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卒業記念パーティー(1)


貴族や影響力のある富豪しか治療を受ける事が出来ない治療院。つまりそこは非常に厳重な警備が敷かれている訳だが、その一室に一人の青年が侵入した。黒いマントを羽織った漆黒の髪の青年は、病室のドアを閉めるとベッドに眠る人物に向けて口を開いた。


「お久しぶりですオリアさん」


カツリと靴の音が病室に響く。真夜中色の瞳が、真っ直ぐに前に向けられる。


「覚えておられますか?昔、リリィとあなたに助けられたウィルです。――今は、ウルティオと名乗っています」



***



学園の卒業記念パーティー。それは、生徒の親である高位貴族たちも出席する非常に大々的なものだ。ホールも王宮のものと遜色ないほどに豪華に飾り立てられ、やってくるゲストを迎えていた。


ウォーレン講師を辞めさせた件以来、父親であるブランザ公爵から苦言を呈されたのか周りの目を気にしてか、ほとんどリリティアに絡まなくなったジェイコブからのエスコートなどもちろん期待できるはずもなく、リリティアは一人で入場する予定であった。

ミルクティーブラウンの髪を靡かせる美しいリリティアの姿を、チラチラと見つめる人も多い。以前のような見下すような視線は無くなったけれど、エスコート相手もなく一人で入場するリリティアに好奇な視線を送る人もいる。


そんなリリティアの前に、翠瞳を緩め穏やかな笑みを浮かべたセドリックがやって来た。


「リリティア嬢、今日のドレス、非常にお似合いですよ」

「ありがとうございます、セドリック様」


リリティアはセドリックにお手本のような優美な礼をする。その姿に、周りの貴族たちがほうと感嘆の息をもらした。


「リリティア嬢はお一人ですか?」

「お恥ずかしながら」


困ったように笑ったリリティアに、セドリックも同じように笑う。学園で時々会えば話をする仲であり、リリティアの状況は察してくれている。なにくれとなく手助けしてくれるセドリックに、リリティアは非常に感謝していた。


「セドリック様、この一年は大変お世話になりました。改めて感謝の気持ちを伝えさせてくださいませ」

「良いのですよ。私もリリティア嬢とお話させていただき、とても勉強になりました」


穏やかに笑うセドリックは、リリティアに手を差し出す。


「今日は学園最後の日。友人として、最後にリリティア嬢をエスコートさせていただけますか?」


セドリックの言葉にリリティアは目を見開く。


「そのような事をされては、セドリック様のご迷惑となります。私は……」

「我がハイドリー家はこのような事では少しも揺るぎませんよ。大体、不誠実な婚約者に苦しむ友人を手助けするだけです。誰が咎められましょう」


心配ないと微笑むセドリックに、リリティアはおずおずと手を添えた。




セドリックと共に入場したリリティアは、多くの貴族たちがひしめく会場に圧倒された。


「すごい人ですね」

「ええ、派閥ごとに固まり情報収集に余念がないですね。まさに社交界の縮図です」


人の波の中にウルティオとマリアンヌの姿を探していたリリティアは、見事な赤髪を見つけて視線を向けた。


「マリアンヌ様……」


マリアンヌはリーデルハイト公爵と共に出席しており、王族派で固まっているが非常に少ない人数だ。王族派の弱まりをこれだけでも察せられてしまう。

パチリと視線が合ったマリアンヌは、リリティアに小さく頷いて見せる。その姿を、リリティアは目に焼き付けるように見つめた。

リリティアは最後に二人でお茶会をした日を思い出す。





それは卒業記念パーティーの数日前のこと。

リーデルハイト家のマリアンヌの私室で二人はたくさんのおしゃべりをして過ごした。まるでいつもの学園での会話のように、たわいもない話で笑い合う。やがて夕焼けの赤い色が部屋を満たした頃、マリアンヌが静かに口を開いた。


「リリティア、わたくしたちのお茶会はこれが最後でしょう」

「はい」

「わたくしたちには、今の世の中を変える力はないわ。それぞれの派閥の次期筆頭の婚約者でありますのにね」


歯痒そうに顔を歪めたマリアンヌは、しかし顔を上げると真っ直ぐにリリティアに向き合った。


「でも、それは今の話ですわ」


マリアンヌの力強い声に、リリティアは息をのむ。


「わたくし、諦めませんわ。何が起こるか分からない世の中ですもの。もしかしたら、またあなたとお茶会が開けるかもしれない。あなたをまた友と言える日が来るかもしれない。そんな日を、わたくしは諦めません」

「マリアンヌ様……」


真っ直ぐに前を向いて告げるマリアンヌが、リリティアにはとても眩しく映った。こんな友人がいる事が、たまらなく誇らしい。


「マリアンヌ様、私も、ずっと願っております。また、こうしてお話できる日を」


これから王族の婚約者として危険な王城へ上がることになる大切な友人へ、リリティアは心からの願いを込めて言葉を告げた。


「それからマリアンヌ様、王太子殿下と、どうぞお幸せになってくださいませ」


リリティアの言葉に、マリアンヌは動揺からかガチャリとカップが受け皿にぶつかる。


「な、何でいきなりそんな話になるんですの⁈」

「ふふ、マリアンヌ様が素直にお気持ちを伝えれば、確実に殿下はぐらつくと思われますわ」

「な、そ、そんな訳ないでしょう⁈殿下はわたくしのことなんて……」

「マリアンヌ様は、誰よりも魅力的な方です。だからマリアンヌ様が本心から想いを伝えたいと願った時、その気持ちは絶対に捨てないでください。諦めずに伝えれば、絶対に届きます。友達の言葉を信じてくださいませ」


リリティアの真摯な言葉に、マリアンヌは渋々と頷く。


「友達からの最後のお願いだと思ってくださいませ」


穏やかに笑ったリリティアに、マリアンヌはグッと唇を噛む。

リリティアがブランザ公爵家でどのような扱いをされるのか、ジェイコブと結婚しても幸せになどなれないことを分かっていながらも止められない事にマリアンヌは悔しげに唇を噛む。


「あなたこそ、ちゃんと諦めないで生きるのよ。ちゃんと幸せを諦めないで」


マリアンヌの言葉に、リリティアは幸せそうな笑みを浮かべて微笑んだ。


「大丈夫です。私は、一生分の幸せをすでにもらっておりますから」





お茶会でのマリアンヌとの会話を思い出して胸元で手を握る。そんなリリティアに、セドリックが気遣わしげに肩に手を置こうとした。

しかしその手は、横合いから現れた人物に阻まれる事となる。


「これは、何とお美しい方だ!よろしければこの私に、あなたのお名前を教えては下さいませんか?」


突然嵐のように乱入して来たのは、長い金髪を背中で結った華やかな容姿の青年だった。豪華な衣装を着こなす彼は、芝居がかった仕草でリリティアの前に跪く。

その真夜中色の瞳を見て、リリティアは目を見開いた。


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