表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/106

収穫祭(1)

あとがきにお知らせがあります!


ウルティオが学園から去った日から二週間が経ち、夏の暑さも落ち着いて段々と季節は秋の装いを帯び始めた。

リリティアは自身の暗い部屋で、街の明かりを見つめながらバルコニーにひとり佇んでいた。

今日は豊穣を祝う収穫祭が開かれ、街では祭りで多くの露店が遅くまで夜を照らしている。王城でも舞踏会が開かれ、侯爵家の家族は当然のようにリリティアを置いて舞踏会に参加している。

屋敷の使用人も最低限の人数を残して祭りに出払っており、侯爵邸は静寂に包まれていた。


ここに引き取られて初めのうちは、遠くに見える街のお祭りの明かりが眩しくて、一度でも良いから行ってみたいと願っていた。あの明かりの中に入れたら、その時だけでも、普通の女の子のように何もかも忘れて楽しめるんじゃないかと思って――。

そんなありもしない夢想をしていた幼い頃の自分を思い出しながら、リリティアは久しぶりに胸元から巾着袋を取り出した。そこから手のひらにコロリと取り出したのは、澄んだ青空を閉じ込めたような綺麗なガラス玉。それを大切に手に持ち月の光に透かして目を細める。


(昔はいつも辛い事があるとこのお守りを握りしめていたのに、怪盗さんと会ってからはほとんど取り出していなかった……)


下町で少しの間だけ共に過ごした優しい少年がくれた、彼の瞳のようなガラス玉のお守りを再び大切に袋に入れると、リリティアはそっと両手で握りしめる。いつもはお母さんの病気が少しでも良くなりますようにと願っていたけれど、今お守りに願うのは、怪盗さんがお仕事で怪我をしないように。それだけを一心に願った。

何の役にも立たない自分が情けなかったけれども、もう自分にはこのくらいしか出来ることはない。


自分のせいで怪盗さんが学園を去る事になったのに、怪盗さんと会えないことを悲しんでいる自分勝手な己が本当に嫌だった。学園ではマリアンヌもセドリックも、リリティアを気遣い声をかけてくれるのがありがたくも申し訳なくて、気がつけばリリティアはいつもウルティオと過ごした裏庭に行ってしまっていた。


(……でも、これで良かったのよ。これ以上のご迷惑をかける事は、もう無いのだから)


リリティアは自身にそう言い聞かせて、喪失感で崩れそうな体を必死で支えていた。


遠くに見える祭りの明かりに、逆に今自分がひとりぼっちである事をまざまざと思い知らされる。でも、今はそれで良かった。リリティアは一人でギュッとお守りを握り締め、一心に祈りを捧げた。

月明かりが照らすバルコニーには、サワサワと木々を揺らす風の音だけが通り過ぎる――そのはずだった。



「そんなに真剣に、何を願ってるんだい、お嬢さん」



静寂の中に突然落とされた言の葉に、リリティアの肩が震える。まるでここが学園の裏庭なのかと錯覚するような、いつも通りの調子の声。

瞼を上げて、もしもそれがただの己の幻聴だったら?それが怖くて、恐る恐る開かれたラベンダー色の瞳に、酷く懐かしく感じる青空のような笑顔が映った。


「怪盗さん……?」


震える声で呼び掛ければ、二階にあるリリティアの部屋近くに枝を伸ばす木の枝にいつの間にか立っていたウルティオが、ストンとバルコニーの柵の上に降り立った。彼は漆黒のマントを羽織り、まるで初めて出会った日のような格好で芝居がかった礼をしてみせた。


「こんにちは、お嬢さん。いや、こんばんは、かな?」


目を見開いて、何も言葉が紡げないでいるリリティアに、ウルティオは悪戯が成功したかのような笑顔を浮かべる。


「収穫祭で人の少なくなった隙をついて忍び込んだんだよ。絶対に忍び込めるかは当日にならないと分からなかったから、内緒にしてたんだけどね。お嬢さんがバルコニーに出ていて助かった」

