティアは三人が客間に入って来た途端にパッと立ち上がろうとしたが、リリティアの横で悠々と座っていたウルティオが「リリィは座っていて良いんだよ」とやんわりと押し戻した。

ソファに座ったまま瞳を瞬かせれば、まず真っ先に目に入って来たのは上背のある大男だった。隻眼であり、片目にある大きな傷がとても威圧感を感じさせる。しかし彼はウルティオとリリティアを目にした途端ニカリと笑みを向けてきた。


「おはようございます、ボス。おお、報告は聞いてましたが、姐さんがこんなに綺麗なお嬢さんとは思いませんでした。俺はボスの部下をしてるガスパルって言います。これからどうぞよろしく」


日に焼けた大きな手を差し出されて、リリティアは「姐さん……?」と首を傾げながらもそっと手を握った。顔の傷のせいで子供などは泣き出してしまいそうな風貌だが、自分を受け入れてくれているようなまっすぐな笑みにリリティアは怖いとは感じず、握手をすると小さく微笑んだ。


「初めまして、ガスパル様。リリティアと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


丁寧に礼をし笑みさえ浮かべたリリティアに、ガスパルは面食らったようにたじろいだ後、気恥ずかしげに頭を掻いた。


「いやー、本当に貴族のお嬢様なんすね。こんなに丁寧に挨拶されたのは初めてですよ。俺のことはガスって呼んでください。様なんて柄じゃないんで」

「わかりました、ガスさん」


ほんわかと挨拶をかわす二人にウルティオが口を挟む。


「ガスは俺の……裏の仕事の代理みたいな感じかな。ここら一帯の荒くれ者を纏めてるから、何か荒事があったらこいつの名前を出していいから」

「普段は裏通りのパルっていう酒場にいます。後で符丁もお教えしますね。なんでもご用命ください。まあ、こんな武骨な男よりは、同じ女のマチルダの方が頼りやすいっすかね」


ガスパルが横を向くと、ガスパルの隣にいた華やかなブロンドの髪の美女がにこりとリリティアに微笑んだ。


「初めまして、リリティア様。私はマチルダと申します。ウルティオ様の管理していらっしゃるこの地域のいくつかの店舗の運営を任されております」

「は、はい、マチルダ様。どうぞよろしくお願いいたします」


微笑むマチルダの麗しさにリリティアはほうっと息を漏らす。


(綺麗なひと……)


マチルダのスタイルの良い体を上品なドレスが引き立てている。年齢はウルティオと同じくらいだろうか。その口調、その仕草はとても上品で、貴族のご令嬢と言われても違和感がなかった。


「ふふ、私もマチルダとお呼びください」

「あ、ありがとうございます、マチルダさん。あの、それでは、私もリリィと」

「では、リリィ様と呼ばせてくださいませ。リリィ様はウルティオ様の大切なお方ですもの」


にこりと笑顔で口にされた言葉に、リリティアは気恥ずかしさに口をつぐんで視線を下に向ける。


「私の方にもいつでもご用命を……と、言いたいところなのですが、リリィ様がいらっしゃるには少し問題のある店もありますので、私が面倒を見ているカミラをリリィ様の侍女として置いていただくことになっております」


マチルダが肩を抱いて前に出したのは、リリティアよりも二歳ほど年下であろう黒髪の少女だった。背丈はリリティアと変わらないくらいだろう。綺麗な黒髪を肩口で切りそろえ、凛とした表情でピンと背筋を伸ばして立つ少女は恭しくリリティアに礼をした。


「本日よりリリティア様のお世話をさせていただきます、カミラと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「何かご入用でしたら、このカミラにお伝えください。家事は得意ですし、武術の心得もあるので護衛役としてもお連れいただけますわ」

「あの、よろしくお願いします、カミラさん。ですが、あの、侍女……ですか?ある程度自分のことは自分でできますから、そんなご迷惑をかける必要は……」


困惑気味のリリティアに、マチルダがにこやかに告げる。


「ご令嬢であるリリィ様に家事をさせる訳にはまいりませんもの。まだ幼く見えるかもしれませんが、全てカミラに任せていただいて構いませんわ」


マチルダからの言葉には、カミラへの信頼がうかがえた。

侯爵邸にいた頃から、侯爵夫人に疎まれ蔑まれていたリリティアは侍女たちからまともに世話を受けたことなどなかった。だから身の回りのことは全て自分で行ってきたのだ。これからはもう平民として生きていくつもりでいたリリティアは侍女をつけることに当然のように頷くマチルダやウルティオに困惑しつつも、好意をありがたく受け取ることにした。


(家事をするのは、子供の時以来だもの。確かに、一人では分からないこともあるかもしれない。忙しいウィルに毎回聞いていては、逆に迷惑をかけてしまうかもしれないし……)


家事が問題なくこなせるようになるまでお世話になろうと一人納得して、リリティアは頭を下げた。


「わかりました。どうぞよろしくお願いします」


そこで、何かに気づいたようにガスパルが部屋を見回す。


「そういえば、コナーは呼ばなかったんですかい?」

「あいつはいい」


ガスパルの問いに、ウルティオは迷う素振りもなく素っ気なく返す。その様子に、マチルダがクスクスと笑った。


「ウルティオ様は、あの女ったらしにリリィ様を会わせたくないのでしょう」

「なるほど、違いねえ」


ガハハと笑ったガスパル。そんな彼らの様子に、リリティアは彼らの長い付き合いを察せられた。


「ここにいる奴らは俺の正体もリリィの事も知っているから、俺のいない時に何かあれば頼っていい。何をもってもリリィを助けるように言ってあるから」


ウルティオの言葉に、リリティアは丁寧に三人に頭を下げた。


「あ、あの、ご迷惑おかけしますが、これからどうぞよろしくお願いいたします」


そんなリリティアに、ガスパルとマチルダは笑顔を見せ、カミラは恭しく頭を下げた。


「ボス、そろそろ時間が」

「ああ」


ちらりと懐中時計を確認したガスパルの言葉に、ウルティオの表情が一瞬鋭くなる。しかしリリティアを振り向いた時にはいつもの笑みを浮かべていた。


「今日は遅くなるから、リリィは気にせず休んでいて」

「怪盗さんの、お仕事ですか?今日はどこに……?」

「リリィは何も心配いらない。何かあればカミラに言いつけるんだよ」

「は、はい……。行ってらっしゃいませ」


急いでいるらしいウルティオに聞き返すことができず、リリティアは口をつぐみウルティオを見送ったのだった。


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