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卒業記念パーティーに向けて


季節は寒さ厳しい冬を乗り越え、学園の三年生はもう直ぐ卒業を控える。学園での話題は、もっぱら一月後に執り行われる卒業記念パーティーの事だった。


「はあ、今になると学園生活も短かったわね」


マリアンヌの言葉に、リリティアも笑みを浮かべる。


「そうですね。特に、三年生はあっという間に過ぎてしまいました」

「本当にそれよ‼︎全く、何でこんなに時間が過ぎるのは早いのかしら」

「マリアンヌ様とお友達になる事が出来て、とても楽しかったからなのでしょうね」


紅茶のカップを持ちながら、マリアンヌはフッと表情を曇らせる。


「……でも、あなたとこんな風に話せるのも、学生のうちだけなのに」

「……はい」


学園を卒業してしまえば、もう学友の言い訳はきかない。王族となる王太子の婚約者と貴族派筆頭ブランザ公爵家嫡男の婚約者では、本来話すことさえ緊張を伴うものとなる。社交界では、接触しただけで多くの視線と思惑に晒されるだろう。卒業記念パーティーでさえ、きっと話すことはできない。


(そもそも、私は社交界に顔を出すこともできないかもしれない……)


リリティアは、しかしマリアンヌを心配させないように口をつぐんだ。

マリアンヌが、カチャリとカップを受け皿に戻す。


「辛気臭いのはやめましょう!せっかくの時間がもったいないですわ!期限が決まっていると言うのなら、それまでの時間を楽しみますわよ!そうだ、もう一度お茶会をしましょう!今度はもちろんわたくしたちだけでおしゃべりよ!」

「ふふ、はい!」


マリアンヌの明るい声に救われる。そう、今の時間を大切にしよう。これから何があっても、思い出せるように。



***



「こんにちは、お嬢さん」


侯爵邸の図書館で、いつものように変装しやって来たウルティオは、リリティアに可愛らしいお菓子の包みを手渡す。


「今日はお嬢さんが前に美味しいって言っていたマドレーヌだよ。ここのは街でも評判だからね。新作の味が出たと聞いたから買ってみたんだ。一緒に食べよう」


お母さんの事があってから、ウルティオはいつもリリティアが好きだと言ったお菓子を持ってきては、一緒に食べようと促す。そしてリリティアが少しでも口にすれば、ホッとしたように、嬉しそうに微笑んでくれる。

今日もマドレーヌを一つ食べきったリリティアに満足そうに笑った後、ウルティオは真剣な瞳をリリティアに向けた。


「もうすぐ卒業だね」

「はい、怪盗さんのお陰で、無事に卒業が迎えられます」

「卒業間近でも、忙しそうだね。ちゃんと寝られているかい?」


ウルティオの問いかけに、ドキリと胸が跳ねる。バレないようにしているつもりなのに、どうして怪盗さんにはバレてしまうのだろう。


「大丈夫ですよ。少し昨日は調べ物をしていただけなのです。ふふ、怪盗さんは、最近はいつも私の心配ばかりです」


ちゃんと食べれているか、ちゃんと寝られているかといつも自分を心配してくれる心が、こそばゆくて嬉しい。

穏やかに笑うリリティアをじっと見つめて、ウルティオは口を開く。


「……お嬢さん、卒業記念パーティーでは、計画の二段階目を進めよう」

「え……?」


ウルティオの突然の言葉に、リリティアは動揺から手元の本を取り落とした。


お母さんの事があってから、ウルティオはリリティアを気遣ってか、婚約破棄についての話はしていなかった。いつも甘いお菓子を手土産にたわいのない話をして、見守るように笑ってくれる。ただ一緒に本を読んで、穏やかな時間を過ごした。その時間は、リリティアのズタズタに傷ついた心をゆっくりと癒してくれた。そうでなければ、きっとリリティアは食事も喉を通らなくなっていただろう。寒い冬の日に毛布に包まるように、ウルティオのそばはリリティアにとって何の心配もなく微睡める温かな場所だった。


だから、突然告げられた言葉にリリティアは驚いた。ウルティオは、リリティアの様子を慎重に見つめながらも真剣な瞳で告げる。


「お母さんの事が心配なのは分かってる。でも、今回の卒業記念パーティーは絶好の機会なんだ」

「それは……」

「お嬢さんの評判はすでに回復しているよ。あの馬鹿男が君に理不尽を強いていた事は、学園の生徒皆が知っている。つまりは、その親も知っているという事だ。それに君の成績も、光魔法の素晴らしさも噂になっている。貴族は名誉と魔力を何より大事にする生き物だ。今なら、例え婚約破棄されても貰い受けたいと思う貴族はいくらでもいる。それに、婚約破棄は必ずあの馬鹿男の有責にさせるから、君の傷には絶対にさせない」

「……どうやって、そんな……」

「あの馬鹿男に独断で婚約破棄を宣言させるんだ。彼の思考はかなり把握出来たから、上手くつついて逆上させればかなりの確率で成功するはずさ。数多くの証人が揃うパーティーは、舞台として最高なんだ。

大丈夫、何があっても俺が守るから、心配しなくていい」


ウルティオの言葉に、リリティアはギュッとウルティオの服の端を掴む。


「何があってもって……、怪盗さんが危ない事は、ありませんよね?」

「多少はね。でも、俺があの馬鹿男にやられる訳ないだろう?」

「はい……でも」


揺らぐラベンダー色の瞳を、真夜中色の瞳がじっと見つめる。


「お嬢さん、俺を信じてくれないか?」

「っ、怪盗さんのことは、誰よりも信じています。

でも、結婚まではまだ時間があります。卒業して一年後に結婚式が執り行われる予定なので、今回のパーティーでなくても……」

「そうは言っても、このまま君を公爵家で酷使されるのは許せない。今回は、ブランザ公爵も卒業パーティーには出席しない。これ以上の機会はないんだ」


ウルティオの言葉に、リリティアは俯いてその表情を隠すと、ウルティオの手を強く握った。


「怪盗さん、一つだけ、約束してください。この事で、怪盗さんが傷つくような無茶は、絶対にしないでください。時間はあるのです。だから、お願いします」


ラベンダー色の瞳を潤ませ懇願するリリティアをじっと見つめ、ウルティオは安心させるように微笑んで頷いて見せた。


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