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悪役令嬢


「見て、カスティオン侯爵令嬢よ」

「今日も男爵令嬢を虐めていたらしいわよ」

「いくら容姿が良くても、中身がアレではね……。ジェイコブ様もお気の毒だわ」


学園の廊下でヒソヒソと囁かれる声と嫌悪の視線に、リリティアは顔を伏せて足速にその場を去った。


庶子のくせに侯爵家の地位を笠にきる身の程知らず。公爵家嫡男の婚約者の地位にしがみつき、爵位の低い令嬢を虐げる悪女。くすりとも笑わぬ冷血女。それが学園で囁かれるリリティアの評価だった。




この国の貴族の子供は十四歳から三年間王立学園に入学する。この学園は言うなれば小さな社交場で、この学園での派閥が卒業後の社交界でも大きく影響を及ぼす事になる。

例に漏れずリリティアも婚約者のジェイコブと共に入学した。


学園入学には二つの条件がある。貴族の血筋であること、そして魔力を持つことだ。

魔力は貴族の尊き血族が神より授けられる特権とされており、基本的に火・水・風・土の4属性のうち一つの属性を与えられている。そしてこの100年ほど現れなかった光と闇の属性は詳しい能力があまり知られていない属性だった。

そもそも魔力を用いて具現化される魔法はとても単純な現象だ。はるか昔はその魔力で森を焼き尽くし、川を作り出し、空を飛び、城壁も築いたという伝説もあるが、今は昔のお伽話。

現在では、魔法と言えば小さな火を灯すかコップ1杯ほどの水を出すなどがせいぜいで、その力はただ己の権威を示すためのパフォーマンスとしてしか使われる事はない。

そもそも、貴族とは平民から傅かれるのが当たり前という考えであり、高貴な魔力でなにか労働を行うなど考えられないことなのだ。生活の全てを使用人に世話をされるのが常識な貴族にとって、魔法を使う場面など全くない。火の魔力を持つジェイコブの火魔法も、作り出した火種で平民を脅す遊びにしか使われた事はなかった。




無事に魔力検査も合格し、学園に通っている間は侯爵家での虐待まがいの授業が免除になると安堵していたリリティアだが、学園生活ではさらに辛い状況に立たされる事となった。

ジェイコブの課題を押し付けられるくらいなら予想内だったが、卒業と同時に次期公爵夫人という名の奴隷となる事が決定しているリリティアに、公爵家から更なる仕事が押し付けられ、放課後は公爵家でその仕事に追われる事になったのだ。


さらに二年生になると、新入生として入学してきた赤みがかった金髪の可愛らしい容姿の男爵令嬢のビアンカがジェイコブに近づき、二人は人目も憚らずに学園内でも逢瀬を重ねるようになる。それだけなら、何の問題もなかったのだが……。


「俺とビアンカの仲を邪推して、婚約者がいるのになどと非難している奴らがいるらしい。なんとかしろ」


リリティアを呼び出したジェイコブは、まるで使用人のようにリリティアを立たせたままソファにふんぞり返り命令する。


ジェイコブは非常にプライドが高く、皆から敬われる存在である己を誇っている。そのため口出しのできない下級貴族へは高圧的な態度をとる一方、上級貴族へは外面良く振る舞っており、豊かな金髪と整った容姿で社交界や学園での評判はとても良いのだ。

試験の成績は公に公開されない学園では、目に見えるレポートなどの評価でおおよその成績が目測される。リリティアに全ての課題を押し付けているジェイコブは成績も優秀な次期公爵と持て囃されており、今回のような批判には我慢がならなかったのだろう。


