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決闘


「な、決闘だと⁈」


驚きの声を上げるジェイコブ。しかしウルティオのそばではリリティアも驚きから口を覆っていた。

決闘とは、古くからある貴族の慣習だ。貴族同士でそれぞれの名誉を守るために剣をとる。そして負けた方は、初めに定めた勝者からの要求をのまなければならない。しかし今の権力構造となってからは、権力のある者に従うのみで決闘が行われた記録はなかった。


「そうですよ。私の言葉に偽りがあると言うのなら、剣をもって証明して見せれば良いのです」

「何故この俺がそんな事をしなければいけないんだ!」

「おや、これだけ言われても逃げるのですか?そして権力でもって私を不敬罪にすれば満足なのですか?は、その権力もお父上であるブランザ公爵のものですのに、それしか持つものがないとは……、ブランザ公爵もこのようなご子息をもってお気の毒に」

「き、貴様っ……!!!」


どこまでも的確にジェイコブを挑発するウルティオの言葉に、ジェイコブはついに従者に剣を持ってくるよう指示を出した。


「お望み通り剣を取ってやるよ。俺が勝ったら地べたに這いつくばって謝罪してもらうぞ!」

「では私が勝ったら地べたに這いつくばってリリティア嬢に謝罪していただきます」

「はあ⁈なぜ俺がこの女に謝罪しなければいけないんだ!」

「婚約者をこの女呼ばわりとは……。まったく信じられませんね。

何故かと問われれば、私は音楽と美しいものを愛する芸術家だからですよ。これほどお美しい女性が苦しめられているのを見過ごすなど、私の主義に反します。その窮地をお救いしたいと思うのは、男として当然でしょう?」


自分に酔ったように演説するウルティオだが、何故わざとそうして女好きのような演技をするのか、リリティアには良く分かっていた。あくまでもリリティアとは初対面であり、粋がった他国の芸術家の独断で騒ぎを起こしていると印象付けるため。もし失敗したとしてもリリティアには関係がなかったとして、累が及ばないようにするためだ。


(私を、守るため……)


ウルティオの意を汲むのならば、恐らくここでウルティオを止める素振りを見せたりジェイコブの武運を祈るのが正解だろう。しかしリリティアはとてもではないがジェイコブの応援など出来なかった。なぜならそれは、ウルティオの怪我を願うようなものだから。


「お怪我を、なさいませんように……」


会場の人々はどちらに言っているのか判断つかないだろう向きで、リリティアはウルティオをじっと見つめて声をかけた。心配で揺れるラベンダー色の瞳に向けて、ウルティオはパチリと片目を瞑ってみせた。



パーティー会場を出た所には中庭があり、美しく整えられた生垣が見渡せる。その中庭の中央に、ウルティオとジェイコブが剣を手に対面する。時刻はすでに夜になっており、明るい月が中庭を照らしていた。


「俺は学園の剣の授業で一度も負けた事がないんだ。そのお綺麗な顔に傷を付けたくなかったら、やめるなら今のうちだぞ芸術家気取りが」

「おやおや、あなたより爵位が下の人しかいない授業での忖度ありの成績を自慢されましてもね。どう考えてもわざと負けてくれていたんじゃないですか?」

「貴様……!!!」


ウルティオの言葉に青筋を浮かべたジェイコブは、怒りのままに大きく剣を振りかぶってウルティオに向けて振り下ろした。ジェイコブの剣は確かに本人が自慢するだけあり強く速い剣筋だった。

しかしウルティオは遊びのようにヒョイと最小限の動きでそれを避けると、ジェイコブの足を蹴り払う。ベシャリと頭から地面に倒れたジェイコブの首にウルティオはスッと剣を突きつけた。


シンと静まり返る会場。大人と幼児の戦いのような、あまりにも圧倒的な力量の差による、一瞬の出来事だった。


唖然と周囲の者たちが見つめる中、ウルティオがニコリと笑いかける。


「さあ、あっけなく勝負はつきましたね。ちょうど地面に這いつくばっているのですから、そのままリリティア嬢に謝罪なさいますか?」

「……っ、な、馬鹿な……」


ジェイコブは多くの参加者たちの前で下された屈辱と怒りにブルブルと震えている。リリティアにこんな公衆の面前で謝罪をするなど、とてもジェイコブのプライドが許すものではなかった。


「ほら、早く謝罪して下さいよ。それが出来ないのなら、いっそ()()()()()()()リリティア嬢を解放してあげてはどうですか?」


ジェイコブは顔を怒りで赤黒くさせ、ギリっと歯を食いしばった。食いしばった歯の隙間から、怨嗟のような声を出す。


「……破棄だ……」

「なんですか?」

「婚約を破棄すると言ったんだ……!!」


ジェイコブの言葉に、ウルティオはニヤリと笑みを浮かべた。


「その言葉に偽りはありませんね?」

「こっちから破棄してやるよ!だいたい、この俺の婚約者がこんな元平民の女だったのが間違いだったんだ!こんな奴隷女、俺に相応しくない!」


屈辱と怒りにのまれたジェイコブは、父である公爵の言葉も忘れてただ激情にのまれるままに婚約破棄を叫んだ。


「でしたら、こちらの書類にサインを。会場の皆さまも証人となってくださるでしょう」


ウルティオは懐から取り出した書類にサラサラとジェイコブの有責で婚約破棄をする旨を書き記す。


しかし素早く事を進めるためウルティオがペンをジェイコブに渡そうとしたその時、低い声がその場に響いた。


「これは何の騒ぎだ」


その声に、リリティアはビクリと体を震わせて振り返った。観衆の中から現れたのは、豪奢なマントを羽織ったジェイコブと同じ金髪の壮年の男性。眼光鋭くこちらを睥睨するブランザ公爵だった。