「ど、どうして、ここに……?」


リリティアの声は、泣きそうに震えてしまっていた。突然の混乱から、そんな問いかけしか出てこない。


「今日は収穫祭だろう?だからさ、お嬢さんを誘いに来たんだ」

「収穫祭に……?」

「そう、元から誘うつもりだったんだけど、あんな事があったからね。サプライズにするつもりだったんだけど」

「あんな事があったのに、わざわざ私に、会いに来てくださったのですか……?」

「すぐに会いに行くと言っただろう?」


戯けたように答えながらも、その声はどこまでも優しくてリリティアの心を震わせる。


「それに、俺は君の協力者だ。怪盗ウルティオは、ちゃんと約束は守るさ。この二週間で、カスティオン侯爵邸の使用人として入り込むツテも手に入れたんだ。ちゃんと君の婚約破棄をサポートするよ」

「……いいの、ですか?……また、怪盗さんと、会えるんですか……?」


ラベンダー色の瞳を潤ませて縋るような声で言葉を紡ぐリリティアに、全てを受け止めるようにウルティオが笑いかける。


「はは、学園なんて小さな世界で会えなくなったって、他の場所で会えばいいんだよ。俺が、広い世界を見せてあげよう」


いままで侯爵邸と学園だけが世界の全てだったリリティアに、大きな手が差し出される。


「まずは今日、一緒に収穫祭へ行ってみないか?」

「でも、抜け出したのがバレたら……」

「大丈夫!今日は侯爵家の奴らはみんな王城の宴に行っているだろ?あいつらが帰ってくるまでにはちゃんと送り届けるよ」


これ以上、迷惑をかけちゃ駄目だと思っていたはずなのにーー。青空みたいに笑うウルティオの笑顔が眩しくて、リリティアは光に焦がれるように差し出された手に自身の手を伸ばしていた。


だって、ずっと行ってみたかったのだ。一度でいいから、私もあの笑顔の溢れる光の中に入ってみたかった。それが怪盗さんと一緒なら、それはどれだけ、幸せだろうーー。


伸ばされた細い腕を、ウルティオが力強く引き上げる。くるりと視界が横転したと思えば、目の前には真夜中色の瞳が優しく瞬く。

いつの間にか、リリティアはウルティオの腕の中に抱き上げられていた。


「よし、じゃあ行くよ」


二階のバルコニーの柵の上にリリティアを抱えたまま軽々と飛び乗ると、ウルティオは躊躇う事なく宙に足を踏み出した。リリティアがギュッと目をつぶりウルティオの胸に顔を埋めれば、至近距離でクスリと笑う声がする。


「大丈夫。目を開けてごらん」


その声に恐々と目を開ければ、まるで風を纏っているかのようにフワリと着地したウルティオが可笑しそうに笑っていた。

その後は、まるで自分が物語の中の登場人物にでもなったようにドキドキの連続だった。ウルティオが着せてくれたローブを着て屋敷を抜け出すと、知らない世界に降り立ったかのように胸が高鳴る。

街が近づくごとに、そこから流れてくる光と音楽が心を弾ませた。

街に入る直前に、隣を歩くウルティオがリリティアに顔を向ける。


「そうだ、下町では君の事はリリィって呼ぼうかな。いいかい?」

「はい」


偽名として、単に間違えにくい名前を提案してくれたのだろう。けれど偶然でも、お母さんからもらった大切な名前をウルティオに呼んでもらえる事が嬉しくて、リリティアは笑顔で頷いた。


「今日の君は侯爵令嬢のリリティアじゃない。ただのリリィだ。君が思いっきり祭りを楽しんだって、誰も咎める人なんていないさ」

「怪盗さん……」

「俺のことは、ウィルと呼んで」


告げられたその名に、ドクリと心臓が高鳴った。リリティアは宝物のように、そっとその名を口にする。


「……ウィル」

「なんだい、リリィ」


リリティアの呼びかけに、優しく目を細めてウルティオが答える。それだけのやり取りに、胸が苦しくなる。トクトクと鳴る胸の鼓動が大きくなって、彼に聞こえてしまわないか心配になるほどだった。


「ウィルの、名前は……」そう言いかけて、リリティアはフルフルと頭を振ると、いつもの笑顔を浮かべて「何でもないです」とウルティオを見上げて微笑んだ。


「リリィ、お手をどうぞ?」

「……はい!」


はぐれないようにと差し出された何より大好きな手にそっと手を重ね、二人は収穫祭で賑わう街の中へと足を踏み出した。


◇お知らせ◇

本日(7/13)に「望まれぬ花嫁は一途に皇太子を愛す」②巻が発売されます!

特典SSも書かせていただきましたし、素敵な書店特典のイラストもありますのでご興味がありましたら活動報告の方も是非チェックして下さいませ(*^^*)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