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手紙


ウルティオの所有するいくつかの拠点のひとつに、弁護士事務所の職員がやってくる。この職員はウォーレンの裏の顔も知り、ウルティオの情報収集の一端も担っているコナーという青年だ。


コナーは叩き割られたようなガラス片が散らばったままの部屋と、殺気の漏れたウルティオの様子に怯んだように一瞬足を止めた。


「……コナーか。例の件の準備は終わったのか」

「もう少し時間をください。なんとか間に合わせますので。それより、これを……」


コナーは恐る恐る一通の封筒を差し出した。


「本日ウォーレン・リドニー宛に弁護士事務所に届いたんです。差出人が書いてないんですが、内容がとんでもないもので……」


顔を上げたウルティオは、見覚えのある字を目にするとペンを投げ捨てて急いで封筒を手にとった。かなり分厚い封筒で、ずっしりとした重みがある。


「これは……」


中身を取り出し読み進めるウルティオの表情が、だんだんと険しくなっていく。


その書類には、カスティオン侯爵家の財産の推移、取引のある貴族と取引先の詳細、そして不正、横領があったと思われる点が読み取れる書類の写しだった。こんな侯爵家を丸裸にするような資料は、とても外部の者では入手できない。確実に内部……一族の者がかなりの時間をかけてまとめたものだ。


それだけにとどまらず、ブランザ公爵家の取引先や展開している事業、金額の推移も書かれた資料もある。そして、ブランザ公爵の手掛ける後ろ暗い事業や12年前当時の内部資料。ーーー喉から手が出るほどに欲する、公爵家の貴重な情報。


横から資料を覗き見たコナーが興奮した声を上げる。


「誰からなんですか、このヤバい資料は?俺ら諜報員でも入手するのに年単位の潜入が必要な内容じゃないですか。しかもブランザ公爵家って……。この資料があれば、計画が2年は前倒しできますよ!」


コナーの歓喜の声に反応する事なく、ウルティオはやがて最後のページにたどり着く。そこには、リリティアの几帳面な字で短い手紙が書き記されていた。


『一生分の幸せをいただいたお返しです。そして、あなたの大切な時間を私の我儘で奪ってしまった代償でもあります。

騙してごめんなさい。そして、今までありがとうございました』


それだけ書かれた手紙をウルティオはギュッと握りしめる。


これだけの情報量は、両家の政務に携わるたった一人にしかなし得ない。とてもではないが短期間で準備できるものではなく、かなり前から準備を始めていた可能性がある。

しかも、こんな物を作成していることが知られれば、身の危険を伴うものだ。


「いつから、こんな準備を始めていたんだ……?それに、どうして俺たちがこの資料を必要としている事を知っていた……?」


掠れた声が漏れる。消印を見れば、リーデルハイト家の領地から卒業式後に出されている。


(彼女が、マリアンヌ嬢に託したのか)


もしもあの時カスティオン侯爵が来なければ、彼女は何も知らせることなく、きっとこの手紙だけ残して全てを終わらせるつもりだったのだろう。


最後に見た笑顔を思い出す。瞳を潤ませながらも、花のように微笑んだ君の笑顔は、誰よりも綺麗で、悲しかった。


ウルティオは血が滲むほどに拳を握りしめる。


「こんな物が欲しかった訳じゃない……‼︎俺はただ、君に……」

 

押し殺した声が、懇願するように想いを言葉に乗せた。


「君に、幸せになって欲しかっただけなんだ……」


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