リリティアの瞳に怯えが混じる。


「なんで、ブランザ公爵がここにいるんだ……」


予定外のブランザ公爵の登場に、ウルティオの動揺した声が聞こえる。

ブランザ公爵は、床に座り込んだ自らの息子に侮蔑の表情を浮かべた。


「お前、このように無様な真似をして私の顔に泥を塗るつもりか?」

「ち、父上、違うのです。これはあの男とリリティアが……」

「それに、この私の決定した婚約を勝手に破棄しようとしただと……?お前にそんな権限があると思っているのか?」


ブランザ公爵の温度のない言葉に、ジェイコブは顔色を青くする。


「も、申し訳、ありませんでした……」


頭を下げた息子に興味を失ったかのように背を向けたブランザ公爵は、ウルティオとリリティアへと視線を向ける。


「さて、君はガイル国の者だとか?このような騒ぎを起こしてただで済むと思っているのか?」


ブランザ公爵の登場で、婚約破棄の計画は失敗に終わったと言ってよい。厳しい表情でグッと拳を握りしめ、何とか軌道修正しようとしたウルティオを止めたのはリリティアだった。


「ブランザ公爵様、および皆さま、お騒がせいたしましたこと心からお詫び申し上げます。しかし皆さまには、余興として楽しんでいただく事が出来たのではないでしょうか」

「ほう?余興として処理してその男へ処罰を行わせないつもりか?」


何もかも見透かされそうな冷徹な視線に震える手を握りしめ、リリティアは公爵に向き合った。


「元から私は何があっても予定通りブランザ公爵家へ嫁ぐつもりでおります。公爵様にとって、他に何か問題がございますか?」

「お嬢さん……?」


ウルティオの困惑の声に答える事なく、リリティアはウルティオを庇うように公爵の正面に立ち真っ直ぐに視線をあげる。

普通ならば息子の名誉を汚された事を怒る場面ではあるが、ブランザ公爵は何故かリリティアの眼差しにニタリと口元を歪めた。


「いいだろう。お前が大人しく公爵家へ嫁いでくるのなら、この場は余興だった事にしてやろう」

「ありがとうございます」


リリティアは深く頭を下げる。この場で一番権力のあるブランザ公爵の言葉で、その場は何事もなく収める事ができる。


「そんな、父上!俺はこいつらに侮辱されたのですよ!」


ジェイコブの言葉に、公爵はカケラも興味のない視線を向けると言い放った。


「お前は黙っていろ」

「っ!」


グッと歯を食いしばりジェイコブは下を向く。

リリティアはクルリと振り返るとウルティオに微笑みかけた。


「ウィング様、私の為にありがとうございました。しかし私はこの国の侯爵令嬢として公爵家に嫁ぐ事に納得しておりますので心配は無用ですわ。場も騒がしくなってしまった事ですし、出口までお見送りいたします」

「……ありがとうございます」


リリティアの言葉に何とか頷き返し、ウルティオはリリティアについて騒めく会場を後にした。二人は振り向く事なく前後に並んで前へ進んでいくため、お互いにその表情を窺うことはできない。


月明かりの照らす広い廊下を二人の足音だけが響く。


周りに人の気配がなくなったのを見計らい、ウルティオが口を開いた。


「すまない、公爵が今回出席するなんて、予定外だった。それがなければ、上手く婚約破棄に持っていけたのに……」


ウルティオが悔しげに拳を震わせる。


「大丈夫、今回失敗しても、必ず俺が上手くやるから、だから」


ウルティオの言葉を遮るように、リリティアの静かな声が届けられる。


「怪盗さん、もう、良いのです」


前を向いたままのリリティアの後ろ姿に、ウルティオは怪訝な顔をする。


「お嬢さん、何を……」

「ブランザ公爵がしばらくの間私たちを監視する可能性があります。大丈夫です、結婚式は早くとも来年以降ですから、しばらくは安全をとって動かないようにしましょう」

「しかし……」


ウルティオは、先ほどのブランザ公爵を思い出す。何故だかわからないが、リリティアへの執着を感じさせる公爵の視線にウルティオは危機感を募らせた。


何とか次の作戦を立てようとしたウルティオの肩に、その時夜空から藍色の翼の鳥が降り立った。その足には小さな手紙がくくり付けられている。


「仲間からの連絡だ」


振り返ったリリティアに説明しながら、ウルティオが鳥の足から受け取った手紙を開く。

しかし内容を目にした途端、真夜中色の瞳は鋭く歪められ、グシャリと手紙を握りつぶした。


「怪盗さん……?」


その様子に心配そうに声をかけたリリティアに、ウルティオは苦しげな表情を向ける。


「……お嬢さん、落ち着いて聞いて欲しい。君の、お母さんがーーー」



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