収穫祭(2)
収穫祭(1)の最後の部分を少しだけ修正・加筆しています(>人<;)
街の収穫祭は、さまざまな色と光が溢れていた。
たくさんの出店に色鮮やかな食べ物や土産物が並び、家や店に吊るされた色とりどりのランタンは街を明るく照らす。街の人たちが祭りのために用意したであろういつもよりオシャレな一張羅。少女達はその髪に鮮やかな花を差して輝く笑顔を浮かべている。
リリティアには、全てがキラキラと輝いて見えた。
「おっと、気をつけて」
キョロキョロと周りを見回していた為に道ゆく人にぶつかりそうになったリリティアの肩を、ウルティオが胸に抱き寄せる。
「あ、ありがとうございます、……ウィル」
「どういたしまして」
子供のような行動をとってしまい恥ずかしそうに顔を赤くするリリティアに、ウルティオは可笑しそうに笑いながらリリティアの手を引いた。たどり着いたのは、一際色鮮やかな一画。様々な種類の花がワゴンいっぱいに積まれた花屋だった。
「収穫祭では、女性は親しい人から贈られた花を飾るんだよ」
そう言いながらウルティオは止める間もなく店員に指示すると、可愛らしい淡い色の小花がリボンで纏められた小さな花束を作ってもらい、リリティアに差し出した。
「私に……?」
「もちろん、リリィにだよ!君の協力者からの花を受け取ってくれるかい?ーーそれから、これも」
そう言ってウルティオは花束から抜き取った一輪の青い茉莉花を、ミルクティーブラウンの柔らかな髪に丁寧に差し込み満足そうな笑みを浮かべる。
「うん、似合ってる」
「あ、ありがとう、ございます」
赤くなった頬を隠すように、受け取った花束でリリティアは顔を隠す。そんなリリティアの手を引いて、ウルティオは次は美味しそうな匂いの漂う屋台の続く大通りへとやってきた。
「リリィはこんな風に買い物なんて初めてだろう?欲しいものは何でも言ってごらん?」
「そんな、こんなに素敵なお花を貰っただけで十分です」
「リリィ、俺を誰だと思ってるんだい?全部の屋台の品を買い占めたって問題ないさ!さ、何が食べたい?」
食べたいと言えば、本当に全てを買い占めてしまいそうなウルティオに、リリティアはくすぐったい気持ちのままにクスクスと笑みをこぼす。
「あの、私はどういった物があるのか分からないので……ウィルの好きな物が、食べたいです」
リリティアが素直に自分の気持ちを言葉にすれば、ウルティオは目を見開き、やや照れくさそうに前を向くと、リリティアの手を握って一つの屋台に向かって行った。
「じゃあ、クレープ屋に行ってみようか。もちろん普通の甘いデザートクレープもあるけど、食事にもなる肉とか野菜を入れたクレープも美味しいんだよ」
ウルティオは近くのベンチにリリティアを座らせると、手早くクレープを買って戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
受け取ったクレープは、生地の中に甘めのタレで焼かれたとり肉と野菜が巻かれている。濃いめの味付けだけれども、たくさんの野菜と一緒に食べるとちょうど良い旨みとなって口の中に広がった。
「美味しい……」
「良かった」
ふわりと目元を緩ませて、幸せそうにクレープを食べるリリティアを見つめて、ウルティオもまた嬉しそうに微笑みながらクレープに齧り付く。
その後も、ウルティオはお腹がいっぱいだからと遠慮するリリティアに、可愛らしい砂糖菓子やガラス細工のような飴をプレゼントしてくれた。
やがて中央の噴水広場で楽しげな音楽が流れ始め、人々が音楽に合わせて踊り始める。
「お若い二人もほら、踊っといで」
お酒の入った陽気なおじさんに背中を押され、リリティアとウルティオも広場の前に押し出された。
「ほら、リリィおいで」
慌てるリリティアに笑いながらウルティオが手を差し出す。その手に引かれて踊りの輪に加われば、ウルティオがリードしてくれるお陰で初めての踊りなのに自然と体が動いた。とてもとても楽しくて、まるで魔法にかけられたように、本当にリリィに戻ったかのように自然と笑い声が溢れていた。
そんなリリティアを、ウルティオはずっと眩しそうに見つめていた。
月が頭上に昇る頃、城の鐘が夜空に鳴り響く。
楽しい時間はあっという間で、いつまでも続いて欲しいと思っても終わりはやってくる。この鐘の音は舞踏会の終わりを知らせるもので、そろそろ侯爵邸に帰らなければいけなかった。
帰り道の途中でキラキラとした光が目に入りリリティアがそちらに目を向けると、ガラス細工の土産物が売っている露店が道の端に店を構えていた。惹かれるように足を止めたリリティアに、ウルティオが問いかける。
「最後に見ていくかい?」
「……はい」
街の明かりに反射してキラキラと輝く色とりどりのガラス玉を見つめながら、リリティアはウルティオに小さく問いかけていた。
「……ウィルは、『灰かぶりのお姫様』の物語を知っていますか?」
「ああ、魔法使いが平民の少女をお姫様に変身させて舞踏会に行かせてくれる話だろう?それがどうしたんだ?」
リリティアはウルティオの返答に目を見開いた後、ギュッと胸元を握りしめた。
「……いいえ、ただ、城の鐘の音を聞いたので、思い出しただけです」
リリティアは声が震えないよう気をつけながら、俯いてそう答えた。ガラス玉の装飾品を、よく見ようとしているかのように。
そこに、ちょうど店員の明るい声がかかる。
「おや、別嬪なお嬢さん、ガラス細工のお土産はいかがですかい?お相手の瞳の色のガラス玉はお守りとしても人気が高いよ」
商品を取り出して勧め出した店員に、リリティアはゆっくりと顔を上げて静かに首を振る。そして胸元から小さな巾着袋を大切そうに取り出してみせた。
「私はもう、大切なお守りを持っていますから。見せていただいて、ありがとうございました」
そう答えたリリティアは、ウルティオの手を引いて露店から離れた。
「あんなに見ていたのに、良かったのかい?持っていても、また別のを買っても良かったのに」
「いいえ、私はこのお守りが良いんです。このお守りは、一番初めに込められた願いを、ちゃんと叶えてくれましたから」
胸元のお守りを大切に握りしめて、立ち止まったリリティアはウルティオを見上げた。そのラベンダー色の瞳には街の明かりが瞬いて、吸い込まれるような輝きをまとっている。
その瞳が、次の瞬間には花開くように綻んだ。
「ウィル、今日は本当に、ありがとうございました」
まるでずっと願っていた夢が叶ったかのような、幸せそうなリリティアの笑顔にウルティオは息をのみ、次いで慈しむような笑みを浮かべる。
「そんなに喜んでくれたなら、来年も連れてきてあげるさ」
笑ってそう告げるウルティオに、リリティアは一瞬泣きそうな顔をしながらも、とても嬉しそうに笑顔を綻ばせた。
「……はい。来年も、きっと……」
ランタンの明かりに照らされたその笑顔は、儚くもとても美しいものだった。