「なんとか、と言われましても……。私は、何をすれば……」


無茶な要求は今までにも何度もあったが、こればかりは噂を無くすにはビアンカと会わないようにする事ぐらいしか思いつかない。


しかしその時、ジェイコブの腕にもたれ掛かっていたビアンカが一冊の本を持ち出した。


「ねえ、ジェイコブ様。これは今人気の演劇なのですけれど、これに当てはめてみれば良いと思いますの」


渡された物語は、身分の低い少女が貴公子と出会い恋をする物語だ。貴公子の婚約者である令嬢からの虐めに耐え、最後にはその悪女は婚約破棄をされてハッピーエンドとなる。


「ね?この悪役令嬢をリリティア様にやってもらえば、私たちのことを悪く言う人はいなくなりますわ!」

「なるほど!ビアンカは頭がいいな!」

「そんな。恥ずかしいですわ」


二人のやりとりを見せつけられながらも、リリティアは慌てて意見する。


「し、しかし、そのような悪評が広まればカスティオン侯爵家の家名にも悪影響があります。父に相談してから決めさせていただきたく……」


なにより、それにより父の機嫌を損ねてお母さんの治療に影響を及ぼす訳にはいかなかった。

しかし、リリティアの意見に返ってきたのは激しい罵声だった。


「口答えするな!卑しい奴隷のくせに!お前は黙って言う事を聞いていればいいんだよ!」

「……っ、かしこまりました。お許しくださいませ」


父の怒りを買うことはもちろん避けねばならないけれど、ジェイコブとの婚約を維持できなければ私には何の価値も残らない。確実にお母さんの治療は中断されてしまう。

顔を青くさせて深く頭を下げ赦しを乞うリリティアの様子に、ジェイコブは嗜虐的な笑を浮かべる。


頭を下げるリリティアに近寄ってきたビアンカが、顔を寄せて小さく声をかけてくる。


「心配しないで、悪役令嬢さん。この物語のように本当に婚約破棄はしないから。私たちが悠々と暮らせるように、あなたには名ばかりの妻としてしっかりとお仕事してもらわなければいけないもの。感謝してよね」


庇護欲をそそるような可愛らしい顔に計算高い笑みを浮かべるビアンカを見上げて、リリティアはいつからかほとんど動かなくなった表情のまま、全てを諦めたかのように頭を下げた。



侯爵邸に帰り事の次第を報告した時の父の罵声も、およそ予想していた通りだった。


「お前がジェイコブ様のお心を繋ぎ止められないからそんな事態になるのだ!使えない奴め!」

「申し訳、ありません」

「チッ。しかしジェイコブ様の機嫌を損ねる訳にはいかん。婚約破棄はしないと言っているのならばかまわん。逆にまた公爵家へ恩を売れるからな。お前は彼の言う通りに従うんだ」

「かしこまりました……」


そうして、二年生の間は勉学と公爵家の仕事、そしてジェイコブとビアンカに指示されるままに悪役令嬢を演じ、見事にリリティアの評判は地に落ちた。


ミルクティーブラウンの美しい髪と珍しい淡いラベンダー色の瞳、そしてこの七年ほとんど外に出る事も許されず、屋敷の中で自由もなく勉強を強要されてきた為に日に当たることなく透き通るような白さのままの肌。

皆が目を引く美しい容姿をもつ侯爵令嬢であるリリティアは、人形のようにほとんど表情を変えない事も相まって元から話しかけ辛い雰囲気があった。

ましてや公爵家のジェイコブが婚約者でありながら彼女を嫌悪している様子を見ていれば、関わり合いになろうと思う者はいない。

昼休みも放課後も仕事で潰され友人を作る時間もなく、彼女の人となりを知る者は学園にはほとんどいなかったもの悪かったのだろう。

そんな状況で彼女の悪評が出回れば、それはたちまち事実として扱われ、皆がリリティアを嫌悪の視線で見るようになった。

リリティアの容姿を妬んでいた女生徒達も、彼女の出自を知ればすぐにその視線を嘲りに変えて話を吹聴して回った。


そうして、周りの蔑みの視線に晒されながら、リリティアは学園の三年目を迎えた。


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